閑話 親睦を深める食事会で、新担任が半年前のことを語る2
「ラスタさん、ビールが薄く感じられるのでしたらウィスキーはどうですか?」
「試してみましょう」
「ちょっとーラスタせんせー。まだこっちに来てからのことを聞いてませんよー」
メニューを手に取る男二人、酔いがまわっているらしい女性一人。
親睦会という名目で飲み会中の伊賀とラスタ、美咲先生である。
ラスタ、生徒たちに宣言した通り、日本語は読み書きもマスターしているらしい。
〈二つの世界録〉に記録されて、知力も上がっているからだろう。
もっとも、『宮廷魔術師』という、国で百人もいない難関職に就けるほどの頭脳は元々あったようだが。
ちなみに、美咲先生はまだ生ビール中ジョッキの一杯目を飲みかけである。弱い。この会の言い出しっぺは美咲先生なのに。
「こちらに来てからですか。特に変わったことはありませんが、それでよければ」
「よいです!」
ブンッと手をあげて返事をする美咲先生。子供か。酔うと幼くなるタチらしい。めんどくさい。
「では……」
そう言って、ラスタは話しはじめる。
〈界渡り〉の魔法で、こちらの世界に来てからのことを。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「勇者・愛川。先に質問させてほしい」
「あー、別にいいけど?」
勇者がいる〈地球〉に渡ってきた私は、十数人の人間に取り囲まれた。
その場にいた愛川が私に気づき、攻撃されることも拘束されることもなかったのは不幸中の幸いか。
いま私は、愛川と、揃いの服を着た男たちと別室にやってきた。
拘束はされていないが取り囲まれている。
私を逃がさないように、ということだろう。
逃げる気はないのだが。
「勇者たちはつい先ほど送ったはずだ。ほかの勇者たちはどこに?」
「つい先ほど? おっさん、俺たちがこっちに還ってきたのって一週間前だけど」
「一週間? ……七日だったか」
「そうそう、こっちの数え方ね! それでおっさん、つい先ほどって?」
「あのわずかな間で七日ズレた……術式に穴があるのか。それとも召喚と送還の魔法陣に、いや界を渡るとこうなる可能性も」
「おっさん?」
「ああすまない、考え込んでしまった」
考え出すとまわりに目が向かないのは私の悪いクセだ。
それで何度師匠に遊ばれた……思い出すのは止めよう。
「愛川くん、ちょっといいかな? ラスタさんと話したいんだが」
「了解でーす。おっさん、この人は伊賀さんって言ってこのチームの隊長さんね」
「はじめまして、ラスタさん」
年の頃は30代半ばだろうか。
穏やかな微笑みを浮かべて、だが眼光は鋭い男が私の前に座った。
この目には見覚えがある。
戦いを生業とする者だろう。
生と死が身近な人間は、違う世界でも同じ目をするようだ。
それから、伊賀と名乗った男から現状を聞いた。
勇者たちが行方不明になったのは一日だけだったということ。
その勇者たちが還ってきてから一週間経っていること。
やはり〈地球〉と〈異世界〉の時間の流れが一致していない。
私の〈界渡り〉以前に、召喚と送還でズレている。
考え込む私を遮って、伊賀と名乗った男は説明を続けた。
還ってきた勇者たちに、行方不明となった一日はどこにいたのか、何をしたのか聞くと、意味不明なことを言い出したこと。
話の内容と見知らぬ「人間」がいて、警察は大混乱だったこと。
いまは「自衛隊」という組織がこの件を担当して、伊賀はその一員だという。
愛川をはじめ、勇者たちもそれぞれの方法で協力しているのだとか。
「それは……大変でしたね」
「本当に。その、お姫様と侍女の二人は、まだ『外国人』ということで理解できるのですが……」
遠い目をして首を振る伊賀。
さもありなん。
私は勇者たちから、〈地球〉には人族しかいないのだと聞かされていた。
彼らがあまりに気楽に連れて帰るものだから、深く考えないようにしていたが……。
「エルフ、獣人。それとアラクネ、ラミア、ハーピーもこちらに来たはずですね」
「ええ。エルフはその、そういう耳をした外国人ということで……獣人は、狼男の伝承は真実だったと」
「伊賀さん、ムリありすぎっしょ! 現実を見ないと!」
「愛川がそれを言うか……」
伊賀はがっくりと肩を落としていた。
どうやら元の世界で私がしていた役割は、こちらでは伊賀の担当らしい。
同情を禁じ得ない。
「ラスタさん。我々にご協力いただけますか?」
伊賀が私に問いかけてくる。
こちらの目をまっすぐに見つめて。
重要な問いらしいが、聞かれるまでもなく私の答えは決まっている。
「もちろんです。私はただ、平穏な生活を送りたいだけですから。それに……できれば、私のせいで乱れてしまった彼らの人生にも平穏を」
チラッと愛川に目を向ける。
あるいは、自由で業の深い彼らは平穏を望まないかもしれないが。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「そこからは変わったことはありません。伊賀さんが用意してくれた部屋で暮らし、さまざまな話をして実験に協力し、合間に日本語の勉強を。あとは勇者召喚と送還の儀の結果を受けて、往還を安定させるべく研究していました」
「ラスタ先生、それはすごく変わってると思いますー」
「我々はラスタさんから魔法も見せていただきましたしね」
「ああっ! ずるいですラスタせんせー! わたしも見たいー!」
だだっ子か。
美咲先生は酔うと相手をするのがめんどうになるタイプらしい。
「ピカーってなったり、クルクルってなるのが見たいですー!」
魔法少女か。
できたとしても、変身したラスタなど見たくはあるまい。
魔法おっさん、いや魔法青年など。
「〈地球〉はマナが薄いですからね、たいした魔法は使えません」
「ラスタさん、体内のマナを使えばいいのでは?」
「ええ。でもそれを言うと、魔法を見せることになりますよ?」
「……やめておきましょうか」
「むー。なんですかひそひそとー。わたしだけのけものにしてずるいですー」
小声で話す男二人に、美咲先生はおかんむりらしい。
わずかにビールが残る中ジョッキをドンッとテーブルに置く。立派な酔っぱらいである。
「教師になる前も、伊賀さんに相談されていろいろ助言していたんですが……勇者たち自身も苦労しているようでした。ですから私は、教師になることを打診されて、引き受けたんです」
「なるほどー」
酔っぱらいを無視して話を進めるラスタ。
それで正解だったらしく、美咲先生はおかんむりだったことも忘れている。
「ラスタさん、田中さん。ずいぶん酔っているようですし今日はこの辺でお開きにしましょうか」
「わたし、よってないですよー! まだビールいっぱいしか飲んでないんですからー!」
グデッと机に突っ伏した美咲先生を見て、さっさと締めようとする伊賀。冷静である。
伊賀はまだ護衛と監視の最中であり、ソフトドリンクしか飲んでいないので。
「美咲先生。親睦を深める機会はまたあるでしょう」
「そうですねーラスタせんせー!」
次があると聞いて美咲先生はにへらっと笑う。
ラスタはあえて曖昧にしか言っていないのだが。
ともあれ、お開きの同意は取り付けたようだ。
連休明け、5月のある日。
担任と副担任、護衛の三人の親睦会は、あっさりと終わるのだった。
それにしても。
美咲先生、心配な酔い方である。
きっと二人に心を許しているからで、酔ったら必ずこうなるわけではあるまい。たぶん。
もしラスタにその気があれば、簡単にテイクアウトできてしまったことだろう。
童貞なラスタに「酔いに任せて」という気はないようだ。
視線はチラチラと、テーブルに潰される胸に向いていたが。
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