第十三話 担任と生徒は用事を済ませて〈地球〉に向かう
王城の中を一人の男が歩いていた。
石の床をコツコツと踏み鳴らしているが、男に目を向ける者は誰もいない。
まるで、男が
「師匠、私は目標に達しましたよ」
ポツリと呟く男。
男に目を向ける者も、その声を聞く者もいない。
歩きながら男は視線を動かす。
空気中のマナの流れ、王城に設置された魔法的な仕掛け。
かつてはわからなかったものが手に取るようにわかる。男はそれほど強化されていた。
『できそこない〈召喚士〉』が、〈
ラスタが〈二つの世界録〉に記録されて以降、〈異世界〉に来たのははじめてだ。
あらためて自分の変化を感じているのだろう。
「どこかで聞いているんでしょう、師匠?」
鋭敏になったラスタの目で見ても監視されている痕跡は感じられない。
だがラスタは確信していた。
自分を拾い育ててくれた師匠、養い子として「アーヴェリーク」の家名をくれた師匠が、どこかで見ていることを。
「ああ、私へのお祝いはいりませんが……国王と宰相と筆頭の仕事を手伝ってあげてください。お願いしますね、師匠」
執務室にいた面々の顔色の悪さが気になったのか、あるいは生徒と姫様のせいで一人減ったことを気にしたのか。
ポツリと呟いて、ラスタは王城をあとにするのだった。
誰にも見とがめられることなく。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「遅い。まっすぐ帰ってくるのではなかったのか」
「ご主人様、そのように心配されなくとも」
「ゴブリエル、私は心配などしていない」
「はあ、そうですか。ずいぶんと落ち着きがないようで」
〈火竜山〉のふもとの岩場。
ラスタとその召喚獣のゴブリンは、地下研究所の入り口の前をウロウロしていた。
遠くを見つめて人待ち顔のラスタ、召喚主をなだめるゴブリエル。
たまに襲ってくる魔物がいたのだろう、ゴブリエルの足元には魔物の死骸が小山になっていた。
いつもであればラスタは「この部位は使える。ここもいい素材になる」などと解体をはじめるのだが、今日はそんなこともないらしい。
というか、魔物はたまにしか襲ってこないのに小山になるほどの量である。
二人はいつからここで待っていたのか。
「遅い。あれから一日経っているぞ」
「〈勇者〉にご主人様の心配はいらないのでしょう?」
「だが私の生徒なのだ」
「それほど心配なら、監視をつければよかったでしょうに」
「あれはあれで役目があったからな……む」
〈火竜山〉のふもとの岩場に、一筋の土煙が向かってくる。
行きと同様に、二人を腕に抱えてみるみる近づいてくる男。
「おーい、おっさん! お待たせ!」
〈勇者〉愛川と姫様、侍女のニーナちゃんである。
愛川の身体能力を活かした速度で、あっという間にラスタの前に到着した。
「愛川、どこに行っていた? 王城からまっすぐ帰ってくると思っていたのだが」
「おいおいおっさん、王様に挨拶するだけじゃダメだろ? ニーナちゃんがいるんだから!」
愛川の言葉にポッと頬を染める侍女。
腕に抱えられたまま、頭を愛川の胸に預ける。ラブラブか。
「あのあとは侯爵のお屋敷に忍び込んで、そっちにも挨拶をね!」
〈勇者〉は持ち前の勇気で、親への結婚の挨拶二連発をかましたらしい。
しかも侯爵令嬢でもある侍女のニーナちゃんの親に「お前の娘、側室だから」と。いやいくら〈勇者〉でもそんな言い方はしていないだろうが。
「なるほど、それでいまか」
「遅くなっちゃったし、泊まっていけって言われたからさー。まあこれで一件落着ってことで!」
二股男は、無事に親の了解を取り付けたようだ。
一夫多妻な〈異世界〉で何よりである。
「はあ、まあいい。では還るか」
「うーす!」
ラスタの言葉を受けて、勇者と姫様と侍女は地下研究所の入り口に向かう。
ただ、ラスタだけはすぐに歩き出さなかった。
ラスタは自らの召喚獣、ゴブリエルを見つめる。
「ゴブリエル、送還はしない。私はついに常時召喚できるマナを身につけたからな」
「ご主人様……」
召喚獣は〈召喚士〉が持つマナを使って顕現する。
ゲーム的にいうならば、召喚獣を顕現させている間は〈召喚士〉の最大MPが削られる状態だ。
さらに召喚獣が使ったマナは、主である〈召喚士〉から補充される。
つまり、常時召喚ともなれば〈召喚士〉には膨大なマナが必要になる。
それこそ、ただの〈召喚士〉ではマナ不足で不可能なほどに。
「やっとあの日の約束を果たせる。これでお前は、生きているのと変わらない。自由に生きろ、ゴブリエル。いや、ゴブりん」
「ご主人様……」
見つめ合うラスタとゴブリエル。
この二人、なにやら過去があるらしい。
愛川と姫様と侍女は置いてきぼりである。
ゴブリエルは空を見つめて、ふたたびラスタを見る。
知性あるゴブリンが口を開いた。
「ごしゅ……ラーちゃん。俺はここを守るよ。この世界で、ラーちゃんが還ってくる場所を」
「そうか。どこへなりと行けばいいものを。だが」
主従二人して目が潤んでいる。
愛川と姫様と侍女は空気を読んで黙っている。
ラスタはゴブリエルに拳を向けた。
「ありがとう、ゴブりん」
ラスタとゴブリエルが、コツンと拳を打ち合わせた。
友情っぽい。友情っぽいが、愛川と姫様と侍女は置いてきぼりである。
ラスタはゴブリエルに背を向けて歩き出した。
「さあ、還るぞ愛川。何をぼーっとしてる」
「おいおいおっさん、そりゃねえだろ! なんだよいまの!」
もっともである。
ともあれ。
愛川も姫様も侍女も、ラスタも。
それぞれの用事を済ませて、〈地球〉に帰還するようだ。
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