第一話 ラスタは〈王立高等学園〉の入学試験を受ける


「はあ。ほんと師匠は無茶なこと言うなあ。いきなり入学試験なのに『合格しなかったら破門』かあ」


 昨日13歳に、ラスタ・アーヴェリークになった僕は、学園に向かって歩いていた。

 師匠の姿はない。

 僕のマナの量じゃ常時召喚は厳しいから、いまはゴブりんも召喚していない。


 王都の大通りを一人歩く僕の横を、馬車が何台も追い越していった。


「みんな入学試験に向かう貴族なんだろうなあ」


 通称・学園。

 王都にあるそれは、街中の私塾なんかとは違う。

 正式名称は〈王立高等学園〉だ。

 王立で、高等な、学園。

 高貴な血筋の貴族の子弟が、家庭教師をつけて幼い頃から心身を鍛え、勉強して、試験に合格して初めて入学できるエリート養成学校だ。

 13歳から15歳の3年間で学業を修め、魔法を習い、戦闘技術を鍛える場所。

 騎士や宮廷魔術師、文官のうちの一部は卒業生しか採用されない。


 今日、入学試験を受けるのはみんな貴族のはずだ。


 僕以外は。


 師匠に家名をもらったって、元貧民の僕は場違いな気がする。

 でも、入学できたら。


 ゴブりんを常時召喚できるようになって、〈世界録〉に書き込めるようになって、ゴブりんに「生」と「自由」を取り戻してもらうって目標に近づけるだろう。


「師匠は厳しいけど、意味のないことはしない。しないはずだ」


 思わず独り言が出てしまった。

 師匠から預かった受験者証を確認する門番さんと学園教師が僕を見てくる。


「どうかされましたか?」


「いえ、なんでもありません」


「……まあいいでしょう。ラスタ・アーヴェリーク。本日の入学試験の参加を認めます」


「ありがとうございます」


 ほっと胸を撫で下ろす。

 とりあえず、試験は受けられるらしい。

 忘れっぽくて抜け落ちが多い師匠だけど、ここはちゃんとしてくれてたみたいだ。


「案内に続いて試験会場へ向かうように。まずは筆記試験となります」


「はい」


 門番さんは警備兼案内役だったらしい。

 歩きはじめた案内役についていく。

 でも僕を案内している間、警備の人がいなくなるんじゃと思って振り返ったら、詰め所から別の門番さんが出てきた。


 ……さすが貴族のための学園、お金の掛け方が違う。


 何人の警備兼案内役がいて、いくらかかってるんだろう。

 そんなことを気にしてしまうのは、きっと元貧民の僕ぐらいだ。


 居心地の悪さを感じながら、僕は黙って案内役の後ろを歩いていった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 筆記試験を終えて、僕はまた案内役に導かれて歩く。

 今度は一人じゃなくて、入学試験を受ける貴族の子弟と一緒だ。

 次は実技試験らしい。

 ほかの受験生は顔見知り同士もいるらしく、ひそひそと話す声が聞こえてきた。


「今年も不合格かな……」

「あいかわらず難易度が高すぎる。算術や歴史はともかく、古語と魔法がなあ……」

「俺もう帰ろうかな。実技受けても意味なさそう」

「武官志望なら実技の比重が大きいはずだ。大丈夫、まだ大丈夫だ」


 話をする受験生の声は暗い。

 手応えがあったっぽい受験生は自信満々の顔つきで黙って歩いてる。


 僕もたぶん大丈夫だと思う。

 師匠の弟子になってからの濃密な二年間は無駄じゃなかったみたいだ。

 貧民だった僕が、二年で貴族の子弟に追いつくなんて。

 まだ筆記試験しかしてないけど。


「こちらが実技試験の会場です。武官志望、文官志望、魔法専攻で分かれていただきます」


 案内役の人が前方を示した。


 実技試験の会場は野外で、訓練場のようなところらしい。

 僕はほっと胸を撫で下ろす。


「師匠の課題は危険な場所だらけだったからなあ」


 森や火山、砂漠、岩場、湿地、ダンジョン……。

 とつぜん過酷な環境に放り込まれて、僕とゴブりんは死にかけながら乗り越えてきた。

 それと比べたら、整地された訓練場が会場なのは恵まれてる。


 案内役の指示に従って、受験生がそれぞれの会場に散っていく。

 僕はとうぜん魔法専攻だ。


 魔法専攻の試験会場には、ローブを羽織った、たぶん教師の試験官がいた。


「では、魔法専攻の君たちへ実技試験の課題を発表しよう。あちらにある的を魔法で攻撃せよ」


 声をかけてきた教師も横で記録を取る人も、師匠に連れられて会った宮廷魔導師じゃない。

 師匠いわく、学園長としてこの学園にいるらしいけど、まだ見かけていない。

 でもこうして僕が試験を受けられてるんだ、きっと話は通ってるんだろう。


「質問よろしいでしょうか?」


 そんなことを考えていると、女の子が手をあげて教師に問いかけた。


「あえて答えないこともあるが、それでもよければ」


「『魔法で攻撃して破壊する』とのことですが、職業クラスで強化された魔法でもかまいませんか?」


「ああ、問題ない。職業クラスも含めて才能だと学園は判断する。武官志望も近接系の職業クラス持ちが有利となるだろう」


 教師の答えに、受験生たちは頷いた。

 女の子も念のため確認しただけで、貴族の子弟には知られた条件だったらしい。

 僕は初耳だけど。師匠……。


「では、準備ができた者から試験にかかるように。その際、氏名を名乗ることを忘れるな」


「はいっ!」


 魔法専攻の実技試験は、準備ができた人からはじめるらしい。


 問答無用でいきなり魔法を撃ち込まれる師匠の訓練と比べものにならないぐらい優しいなあ……。


 頭を抱えたくなったけど、こらえて空を見上げる。


 王都の、学園の空は青かった。


 〈王立高等学園〉への入学試験。

 武官志望の実技試験は模擬戦闘らしく、剣や盾がぶつかり合う音が聞こえてくる。

 文官志望は基礎体力を見るようで、訓練場の大外を集団で走っている。


 二つより少しだけ遅れて、魔法専攻の実技試験がはじまろうとしていた。

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