『閑話集1』
閑話 親睦を深める食事会で、新担任が半年前のことを語る1
「えっと、これからも仲良くしましょう! かんぱーい!」
ジョッキを掲げる美咲先生。
反応はない。
「ラスタ先生、こういう時は乾杯!って言うんですよ?」
「そうですか、わかりました」
「あの、せっかくなので伊賀さんも」
「では私も。ソフトドリンクですが」
三人でテーブルを囲んでいたのに、美咲先生の乾杯の合図は男二人から無視されたらしい。鬼か。
「じゃああらためまして。かんぱーい!」
「乾杯」
「乾杯!」
高校の最寄り駅の居酒屋。
美咲先生の発案で、2-Aを担当するラスタ、授業にも同席している伊賀もあわせて、親睦会をしているらしい。
「ぷはー。やっぱり仕事のあとは生ビールですね!」
「生ビール……私は薄く感じてしまうのです」
「ああ、日本のビールは独特ですからね。異世か……海外出身のラスタさんには合わないかもしれません」
「え? ビールってこういうものじゃないんですか?」
わいわいと話しはじめる三人。
伊賀、イケる口のようだ。ラスタの護衛兼監視役のため、飲んでいるのはソフトドリンクだが。
「むー、ラスタ先生の出身地の料理やお酒は気になりますね! はあ、私も行きたかったなあ……」
美咲先生は〈異世界〉に興味津々らしい。生徒と共通の話題を増やすために。きっとそうだ。
「そんなにいいものじゃありません。私はこだわりもありませんでした」
「そこはこだわらなきゃダメですよ、ラスタ先生! 美味しいご飯は元気の源です!」
ぷんすかと主張する美咲先生はビール一口で酔っているのだろう。「仕事のあとは生ビール」と言ったクセに弱いらしい。
「ラスタ先生の出身地かあ……あ、そういえば日本に来た時はどんな感じだったんですか? 半年前ですよね?」
「日本に来た時ですか……伊賀さん、話しても?」
「ええ、田中さんは特務課所属でもありますから。店員にだけ気をつけてください」
「ではお話ししましょうか」
親睦会の会場となった居酒屋は半個室がウリの店だ。
間仕切りで見えないが、ラスタたちの付近のテーブルは、こっそりと特務課の面々で固められている。
全員でソフトドリンクを頼む怪しい集団である。
グループ全員ソフトドリンクの集団はさておき、ラスタはゆっくりと語りはじめるのだった。
〈異世界〉で、界渡りの魔法を発動させたあとのことを。
日本、いや、〈地球〉に来た日のことを。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「大丈夫だ、自分を信じろ。彼らの世界のように、私を受け入れてくれる世界があるはず。あれほど多種族の子を受け入れる世界があるんだ。恐れるなラスタ。彼らのように」
私は宮廷魔術師ラスタ・アーヴェリーク。
これより独り、異世界に旅立つ者である。
願わくば、〈勇者送還の儀〉を応用したこの〈界渡り〉の魔法が成功せんことを。
願わくば、自由で業の深い彼らと、二度と会わずに済むことを。
私は宮廷魔術師ラスタ・アーヴェリーク。
ただそれだけを願う者である。
……そして私は、光に包まれた。
目を開けたとき、そこにいたのは。
揃いの服装に身を包む、十数人の人間たちだった。
私に黒い棒状のものを向けて叫んでいる。
どうやら知性ある人型の生き物がいる世界らしい。
怪しまれているようだが、私を見てすぐに攻撃してこないのも評価が高い。
それに、ずいぶん薄いがマナも感じられる。
これは考え得る中でもかなり良い結果だ。
私は不審に思われないように、ゆっくり視線だけを動かしていく。
「どういうことだ、急に現れたぞ!?」
「見たところ普通の人間のようだが……」
「なんか俺たちが『召喚』された時の逆みたい!」
…………。
言葉が理解できる。
たしかに私は翻訳指輪をはめている。
だがこの魔道具は万能ではない。
私が元いた世界の〈世界録〉に記録がある言語しか翻訳できないのだ。
界渡りは失敗したのだろうか。
「あれ? 俺、この人どこかで見たことがあるような」
「……どこでだね? 見たところ日本人ではなさそうだが」
…………。
私は同じ世界の中で転移しただけなのだろう。
きっとそうだ。
だから翻訳指輪が効果を発揮しているのだ。
元いた世界の〈世界録〉には、過去に召喚された人間の言語も記録されている。
だが私は界渡りに失敗しただけで、私が送還した人間のいる世界に来たわけじゃない。
きっとそうだ。
「あー! ラスタのおっさんじゃん! 元気してた?」
…………。
現実逃避はやめよう。
私はゆっくり視線を動かし、いま私の名前を呼んだ者の顔を見る。
やはりか……だが、とりあえず。
「私はおっさんではない! まだ22才だ!」
「22才に見えないからおっさんなんだって!」
そう言って、
先ほど〈勇者送還の儀〉で、
「愛川くん、これは?」
「あー、構えないでいいよ。ほら、前に話したでしょ? この人が、俺たちがいろいろお世話になったラスタのおっさん」
「……愛川くん、では彼が集団誘拐の実行犯だな?」
「あっ」
自由で奔放で強者だった勇者たち。
彼らによって国は救われたが、彼らが持ち出した『報酬』で、私は国から追われる身となったはずだ。
それと、
だから、私は別の世界に逃げたのだが……。
国からは逃れられたが、彼らからは逃れられなかったらしい。
彼らが言っていた「大魔王からは逃げられない!」だろうか。彼らは勇者だが。
ともあれ。
「私は
私はゆっくりと、両手を挙げた。
けいさつに囲まれたらそうするんだと、勇者・愛川に教わっていたから。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「えっ!? みんなが還ってきたのって、ラスタ先生の独断なんですか!?」
「そうです。国王は代わりましたが、約束を違えて彼らを送り還さず利用しよう、という声もまた多かったのです」
「わからなくもありませんね。彼らの力は強大ですから」
「還すなら全員揃って、と思っていました。いや決して〈異世界〉に残したら私がずっと面倒を見続けることになるだろうと予測したからではなく」
急に早口になるラスタ。
美咲先生も伊賀も何も言っていない。
「残る者がいれば、いずれ意に反することもやらされると思ったのです。三国を退けるほど『使える』のが証明された以上、宮廷魔術師の末席にすぎない私では彼らを守りきれなくなるでしょうから」
「そうでしょうねえ。たとえ強くても、彼らは未成年です。脅す手段も懐柔する手段もあるでしょう」
ラスタの意見に同意する伊賀。
さらっと思いつくあたり……いや、所属は自衛隊なのだ。知識として持っていることはおかしくない。
「ラスタ先生……」
美咲先生は美咲先生で、ラスタの決断に目をうるうるさせている。単純か。
「話がそれましたね。ともあれ、そうして私は日本に来たのです」
目を細めるラスタ。
ためらいがちに、美咲先生が口を開く。
「あの……後悔は、してませんか?」
「いえ、まったく。そもそも還れますしね」
軽すぎか。
ともあれ、様々なことを語りつつ、『親睦会』という名目の飲み会は続くのだった。
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