第九話 担任と生徒、異世界でそれぞれ行動をはじめる


「じゃあおっさん、ちょっと行ってくるわ!」


「その状態でか?」


「ああ! 連れてきてくれてありがとう! ちゃっちゃと片付けて戻ってくるから!」


 そう言って愛川が走り出す。

 右腕に姫様を抱えて、左腕に侍女のニーナちゃんを抱えて。

 二人の女の子は愛川に体を預けてうれしそうに密着している。ハーレム野郎か。


 ともあれ、二人の女の子を両手に抱いて、愛川は


「ご主人様、〈勇者〉とはすさまじい身体能力なのですね」


「ああ。簡易鑑定魔法しか使えぬ私が見ただけでも、圧倒的だとわかるほどに」


 〈火竜山〉のふもと近くの岩場で、主従が言葉を交わす。

 ラスタの地下研究所の入り口はこの岩場に隠されている。物理的に、魔法的に。

 あると知っていても、見つけることは難しい。


「ご主人様もどこかへ行かれるのですか?」


「そうだな、調べておきたいことがある」


 愛川たちはあっという間に見えなくなった。

 三人が消えた方向を見つめながら会話するラスタとその召喚獣。


「調べておきたいこと、ですか。こっそりついていくのではなく?」


「そう、調べておきたいことだ。〈勇者〉に私の心配はいるまいよ」


「……そういうことにしておきましょう」


 わかったような顔をしてニヤリと笑う召喚獣、もといゴブリン。

 知性を感じる顔立ちだが、笑うとゴブリンらしく邪悪な印象である。


「では私も行くとするか。ゴブリエル、留守を頼む」


「かしこまりました。ですが、いつでもお喚びください」


「ああ、困った時は頼るとしよう」


 そう言ってラスタは岩場の陰に消えていく。「行く」と言いながら、研究所の中へ。


 ラスタが〈地球〉から〈異世界〉にやってきた地下室には、いくつもの魔法陣があった。

 それを使ってどこかに向かうのだろう。


 元宮廷魔術師のラスタは勇者召喚と送還を果たし、自らも界を渡った〈召喚士〉である。

 マナが薄い〈地球〉でさえ「同じ世界ならどこにでも送れる」と言うラスタにとって、マナが濃い〈異世界〉で、用意していた魔法陣で移動するのは簡単なことなのだろう。

 そもそも「王城の研究室に繋がる送還陣は使わない方がいい」とは言っていたが、セーフハウスがこの研究所一つだとは言っていない。



 ラスタは一人、地下室で魔法を発動させる。



 光が消えた時、地下室には誰の姿もなかった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「アイカワ様、こちらですわ」


「秘密の抜け道ってけっこう長いんだな」


「当然ですわ、王城から王都の外まで続いているのですもの」


 薄暗く狭い通路を三人が歩いている。

 王族しか知らない秘密の抜け道。

 それは王都の外、王室が管理する狩猟場から続いていた。


 愛川の身体能力にモノを言わせて、〈火竜山〉から狩猟場まで駆け抜けること一時間。

 狩猟場にはこっそり忍び込んで、姫様の案内で抜け道に入った。

 ラスタの研究所からここまで、狭い通路を歩いている時間の方が長いほどだ。


「アイカワ様、もうそろそろですわ」


「なあ姫様、この通路はどこに出るんだ? ひょっとして玉座の後ろとか?」


「そちらへ出る分岐もありますが……この時間、お父様は執務室にいるはずですわ。そちらに向かってますの」


 狭い通路には愛川と姫様、侍女のニーナしかいない。

 にもかかわらず小声で話すのは、忍び込んでいるという気持ちのせいか。


「挨拶、親への挨拶。まさか俺が、この歳でやるなんてなあ」


「……アイカワ様、後悔は、ありませんか? その、〈地球〉ではもっと歳を重ねてから結婚するのだと聞きまして」


 繋いだ手をギュッと握って愛川に問いかける姫様。乙女か。乙女である。救国の勇者に恋をして、何もかも捨ててしまうほどの。


「不安にさせちゃったか。これはほら、後悔してるとかそういうことじゃなくて、緊張してるだけだから」


 愛川は姫様の手を握り返す。見た目はチャラいが中身はそうでもないらしい。いや侍女も口説いている時点でそれはない。


「姫様だけ、とは言えないのがアレだけど……俺が好きなのは、姫様とニーナちゃんだけだから」


 ダメ男のようだ。


わたくしが正室ならかまいませんわ。アイカワ様ほどの方なら、何人も側室をめとるものですもの」


 許されるらしい。


「いやさすがにそれはない、と思う」


 言い切れないっぽい。


 そもそも「ないと思う」と言いつつ、その前に「姫様とニーナちゃん」と二人をあげている。


 完璧に二股である。


 ダメ男確定である。


 異世界基準なら許されるのだろうが、愛川は地球の人間で現代日本に生きる男子高校生だ。


 いろいろアウトである。


「お二人とも、お静かに。前方に光が見えます」


 狭い通路のため、二人の後ろを歩いていた侍女のニーナちゃんがそっと告げる。

 この会話を側室候補に聞かせるあたり、男としてどうなのか。いやそもそも二股がどうなのか。

 姫様が王位継承権を保持していたことに悩む前に、愛川はその辺に悩まなかったのか。


「アイカワ様、準備はよろしいでしょうか?」


「……ああ。二人とも、俺の前に出ないように。戦いになるかもしれないから」


「アイカワ様? お父様はそのような方では」


「執務室なんだろ? そしたら護衛の人がいるわけで」


「ですが、それではアイカワ様の身が危なく」


「心配するなって姫様。俺は〈勇者〉なんだから」


 ニカッと笑う愛川。


 たしかに愛川は〈勇者〉なのだろう。


 現代日本に生きる男子高校生が、異世界の姫様と結婚しようというのだから。しかも二股で。


 それはたしかに〈勇気ある者〉にしかできない決断だろう。



 2-A、出席番号1番、愛川 ひかる職業クラス〈勇者〉。


 いま、〈勇者〉の勇気を見せる戦いがはじまる。


 地球的にはずいぶんクズな方向で。



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