第十四話 担任と生徒と姫様と侍女は〈地球〉に還る
ラスタの地下研究所にあるのは魔法陣が並ぶ広間だけではない。
研究室、書庫、居住スペース、倉庫、それどころか井戸さえある。
あとは食料があれば引きこもるには充分な空間だ。
ラスタと生徒、姫様と侍女は、そんな地下研究所の通路を歩いていた。
「なあおっさん、〈異世界〉に来る時に気になったんだけどさ。ホントは、一緒に連れてけるんだろ?」
「愛川、なぜそう思う?」
「だって俺たち、姫様やニーナちゃんを連れて〈地球〉に還れたじゃん。なのに〈異世界〉には連れてこられないっておかしくね?」
愛川、もっともな疑問である。
ここには特務課の人員もおらず、撮影・録音用のカメラが壊れているから質問したのだろう。
ラスタも愛川たちも、〈地球〉に戻ればどこに監視の目があるかわからないので。
「私はウソは言っていない。時間軸も場所も気にしないなら、この世界に連れてくることもできるだろう。〈二つの世界録〉に記録がない者の往還が安定しないのは事実なのだ」
「ふーん、そんなもんかあ」
「まあ研究は続けているがな」
「マジで!? じゃあできるようになったら教えてくれよ!」
「構わないが、簡単に行き来させない方がよいのではないか?」
「あーうん、それはそんな気もするんだけど……ほら、俺は姫様とニーナちゃんと結婚するわけで。親同士の挨拶とか、あと〈地球〉でどんな生活を送ってるか見せるとか、やった方がいいんだろ?」
「……意外に考えているのだな」
「何気に失礼だなおっさん! それにほら、結婚すればいつかこここ子供とか」
「担任相手に『不純異性交遊』宣言か」
「おっさんほんとに異世界出身かよ! どこでそんな言葉覚えたの!? だいたい俺、姫様とニーナちゃんと婚約してるわけだし! 不純じゃねーし!」
不純じゃないと言い張るものの、宣言自体は否定しない愛川。法律的にはどうなのか。
そもそも重婚で、というかそれ以前に姫様とニーナちゃんの戸籍はどうなっているのか。
きっとそのあたりは特務課がどうにかしているのだろう。
異世界人のラスタが「教員」になれているので。
「ふむ。まあ行けるようになったら教えよう。……美咲先生も来たがっていたしな」
「おっさんいまなんて? そういえば田中ちゃん先生のことチラチラ目で追いかけてるもんなあ。あれ? おっさんひょっとして惚れちゃった感じ? 不純異性交遊したい感じ?」
ニヤニヤと笑いながらラスタの目を覗き込む愛川。
姫様も侍女も興味津々でラスタを見つめている。
「なるほど、この感情が『うざい』か」
「おっ、言うねえおっさん。研究一筋で童貞なおっさんのために俺がいろいろ教えてやろうか? 学校近くのカフェとかレストランとか」
「私はおっさんではないと何度言ったらわかるのか。それに童貞は恥じることではない。貧民や農村ならいざ知らず、結婚するその日まで経験がないことは〈異世界〉では当たり前なのだ」
「へ、へー」
「なぜ目を逸らす愛川。……姫様まで? え、ニーナちゃんも?」
ヘタな口笛を吹き出した愛川、うつむいて頬を染める姫様と侍女のニーナちゃん。
ラスタの価値観をわかってくれる人はいないらしい。
同郷の者たちさえ。
「なんと……愛川、国王と侯爵には隠し通すように。バレたら殺される」
「いやおっさん生徒を守るんじゃねえのかよ!」
「さあ魔法陣の間だ」
「えっ、おっさんマジで守る気なし? 童貞の嫉妬こええ!」
いくつもの魔法陣が並ぶ地下の広間に愛川の叫びが響く。
ラスタは無視である。
「その魔法陣に乗るように。忘れ物はないな?」
「ええ、ラスタ。指輪も破棄できましたもの、今度こそ大丈夫ですわ」
「そうそう! それに何か忘れてもまた来ればいいんだし!」
「そう気軽に行き来できると思われても困るのだがな。まあいい、では還るか」
いくつもある魔法陣の一つに、ラスタと愛川と姫様と侍女が乗る。
もちろん、特務課の依頼で〈異世界〉に持ち込んだ機器も。
「けっきょく師匠には会えなかったか」
魔法が発動して魔法陣が輝き出す中、ラスタがポツリと呟く。
ひときわ魔法陣が輝いて。
「バカ弟子、達者で暮らせ」
光に包まれる前に、ラスタの耳にそんな声が届くのだった。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「あー、ヒカルはずるいよなー」
「黙って〈異世界〉に行くなんて! 友情のもろさを感じたね!」
「田中ちゃん先生、なんで俺たちに教えてくれなかったんですかー」
ゴールデンウィークの休みで、校舎内は閑散としているはずの日。
2-Aの教室は、人で騒がしかった。
「みんな、ラスタ先生は遊びに行ったわけじゃないんですよ! 愛川くんとお姫様と侍女さんのために行ったんですから!」
腰に手を当ててぷんすかと怒る田中ちゃん先生こと美咲先生。
集まった生徒たちはそれでも納得できないようだ。
「というかなんでみんなにバレたの? 俺は特務課に頼まれて、でもちゃんと黙ってたのに」
「だって、GWにヒカルが誘ってこないんだぜ? こっちから連絡取っても無視だしさー、なんかおかしいって思うじゃん?」
「そんな単純なことで……」
「伊賀さん、気をつけた方がいいって。伊賀さんの学生時代と違うんだからさ」
ラスタたちが〈異世界〉に行く。
美咲先生と特務課、それと特務課の依頼を受けた一部の生徒は秘密にしていたが、ほかのクラスメイトにあっさりバレた。
伊賀の学生時代とは違って、誰もがスマホを持っていて各種SNSもLIN○もあるいまは、生徒同士の連絡は簡単なのだ。
リア充でオープンな相手なら、どこで何をしていたかリアルタイムで把握できるほどに。
もっとも、伊賀は2-Aの生徒たちにそれほど真剣に隠す気はなかったようだが。
でなければこうして教室に現れたら、すぐに追い出したことだろう。
「そんで、ラスタのおっさんとヒカルはいつ還ってくるの?」
「昨日行ったんならそろそろじゃね?」
「また女の子が増えてたりして!」
ただ待っているだけなのに、生徒たちは騒がしい。
心配顔なのは美咲先生だけである。
特務課の面々は緊張しているようだが。
「伊賀さん! 光度に変化がありました!
「『魔法陣』が光り出したか。総員警戒!」
「おっ、還ってくるかな?」
「戦闘職以外は下がってろ。俺はこのために呼ばれたんだから」
「えっえっ?」
「あー、魔物が出てくる可能性もあるのか」
「出てくるのが人間だって危ないかもよ?」
暢気な生徒たちをしり目に、特務課は緊張した様子だ。
まあチート持ちとなった生徒たちは、何が出てきても対応できるのだろうが。
のんびり見守る生徒、警戒する特務課、祈る美咲先生が見つめるなか。
魔法陣が、まばゆいほどの光に包まれた。
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