第八話 ラスタ、シルバーウィーク中日にロングホームルームを開く


 シルバーウィークは必ずしも「長期の休み」となるわけではない。

 ラスタと田中ちゃん先生、特務課の伊賀、異世界帰りの生徒たちの有志が奥多摩某所のダンジョンに向かった三日後。

 シルバーウィークの中日なかびは、通常通りの授業が行われた。


 通常通りといっても、『魔法』の授業があるあたり普通ではない。異能系ラノベか。いまさらである。

 ちなみに今日の『魔法』の授業の内容は、ダンジョンについてだった。

 奥多摩某所に同行しなかった生徒たちは、後悔に歯噛みしたようだ。


「なあおっさん、それでなんの用事なの? いきなりロングホームルームって」

「わかった! 中途半端で終わった球技大会の種目わけでしょ!」

「そういや伊賀さんは?」

「課長代理でもろ中間管理職らしいからね、離れられないんじゃない?」


 休み明けの授業も終わって、放課後。

 ラスタは「ロングホームルームを行う」と、2-Aの生徒たち全員を残らせていた。田中ちゃん先生も。

 ラスタの護衛兼監視役の伊賀は、あれから学校に来ていない。

 かわりに、表情がかたい青年がラスタの後ろをついてまわっていた。

 いまも、緊張した顔つきで、教室の一角にある教師用のデスクからラスタを見つめている。


「球技大会とは別だ。君たちに話しておきたいことがあってな」


 教壇から生徒たちを見渡すラスタ。

 最後に、護衛兼監視役の特務課の青年に目を向けた。

 ぱちっと指を鳴らす。


「ラスタさん? なにを」


 と、青年はデスクにばたっと上体を投げ出した。


「あ、あの、ラスタ先生?」


「心配はいりません。少し眠ってもらっただけですよ、美咲先生」


 ラスタの魔法であったらしい。

 いつものように小さな光もなく、強力な職業クラスを得ている生徒たちに何をしたか悟られることもなく。

 はあそうですか、とどこかのんびりした答えを返したのは田中ちゃん先生だけだ。

 〈賢者〉や〈大魔法使いアークウィザード〉といった魔法系職業クラスはラスタの魔法に目を見張る。

 その他の生徒たちも、ラスタの真剣な表情を見て黙り込んだ。自由すぎる生徒たちでも空気は読める。


「さて。先ほど授業で話した通り、奥多摩某所にダンジョンが発生した。あちらの世界のマナが流れ込んだせいで」


 生徒たちの反応はない。

 それも当然だろう。ここまでは、先ほどの『魔法』の授業で説明している。


「推測できる原因は一つだ」


「え? さっきはわからないって」

「特務課を眠らせて俺たちだけに話す。おっさんまさか」

「えっちょっと〈賢者〉、なに? わかったの?」

「そりゃそうだよなあ。むしろなんで誰も指摘しなかったのかって」

「おいヒカル、説明しろって。おっさんももったいぶってないでさあ!」


「私の〈勇者召喚の儀〉と、君たちを帰還させたこと、私の往還。これによって、二つの世界に繋がりができたのだろう。つまり——」


 そこまで言って、ラスタは教壇の横に移動した。


 膝をつく。

 腰を曲げる。

 床に額を擦り付ける。


「つまり、私のせいだ。すまない」


 ドゲザである。


「君たちだけでなく、この世界の住人すべてを危険に晒した。謝って済むことではないのはわかっている。それでも、すまない」


 奥多摩某所にゴブリンが現れた。

 原因は付近の洞窟のダンジョン化。

 ダンジョンになったのは、ラスタの世界間移動が理由らしい。


 ラスタは頭を下げたまま続ける。

 召喚と送還、往還したため、世界に繋がりができたのだと。

 そのせいで奥多摩某所と異世界が「マナで」繋がったのだと。

 よく魔法陣を設置した教室ではなく洞窟だったのは、単なる相性の問題らしい。

 そもそも、世界規模で見れば学校と奥多摩の距離など誤差だ。


 おおまかな説明を終えて、ようやくラスタが顔を上げる。


「特務課と上層部の判断がどうなるかはわからない。だが、私は繋がりを断ち切ってくるつもりだ」


「えっ」

「でもそれじゃラスタ先生が還れなくなるんじゃ」

「おいおいおい、いいのかヒカル? お姫様と侍女さんはどうする?」


 静かに話を聞いていた生徒たちが一気に騒がしくなる。

 中でも、異世界から姫様と侍女、獣人娘、エルフ、魔物っ娘を連れ帰ってきた四人の顔色が悪い。


「いまならまだ対処できる。だが、断てば異世界、つまり私が元いた世界に行くことはできなくなるだろう。それでも、私のせいでこの世界を危機に晒したくない。不必要な変化を起こしたくない」


「あー、まあたしかに」

「魔法もないしモンスターもいない、ファンタジー要素なかったもんなあ」

「でもさ、向こうに繋がったら豊かになる? 可能性もあるんじゃない?」

「わかってねえなら言うなって。それつまり侵略戦争が起きるってことだぞ」


 ラスタの真剣な表情につられてか、生徒たちもいつになく真面目な顔をしている。

 自由な男子校生であっても、思うところはあったらしい。


「あっ! おっさん、ひょっとしてこの前わざと殲滅の方向性に持ってった? 獣人さんとエルフさんと魔物っ娘をわざと止めないで!」


「モンスターを殲滅したいと思っていたが、私は万能ではない。異世界組の行動はわかりそうなものなのに失念していた。平和で安全なこの世界に慣れてしまったのかもしれない」


 正座したまま、ラスタは小さく首を振った。表情は変わらない。

 怪しいが、異世界組の暴走は狙ってではなかったらしい。


「マナの繋がりを断ち切ったら、今後、行き来できなくなる。もう一度あちらに行ってみたい者、あの世界に戻りたい者もいるだろう」


 まだ何か聞きたそうな生徒たちは無視してラスタは話を進める。

 ロングホームルームという名目で生徒たちを残らせたのは、この提案を投げかけたかったからだ。


「最後の往還をしたい者は連れていこう。向こうに帰りたい、定住したい者も。だが、二度と行き来はできない。姫様やニーナ嬢、エルフに獣人族の娘、三体の魔物にも、どうしたいか確認してほしい」


 異世界に行く最後のチャンス。

 生徒たちは静かに考え始めた。

 数名は「俺は行かないわ」とばかりに首を振っている。なにしろ力は手にしたし、すでに冒険はしてきたので。


「出発はシルバーウィーク後半の初日だ。集合はこの教室に、そうだな、午前10時としよう」


「は? 待っておっさん、ここからって伊賀さんは? それにダンジョンのまわりは自衛隊がいて」

「監視とかどうすんだよ。みんなでスネークすんの?」


「その心配はいらない。〈隠形〉の手段はある。それに私は〈召喚〉〈送還〉〈結界〉〈転移〉、空間系の魔法が得意な宮廷魔術師なのだぞ? 元、だがな」


 ようやく、ラスタは口の端を持ち上げた。

 本人としては微笑んでいるつもりのようだ。



 シルバーウィーク中日。

 生徒たちに衝撃をもたらしたロングホームルームは終わった。

 いつも騒がしい男子校生たちは、ポツリポツリと会話するだけで静かな帰路につく。


 出発は四日後。

 それまでには身の振り方を決めなければいけない。

 高校生にしては重い決断となることだろう。




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