第四話 旅を再開したラスタになぜかゴブリンがついて来る


 そして、僕らは旅に出た。



 というか、通じないだろうけどお礼を言ってほら穴の外に出たら、ゴブリンはついてきた。

 王都に向かおうとしてる、長旅になる、ここには帰ってこないと言っても、ゴブリンには伝わらない。

 諦めて歩き出すと、ゴブリンは僕の後ろをついてきた。


「街道に戻るわけにもいかないしなあ」


 立ち止まってぼそっと呟くと、ゴブリンは小首を傾げた。

 喉が乾いたとでも思ったのか、僕に水が入った皮袋を差し出してくる。


「いや、いまはいらないよ。すぐそこに川もあるし」


 首を振る仕草は否定の意味だと、ゴブリンは覚えたらしい。

 話に聞いていたゴブリンのイメージより賢い気がする。

 群れていないし、このゴブリンはほかのゴブリンとは違うのかもしれない。


 皮袋を引っ込めたゴブリン。

 キョロキョロとまわりを見て、ちょっと離れた茂みに近づく。

 同じ種類の草を何本か引っこ抜いて、根っこの土を払う。

 と、僕に差し出してきた。


「グギャ!」


「えっと、なんだろう? その鳴き声、食べろってこと? これ食べられるの?」


 根っこは草より太くなっていて、ちょっと赤い。

 僕が見つめていると、ゴブリンは一本の根っこをかじりだした。


「ググッ」


 ポリポリと小気味いい音を立てて一つ頷く。

 残りの根っこは僕に差し出したままだ。


「……ありがとう。でもこれ、人間にも食べられるのかなあ」


 とりあえず受け取ってみると、ゴブリンは満足そうに微笑んだ。

 小さな牙が覗くけど、不快な感じはしない。

 そういえばこのゴブリン、腰に巻いた布はボロボロだけど、体はずいぶん清潔だ。

 僕が汚した服を洗って干していたぐらいだし、キレイ好きなのかもしれない。


 キレイ好きな単独行動のゴブリンで、人間を介抱して面倒を見る。


 そんな話を人から聞いたら、僕は信じなかっただろう。

 でも実際に、目の前にいる。

 しかも腹を下して野垂れ死ぬところだった僕を助けてくれた、命の恩人だ。


 食べられない木の実も、食べられる木の実も僕は知らない。

 だから僕は、命の恩人のゴブリンのことを信じてみることにした。

 どうせ拾った命だから。


 根っこをかじってみる。

 ポリポリと。


「あれ? おいしい。ちょっとエグみはあるけど……」


 ゴブリンはうれしそうに笑った。

 僕も思わず笑顔になる。


 歩きながらかじっていると、ゴブリンはやっぱりついてきた。

 いや、ついて来るというより、ときどき僕より前を歩く。

 木の実や草を採るために。


 僕は街道に戻ることを諦めて、川の反対側を歩くことにした。

 話によると、王都に続く街道はこの川ぞいに続いているらしい。

 だったら、反対側を歩く分には見つからないだろうと思って。


 川を見失わない程度まで離れて、僕は歩いていく。

 ゴブリンと一緒に。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 月明かりに照らされた川原。

 僕は、ゴブリンと並んで座っていた。


 街を出て以来、初めて空腹を感じない。

 あと腹痛も。

 貧民だった僕が空腹を感じないのはいつ以来だろう。


 座っていた僕は、ゴブリンから見えないように地面の土を掴む。

 拳に隠したまま、ゴブリンの顔にバッと近づけた。


「わっ!」


「ゲギャッ! ガギャ!? ガギャッ!?」


 一瞬驚いて、同じような鳴き声を繰り返しながら僕の手を指さし、見つめてくるゴブリン。


「えーっと、〈〉が〈〉かな」


 手のひらの土を払って呟く。

 知りたかったのは、「」という意味のゴブリンの言葉だ。


 ゴブリンに言語があるのかどうかはわからない。

 でもこのゴブリンは賢いようだし、僕に何かをくれるときには「グギャ!」と同じような鳴き声だった。

 だから、パターンはあるのかと思って。


「ガギャ」


「ガギャ?」


 さっきの鳴き声をマネしてみる。

 ゴブリンは首を傾げる。


「難しいな……これは土、これは草」


 ひとつひとつ指さして言ってみる。

 ゴブリンは首を傾げている。


「僕はラスタ。君は、ガギャ?」


 自分に指を向けて名前を言う。

 続けて、ゴブリンを指さして〈なに〉と聞いてみた。


 ゴブリンの首の傾きがなくなる。目が輝く。


「ゲギャ、グギャギャッ!」


 意味がわからない……。

 いい考えだと思ったんだけど、通じなかったようだ。

 もしかしたら、聞かれたことはわかったのかもしれないけど。


「君は賢いし、名前、あるかもしれないと思ったんだけどなあ」


 小さく首を振る。

 ゴブリンも同じように首を振って、がっくりと肩を落とした。


「とりあえず、君のことはって呼ぶよ。いつか話ができたら、その時におたがい名前を教え合おう」


 誰かにこの話をしたら笑われるかもしれない。

 たぶん僕の頭がおかしくなったって思われるだろう。

 でもいまは、僕とゴブりん、二人だけだ。


 なんでついてくるのかわからないけど、二人だけ。

 食べられるものを教えてくれるし、この場所だってゴブりんが見つけたし、助かってるんだけど。


「明日、また歩こう」


 食料を持たずに街を出て王都を目指すなんて、ただの逃避で自殺行為だ。

 自覚していなかったけど、僕は死ぬ気だったんだろう。


 でも、死にかけたいまは。

 ゴブりんに助けられたいまは。


 明日のことを考えるようになっていた。



 明日はどんな日になるだろう。


 ゴブりんは明日もついてきてくれるんだろうか。


 人里が見えたらどうしようか。


 王都にたどり着いたら。


 そんなことを考えながら。


 僕はいつの間にか、眠りに落ちていた。


 隣には、魔物なはずのがいるのに。


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