第七話 ラスタは危地から救われて選択を迫られる
めちゃくちゃに木の棒を振りまわす。
でも、敵ゴブリンは倒せない。
僕に向かってくる敵ゴブリン。
一緒に旅してきたゴブりんは倒れてもがいている。
ああ、ここで僕は死ぬんだな、と思った。
体の痛みをガマンして、最期まで抵抗してやろうと木の棒を振りまわす。
遠くに馬のいななきが聞こえた。
敵ゴブリンたちの動きが止まる。
まるで、何かに怯えている、みたいに。
敵ゴブリンたちは、僕から離れていった。
倒れているゴブりんからも。
「ゴブりん!」
駆け寄って抱き起こす。
ゴブりんの目はもうろうとして、ゴブッと口から血を吐き出す。
「ゴブりん、死なないで!」
手当てしようと体を見る。
ゴブりんの体は、傷だらけだった。
殴られたアザと、噛み付かれた痕と。
僕を守るために。
でも僕は、ゴブりんを手当てする方法さえ知らない。
馬のいななきと、走る音が聞こえてくる。
敵ゴブリンたちは、小刻みに震えたまま動かない。
まるで、絶対的な強者に睨まれてる、みたいに。
馬の足音が止まる。
僕はようやく、背後を振り向いた。
黒毛の体に紅い瞳、燃えるようなたてがみ。
みっしりと詰まった筋肉は、僕なんて簡単に蹴り殺せそうな。
でも、そんな圧倒的な馬よりも。
僕は、騎乗している二人に目を奪われた。
黒い全身鎧の騎士と、前に乗ったローブ姿の小さな女の子。
「やはり人か。む、ゴブリンがいるな。おい」
ローブ姿の女の子がヒラリと馬から下りる。
続けて騎士も、全身鎧の重さなんて感じさせずに。
敵ゴブリンは動かない。
逃げればいいのに、目を逸らせないかのように。
黒い騎士は、バカみたいに大きな両手剣を持っていた。
ブオンと剣を振る。
それだけで、僕たちを襲った敵ゴブリンは両断された。
「小僧、そのゴブリンは?」
「ゴブりんはゴブリンだけどゴブリンとは違うんです!」
「ふむ? よくわからぬ」
呆然と見ていた僕に、女の子が声をかけてきた。
いきなりのことで動揺した僕は、まともな答えを返せなかったみたいだ。
「まどろっこしい、これを指につけよ」
ごそごそとローブの内側を漁った女の子が、僕に何かを投げてよこす。
受け取ったそれは、二つの指輪だった。
よくわからない。
よくわからないけど、つけない選択肢はない。
なにしろ、敵ゴブリンを殺し終わった黒い騎士が、僕とゴブりんのすぐ横に立っているから。
ゴブりんを殺させるわけにはいかない。
一つを僕の指に、もう一つをゴブりんの指にはめる。
「もう一度聞く。小僧、そのゴブリンは何だ?」
「えっと、ゴブりんは一緒に旅をしてきて、僕の友達で」
なんて説明すればわかってもらえるのか。
答え損なったら、ゴブりんが殺されるかもしれないと焦っていたからか。
ばーっといままでのことが思い出されるけど、うまく説明できない。
でも。
「あー、よいよい、わかったわ。奇妙な関係ではあるようだがな」
「え?」
「ふん、ワシはこう見えて宮廷魔術師だ。それは翻訳指輪の上位、伝心の指輪よ。はめた者同士の思考が伝わる魔道具だ。まあワシほどになると、受け取るだけで読ませぬことも可能だがな」
自分が、ボカンと口を開けているのがわかる。
宮廷魔術師。
魔道具。
そりゃ、この小さな女の子がただ者なわけはないと思っていたけれど。
騎士も黒い馬も、この女の子の言うことに従っていたから。
僕の頭の中に、痛い、という感情が流れてくる。
これは、もしかして。
僕は腕の中のゴブりんを見る。
ゴブりんの呼吸は浅く、口からは血が流れ続けている。
「あの! お願いがあります!」
「申してみよ」
「ゴブりん、僕の友達を治してください! 宮廷魔術師なら魔法が、治癒の魔法が!」
頭の中に流れてきたのは、きっとゴブりんの感情だ。
いまこの女の子は、宮廷魔術師は、「はめた者同士の思考が伝わる魔道具だ」って言ってたから。
「聡い小僧だな。だが……」
女の子は、チラリとゴブりんに目を向けた。
「大丈夫、ゴブりんはゴブリンだけどいい魔物なんです! ずっと僕を助けてくれて!」
「それは伝わっておる。だが、それとは関係ないのだ。そのゴブリンは、もう……」
諦めの感情が伝わってくる。
女の子は、小さく首を振っていた。
「そんな……僕は、ゴブりんに助けられたのに。ゴブりんがいなければ、僕は死んでたのに。お願いです宮廷魔術師さま! 僕はなんでもしますから!」
「ほう? なんでも、とな?」
ローブ姿の女の子は、いや、宮廷魔術師は、キラリと目を輝かせた。
「聡い小僧に、変わったゴブリンか。使い道はあるかもしれぬ。小僧、そのまま動かず待て」
わずかに口を動かして呪文を唱える宮廷魔術師。
言われた通り、僕は動かずにただ待つ。
詠唱が止まって、こちらに向けていた指先が光った。
宮廷魔術師は僕を見つめてくる。
「くははっ、これはなんとも!」
「あの?」
「小僧、おぬし、自分の
「
「ほうほう、寄る辺ない貧民と。おっと、その話はまたあとでな。小僧、そのゴブリンは大事な者なのだな?」
「はい。ゴブりんが助かるなら、僕はなんでもします!」
「助かる、か。助かるとはちと違うのだがな」
目を細めて騎士と馬を見た宮廷魔術師は、どこか寂しそうに見えた。
はっきりとは伝わってこないけれど、あるいはこの伝心の指輪の効果なのかもしれない。
「これからワシが伝えることを受け止めて、考えるがよい」
宮廷魔術師がそう言った、次の瞬間。
僕の頭に、思考が伝わってきた。
ゴブりんはもう助からないこと。
僕の
ゴブりんの〈世界録〉を僕の〈世界録〉に書き込めば、ゴブりんは召喚獣となること。
召喚獣となれば、召喚士のマナを使えば顕現できること。
ただし召喚士のマナが少なければ常時召喚できないこと、一度〈世界録〉に書き込んで以降、書き足さなければ召喚獣の記憶や能力は上書きされないこと。
つまり、それは……。
「ゴブりんの姿形だけど、生きてないってことですね……」
「うむ、やはり聡い小僧だ。肉体を失うのは間違いない」
「ゴブりん……」
助からない。
宮廷魔術師の、魔法の力をもってしても。
僕はゴブりんを抱きしめた。
ゴブりんはぐったりしている。
「だが小僧、考えてみよ。もし常時召喚して、常に〈世界録〉に書き込める、つまり意識が連続しておれば……それは、生きていると言えるのではないか?」
伝心の指輪を通して流れてきたのは、思考ではなく感情だった。
憧れ、あるいはそうあってほしいという願望。
ローブ姿の小さな女の子の目は、黒い馬と全身鎧の騎士に向けられていた。
「僕には、わかりません……」
ゴブりんは、助からない。
僕はゴブりんに助けられたのに。
涙がこぼれる。
その時。
強烈な感情が、頭の中に流れてきた。
やってくれ、と。
「ほう。これは」
「え? え?」
死んでも弟分を守る方法があるなら、なんだっていい。
やってくれ。
僕の頭の中に流れ込んできたのは、感情というには明確な思いだった。
宮廷魔術師から渡された伝心の指輪。
つけているのは、宮廷魔術師と、僕と、あと一人。
この思いは、ゴブりんのものだ。
「死してなお、守りたいと。どうするのだ、小僧?」
「ゴブりん……」
言葉は通じなかった。
おたがいに何を考えているのか、本当のところはわからなかった。
これが、命の恩人のゴブりんが僕に伝えた、初めての思いだ。
僕は…………。
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