第八話 ラスタは召喚獣を手に入れて、宮廷魔術師に弟子入りする


「ありがとう、ゴブりん」


 僕を助けてくれたゴブりんは死ぬ。

 そっとゴブりんの頭を撫でて、僕は宮廷魔術師の女の子に向き直った。


 僕が考え込んだのは、悩んだのは一瞬だけ。


「僕は、ゴブりんを召喚獣にします」


「小僧、いいのだな?」


 伝心の指輪から、宮廷魔術師の思考が流れてくる。

 〈召喚士〉の〈世界録〉に召喚獣の存在を書き込むため、〈召喚士〉が持つ余白次第で持てる召喚獣の数が決まっていること。

 たいていは数匹が限界で、中には一匹しか召喚獣を持てない〈召喚士サモナー〉もいること。

 だから、〈召喚士サモナー〉にとって、召喚獣の選択は大事であること。

 でも。


「いいんです。ゴブりんは、大事な友達ですから」


 助けられて、守られて、一緒に旅をして。

 僕はゴブりんに何も返せなかったけど。


「僕は、いつか、常時召喚します。〈世界録〉にも書き込めるようにがんばります。そうすれば、ゴブりんは、生きているのと変わらないから」


 宮廷魔術師に言っているのか、ゴブりんに言っているのか。

 僕にもわからない。

 でもこれは、僕の宣言だ。

 ただ流されるままに生きてきて、ゴブりんに命を救われた、僕の意志だ。


「約束するよ、ゴブりん。その時は、自由に生きてね。いや……。二人とも、自由に生きよう」


 朦朧としたゴブりんに伝われと、指輪をはめた手を握りしめる。

 ゴブりんは、笑った気がした。


「ふん、高い目標を言いおったな、小僧。まあよい、では」


 宮廷魔術師の女の子は、僕の背中に手を当てた。

 モゴモゴと何か唱えているようだけど、はっきりは聞こえない。

 黒い馬と黒い騎士は、そんな僕たちの様子をじっと見守っていた。


「小僧、しかと見ておけ」


 そんな声が聞こえて。


 僕の胸の前に、複雑な図形が輝いた。

 大きさが違ういくつもの円と文字、記号。

 魔法陣。

 世界を改変する、魔法。


「運が良かったな小僧。他人のマナを通じて魔法を発動するなぞ、宮廷魔術師でもワシぐらいしかできんぞ」


 ふふん、と勝ち誇った声と感情が届く。

 僕は、初めて見る魔法に目を奪われていた。


「そこなゴブリンよ。〈召喚士サモナー〉と召喚獣の契約は、意志がなければ成立せぬ」


 僕の腕の中で目を閉じていたゴブりんが、かすかに目を開けた。

 声ではなく、伝心の指輪で宮廷魔術師が言いたいことが伝わったのだろう。


「念じるだけでよい。小僧の召喚獣になることを望むのならば、世界に意志を示せ」


 厳然と、でもどこか優しい声で、女の子はゴブりんに語りかける。

 すぐに、頭の中にゴブりんの意志が流れ込んできた。


 俺は、弟分を守ると。

 命尽きても為せるなら、それを望むと。


 ゴブりんはゴブリンで、僕は人間で、言葉も通じなかったのに。


「うむ、その意志、しかと聞き届けた! 小僧は如何いかに?」


 宮廷魔術師の女の子が叫ぶ。

 僕とゴブりんの間で光る魔法陣が、輝きを増してゴブりんを照らす。


「僕は、ゴブりんを召喚獣にする! いつか、常時召喚して書き込めるようになって、ゴブりんがまた生を、自由を取り戻すその日まで!」


「くははっ、言いおったな小僧! まあよい、此れをもって契約と為す!」


 魔法陣がさらに輝きを増して、今度は僕も照らす。

 あまりのまぶしさに目を閉じて。


 光がおさまって目を開けた時。


 瀕死だったゴブりんは、姿を消していた。


「ゴブりん……」


「契約はなった。ゴブリンの肉体は消滅し、存在は小僧の〈世界録〉に書き込まれておる」


 さっきまでの勢いはなくなって、宮廷魔術師が静かに言う。

 僕はただ、腕からゴブりんの重さが消えたことに、呆然としていた。


「小僧、呆けておるヒマはないぞ。いまの小僧のままでは召喚さえ為せまい」


「……え?」


「ゴブリンと会いたくば、学ぶことだな。魔法を学び、召喚を学ばねばならぬ。マナを増やし、〈世界録〉に書き込める域まで達するのであろう?」


「はい、どんな手を使ってでも!」


「うむ、いい決意じゃ。小僧、これも何かの縁だ、ワシの弟子になるがよい」


「え? その、いいんですか? 僕はお金を持ってませんし、宮廷魔術師さまに弟子入りするなんて」


「かまわぬ」


「……お願いします! 僕、がんばりますから! またゴブりんに会えるように! そのためにはなんでもします!」


「ほう? なんでも?」


「はい、なんでもです!」


「そうか、くふふっ、なんでも、のう」


 突然の申し出だったけど、僕はすぐに飛びついた。

 何も持ってない貧民の僕にとって、こんな機会はないだろうから。

 宮廷魔術師の女の子は、うれしそうにニンマリ笑う。


「うむうむ、では行くぞ、弟子よ!」


「はい! あ、これ」


「おっと、忘れておったわ」


 ばっと身をひるがえして出発しようとする宮廷魔術師。

 僕とゴブりんの伝心の指輪を差し出すと、バツが悪そうにポリポリと頭をかいた。


「今度こそ出発だ! ついてこい、バカ弟子!」


 忘れ物をしたことが恥ずかしかったのか、赤くなった頬をごまかすようにキツイ言葉を僕にかけて。

 宮廷魔術師は歩き出した。

 黒い騎士に馬をひかせて、王都の方角へ。


 これが僕の運命を変えた、二つ目の出会い。


 師匠との出会いだった。



 この時、僕は知らなかった。

 宮廷魔術師である師匠の厳しさを。

 それに、師匠と使い魔である黒騎士と交わされていた言葉を。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「王都の学生ではなく、この小僧が弟子でよろしいのですか?」


「うむ。小僧の心意気に惹かれたこともあるが、なにより」


「なにより?」


「この小僧、とんでもない空白領域の持ち主よ。そのうえ〈召喚士サモナー〉。おそらくどんな存在も召喚獣と為せるだろう。それも複数、な」


「それほどですか」


「うむ。とんだ拾い物かもしれぬ。これであれば、ワシの夢も……」



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