第十一話 王の執務室で痴情のもつれから戦いがはじまる



「認めん! 俺は認めんぞッ! 皇子なら諦めこそすれ、紛いものの勇者などッ!」


 近衛騎士団長が、剣を抜いた。


「コイツやる気かよ。王様、姫様、これどうすりゃいいんだ」


 愛川が両手を振ると、左手に光る円盾、右手に剣が現れた。

 職業クラス〈勇者〉の能力である。


 その間に近衛騎士団長が迫り、上段から愛川に一閃。

 気合いと体重が乗った見事な一撃だったが、愛川は難なく円盾で防ぐ。

 チラッと後ろを振り返って、姫様がちゃんと離れているか確認するほど余裕である。


「我は認めると言ったぞ。下がれ」


「下がりませぬ! 他国への輿入れでないならば、紛いものの勇者ではなく俺と!」


 ただの嫉妬らしい。

 姫様への恋心と、ずっと鍛えてきた自分よりあっさり強くなった勇者への。


 王の言葉を聞いて、護衛たちは王命に逆らう近衛騎士団長を止めに入るべきか迷っていた。

 軍部のトップは近衛騎士団長であっても、国王の命令権はそれより上だ。

 だが、まだ護衛たちに明確な命令が出たわけではない。


 初撃をあっさり防がれたのに、近衛騎士団長は剣を振る。

 愛川はただ光る円盾で防御するのみだ。

 愛川は防御に徹して、国の重鎮たちの決断を待っているのだろう。余裕である。


「王命である! 下がれ!」


「聞けませぬ! 〈火よ、敵を焦がせ〉!」


 剣だけでは勝機がないと悟ったのか、近衛騎士団長が魔法を使う。


 それでも、愛川には届かなかった。

 左腕の円盾が輝きを増して、円盾に触れた魔法はすうっと消える。


「チッ、ではさらに強力な魔法を!」


 また魔法を使うため、近衛騎士団長は間合いを取った。


「王様、じゃあ攻撃していいんだな? 正直、人間相手には加減が難しいんだけど」


 愛川が攻撃に転じようとした、その瞬間。


 王の執務室に、声が響く。

 いるはずのない男の声が。


「愛川、下がれ」


「は? ?」


 ラスタである。


 別行動をとったはずのラスタが、突然、王の執務室に姿を現した。


 それも愛川と近衛騎士団長の間に。


「いやいやおっさん、どっから出てきたんだよ!」


「姿を隠していたのじゃろう。宮廷魔術師筆頭の、儂の目さえ欺いてのう。これまで力を隠してきたようじゃな、ラスタ」


 ラスタは黙して語らない。


 ラスタの目は、近衛騎士団長に向けられていた。


「ゴブリンしか使役できない『できそこない〈召喚士〉』が! そこを退けッ!」


「ラスタ、この場所は近衛しか魔法を使えませんのよ! 危ないですわ!」


「え、マジかよ。おっさん、いいから俺に任せとけって」


 ラスタより前に出ようとする愛川。

 だがラスタは、手を出すなとばかりに腕を伸ばして愛川を止めた。


「担任は、生徒を守るものだろう?」


 なかばだけ振り返り、ニヤッと笑うラスタ。


 すぐに近衛騎士団長に向き直る。


「ゴブリンしか使役できない『できそこない〈召喚士〉』か。ならば期待に応えてやろう」


 ラスタの胸元に魔法陣が輝く。

 〈火竜山〉の地下研究所で、召喚した時のように。


「〈我がマナを捧げて彼の地より此の地へ。契約に応え姿を現せ。出でよ、ゴブリエル〉」


 ラスタの胸元の魔法陣から、ぬるりと姿を現した存在があった。


「この場所で魔法を使いおるとはのう。じゃが、ゴブリンか。……ゴブリンか?」


 ラスタの前にひざまずくゴブリエルを見て疑問形な宮廷魔術師筆頭。口の中でもごもご言い出す。


「ご主人様、お喚びに応じて参上しました」


「ゴブリエル、あの男を無力化せよ。命は取らぬように」


「かしこまりました、ご主人様」


 ゴブリンが、近衛騎士団長に向き直った。

 剣を抜き、盾を構える。


「ははっ、装備を整えてもゴブリンはゴブリン! 貧弱な〈召喚士〉ごと斬り捨ててくれるわ!」


 勇者に斬りかかった時と同じように、ゴブリエルに剣を振り下ろす近衛騎士団長。

 だが。


 ゴブリエルは盾で逸らし、流れた近衛騎士団長の剣を、思いっきり自分の剣で打ちすえた。


 パキンと、執務室に音が響く。


「バ、バカな、特注の業物が……たかがゴブリンに……?」


 折れた剣を呆然と見つめる近衛騎士団長。

 ゴブリエルは油断なく構えている。


「たかがゴブリンか。筆頭、〈ステータス鑑定魔法〉を使ったのでしょう? たかがゴブリンでしたか?」


「ありえん。ありえんが、妨害も偽装の跡も見つからんのじゃ、信じるしかあるまい。たかがゴブリンなどとんでもない。そのゴブリンの職業クラスは、〈天騎士アークナイト〉じゃよ」


「はあッ!? 認めん、俺は認めんぞ! ゴブリンが〈天騎士アークナイト〉など!」


 真っ赤な顔をして怒り出す近衛騎士団長。

 認めなかったところですでに武器は折れ、王命に逆らったことでほかの護衛たちに遠巻きに囲まれている。

 逆転の目はないだろう。


「あれ? おっさん、ゴブリンの職業クラスは〈騎士ナイト〉だって言ってなかった?」


「〈騎士ナイト〉だったことは間違いない。だが愛川、授業で教えただろう? 〈二つの世界録〉に記録されれば存在が倍となり、能力が強化されるのだと。ああ、職業クラス進化は教えていなかったか」


 〈勇者召喚の儀〉は、勇者を喚ぶのではない。

 喚ばれた者に力が宿り、のだ。

 元の世界の〈世界録〉に加えて、喚んだ世界の〈世界録〉に記録されることで。


 では、この世界出身で、〈地球〉に行ったラスタは。

 

「筆頭、私にも〈ステータス鑑定魔法〉を使ったのでしょう?」


「……うむ。ラスタはすでに〈召喚士〉ではない。〈大召喚士アークサモナー〉じゃ。それにしてもこの数値は……信じられん……」


 〈二つの世界録〉に記録されたラスタは、勇者たち同様に存在が強化された。


 召喚士が強くなれば、そのしもべたる召喚獣も強くなる。

 この世界に到着後すぐに喚び出されたゴブリエルが言いかけたのは、職業クラスが進化した、という報告だったのだろう。


「私の魔力はおよそ倍となった。知力も上がったため、魔法の効率は倍以上に改善されているだろう。師匠が張った結界さえ、いまの私には効果がない」


 近衛騎士しか魔法を使えない空間で、ラスタは魔法を使った。

 どうやら力技だったらしい。

 勇者召喚と送還、界渡りを為し遂げた元の能力が倍である。勇者よりもチートである。


「さて。私の生徒に手を出した、この愚か者はどうしてくれようか」


「ご主人様、殺りますか?」


「ヒッ!」


 〈天騎士アークナイト〉、〈大召喚士アークサモナー〉、宮廷魔術師筆頭が驚くほどのステータス。

 近衛騎士団長は話を聞いて、ラスタが隠すのを止めたマナも感じ取ってしまったのだろう。

 近づくラスタとゴブリエルを前に、じりじりと後ろに下がる。

 もはや先ほどまでの勢いはない。


「ラスタ。処分は我らに任せよ」


「……王命とあらば」


 ラスタとゴブリエルを止めたのは国王だった。

 だが、王命を聞かなかった近衛騎士団長を許す気はないらしい。


「連れていけ。追って沙汰を下す」


「はっ!」


 本来、近衛騎士が王命に逆らうなどあってはならないことだ。

 最も信頼されているからこそ、王族の身辺警護を任されているのだから。


 連れ去られていく近衛騎士団長と、ラスタの目が合う。


「次に私の生徒に手を出したら、〈世界録〉から存在ごと抹消しよう」


「ヒィッ!」


 ラスタ、静かに怒るタイプらしい。



 ところで。

 ラスタが姿を現したのは、国王が愛川と姫様の婚約を認めたあと、〈地球〉行きを認めたあとだ。

 つまり姫様を〈地球〉に送ったことが問題にならなそうなタイミングである。


 …………きっと偶然だろう。きっと。


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