第27話 祖父と孫と変なオヤジ
勇哉が、私のことをお父さんと琉生に頼んだ瞬間、病室の空気が一気に現実へと引き戻された気がした。でもこれは勇哉にとって、相当な覚悟の表れでもあった。自分が守れない分、母をよろしくお願いしますという気持ちがこもっていたからだ。
その気持ちをこの部屋にいる全員が感じていた。
琉生もさっきまでのテンションから一気に気を引き締めたように見えた。お父さんも黙ったまま、「その気持ちはしっかり受け取った」という顔をしていた。
しばらく沈黙が続いたが、その沈黙を破ったのは、やはり琉生だった。
「勇哉!お前、立派だなぁ。誰がそんなに立派に育ててくれたんだ?お母さんじゃ、出来ないことだよな。お前のお母さん、いじめっ子だからな」
勇哉の両肩に手をやり、前後に揺らしながら琉生や言った。
「あ…いや…あの…」
勇哉の声は、言葉にならないほどだった。
「やめろ!琉生!勇哉をいじめるな!」
私は慌ててその空気に乗っかった。神妙な空気のままではいけないと感じたからだ。それに気付いたお父さんも
「琉生!俺を迎えに来てくれただけだろ?俺の大事な孫を雑に扱うな!」
と乗っかってきてくれた。そして、琉生の手をパシンと叩き、勇哉の肩から外させた。お父さんがこんなに器用になっているとは思っていなかったので、正直驚いたが、これも長年琉生がお父さんを見守っていてくれたからだと感じ、心の中では琉生に感謝していた。
このやり取りの中、まだ空気に乗れないのは勇哉だった。当然だ。勇哉の周りにはこんなノリは存在しないのだ。おそらく友達同士の時にも、なかっただろう。勇哉の通っていた学校は大学までエスカレーターだ。それなりの…いわゆる上流階級の家庭の子供たちが通う学校だったため、小さい頃からマナーなどには特に厳しく躾られていたような子ばかりだからだ。
「勇哉。お母さんが育ったのはこんな感じの環境だったの。それが見せられて本当に良かった」
私は勇哉に向かってそう言った。勇哉は私の方を見ると、どこか嬉しそうな顔をしていた。そして、
「鎌倉にいるより、絶対いい環境だろうって思えたよ。安心した」
と答えてきた。私はそれに頷いた。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
そう言ったのは、お父さんだった。
「そうだな。俺、明日も仕事だし」
琉生も続いた。そして、
「俺も帰ります」
勇哉がそう言うと、
「勇哉は、まだ居てもいいぞ」
とふたつの声が同時にハモった。お父さんと琉生だ。
「やだなぁ。俺、お父さんと相思相愛みたいじゃんか。できれば絶世の美女とシンクロしたかったんだけどな」
琉生が、両手で自分の頭をくちゃくちゃしながら言うと、勇哉は自然と声を出して笑った。
「いえ。帰ります。一応面会時間過ぎてるので。それにおじいさ…おじいちゃんに挨拶したかっただけだったので」
勇哉は笑いながら答えた。私も、
「勇哉だって、忙しいのよ」
と帰宅を促した。
「じゃあ、送ってくよ!」
琉生がそう言ってくれて内心ホッとしていた。やはり子供はいくつになっても帰宅するまで心配なものだ。琉生が送ってくれるなら安心だと思ったからだ。
「いえ、大丈夫です。ひとりで帰れますから」
せっかく私が安心しているのに、勇哉はそれを断った。
「そうか…じゃあ、勇哉が助手席な!」
琉生、全然勇哉の言葉を聞いてない。イヤ、ちゃんと聞いてるけど、そういうところが琉生なのだ。
「えっ?あの…」
「よし、帰るぞ。藍子、来週も迎えに来るからな」
勇哉の動揺などお構いなしに琉生は、再び勇哉の肩に手を回し、半ば強引に部屋を出ようとしながら、私に向かって声をかけてきた。
「うん。ありがとう。勇哉をよろしくね」
私も琉生に乗っかって伝えた。勇哉は、一瞬驚いていたが、この短時間の間に私たちの会話のリズムを理解したようで、もうひとりで帰るとは言わなかった。
「お母さん、来週、もう一度来るよ。お父さんも退院の日に行っていいって言ってたから」
琉生に押されながら、勇哉は私に向かってそう言ってくれた。退院の日にも勇哉に逢えると思ったら、「やったー」と叫びたくなるくらい嬉しくなったが、そこは何とか我慢した。
「そうなのね。楽しみにしてる!」
私はそう答えると、勇哉は大きく頷いた。そして、バタバタと3人は病室から出て行ってしまった。
「慌ただしいな…」
残された私は、つい声に出してそう呟いたが、心はとても晴れやかであたたかくなっていた。
思いがけず、琉生にも勇哉を逢わせることが出来て、良かったと私は思っていた。それと同時に、不安なこともあった。それは、勇次郎がなぜ勇哉をここに寄こしたのかということ。意図が見えないのだ。
あれだけ、冷血な人が、なぜここにきて急に人らしい言葉を発するのか理解できなかった。お父さんをひとり残して帰ったということは、当然琉生が来ることも想定していたはずだ。もしかしたら、それも計算してお父さんを残して帰ってしまったのだろうか?勇哉と琉生が逢うことも想定内だったのだろうか?
だとしたら、いったい何を考えているのだろうか?
逢わせたところで、鎌倉家にとって何のメリットもない。むしろ、勇哉がこちら側についてしまえば、鎌倉家にとってはデメリットでしかない。子供は勇哉しかいないのだ。もし勇哉が私と一緒に家を出るなんて言い出したら、それこそ大問題になる。
どう考えても、今日の勇次郎の言動は理解できない。離婚したあと、私にはもう勇哉に逢わせるつもりはないだろうから、今のうちに逢う機会を作ってくれたのか?そんな優しさがあるとは思えない。そんな優しさがあるなら、結婚生活の中で気付くはずだ。
今まで一度だって、優しさを感じたことはなかった。それがここにきてどういうつもりなのだろう?
本当に鎌倉家の人間の考えることは、想像が出来ないと改めて感じた。
そんな理解できないことを何度も何度も考えているうちに、私は睡魔に襲われ、そのまま眠ってしまった。
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