第十二話 ラスタと田中ちゃん先生と伊賀と生徒たちと異世界組、異世界をあとにする
「んふふー、楽しかったですねーラスタせんせー!」
岩だらけの〈火竜山〉のふもとに、ご機嫌な女性の声が響く。
到着日の午後から翌日、今朝までかけてガイド付き異世界観光を果たした田中ちゃん先生だ。
ニコニコと笑顔で、謎のステップを踏んでいる。
田中ちゃん先生は、動きやすい格好にリュックを背負った「山ガール」な格好からすっかり服も変わっていた。
ラスタに案内された王都の高級店で揃えた、女性冒険者向けの装備になっている。
まあ実用性はなく、おてんばしたい貴族の子女向けの装備なのだが。
ドレスアーマーである。
最初に〈異世界召喚〉された際に
ちなみに、〈鍛冶師〉は異世界にしかない魔法金属の入手をお願いしただけで今回は留守番だ。
魔法金属さえあれば、設備は日本の方が整っているので。
「手紙一通残したところで作戦行動中行方不明とされているでしょう。はあ」
浮かれる田中ちゃん先生とは対照的に、伊賀の表情は暗い。
詳細を教えることなく、ラスタは伊賀を異世界に連れてきた。
到着してから召喚獣の
留守番組が特務課に説明しているはずだが、それで収まるはずもない。
「申し訳ありません」
ラスタが伊賀に頭を下げるのはこれで何度目か。
ただ。
「およそ二日間で、この世界の危険性は理解しました。私個人としてはラスタさんの決断も頷けます」
ラスタは、安全で楽しい場所だけに田中ちゃん先生と伊賀を案内したわけではない。
モンスターはびこるダンジョンや人間同士が戦争中の地域にも連れて行ったし、闘技場ではこの世界の強者同士の戦いも見せた。
ラスタが自重させた火竜ミカエラの本気のブレスに、伊賀が顔面蒼白になることもあった。
世界間の繋がりを断ち切る。
組織や国としてどう判断するかは別として、伊賀個人はラスタの決断に理解を示すようになっていた。
それに。
「それにしても、生徒たちは遅いですね」
伊賀の格好もまた、来た時とは変わっている。
一部を金属で補強した革鎧に片手剣、白く輝く円盾を身につけて、腰には小物が収納された幅広の皮ベルトを巻いている。
冒険者スタイルである。それも名の知れたベテラン冒険者クラスの装備である。ノリノリか。
「本当に。さすがにそろそろ……ああ、来ましたね」
荒地を爆走する土煙が一つ。
〈火竜山〉のふもとに入って岩が増えても、土煙はスピードを落とすことなく近づいてくる。
両手それぞれに大きな荷物を抱えているため、ぴょんぴょん飛び跳ねて。
〈勇者〉愛川である。
抱えているのは荷物ではなく姫様と侍女だ。婚約者の二人だ。
「お待たせラスタ先生! あれ? 俺たちが一番乗り?」
「そうだな愛川。ところで首から提げたカメラが気になるのだが」
「あーこれ? せっかくだから姫様とニーナちゃんを撮りまくろうと思ってさ! ほら、『異世界から来たお姫様とお付きの侍女』を信じてもらえるように、プライベートショットをね!」
ラスタは担任として、男子校生たちを信じて送り出した。
甘かったらしい。
「……王城と戦闘訓練の写真は公開しないように」
「えー? でもこんなところにあるのか!って隠し通路とか、めっちゃ豪華な謁見の間とか宝物庫とか、あとやたらカッコいい城壁と門とか! それに魔法ありの集団戦闘の訓練は迫力があって」
「だいたい国家機密だ。日本でも変わらないでしょう伊賀さん?」
「そうですねえ、公開するケースはありますが、基本は機密です」
「えー。そうだ、じゃあニーナちゃんの実家の侯爵領で行った砦を」
「それもダメだ。むしろ国境近くの砦の方がダメだ。どうしても公開したいなら、せめて王都の侯爵邸にしておきなさい」
「うっすー」
自由すぎる。
頭を抱えたラスタの元に、続々と生徒たちが帰ってきた。
甘かったか、と後悔するラスタの元に、次々と問題を持ち込んで。
ちょっと恋人に頼られて張り切ってしまう。
「エルフの森を狙うモンスターがいましたからね、一匹を残して倒して、追跡して根こそぎ殲滅してやりましたよでゅふふふふ」
「ねえおっさん! 彼女
「なんとかなる、ここは王領だからなんとかなるはずだ。姫様、ご一緒しますので国王陛下に会わせてください」
いけるこの程度ならいけると、うわごとのようにラスタが繰り返す。
生徒たちを研究所で待たせて各所に謝り倒した。
すみません、すみません。
〈火竜山〉がラミアとアラクネとハーピーの繁殖地になるけど許してください人は襲わないように教え込みますんで。
これで最後ですからもうこんなことにはならないんで、と。
闘技場で最強の王者となる。
「いやー楽しかったなあ! 男と男の、命を賭けた文字通りの真剣勝負! 〈ソードマスター〉と〈拳闘士〉の頂上決戦、俺たちの戦いは伝説になるって!」
「上位陣との多対一も楽しかった。闘いとはかくあらねば!」
「問題ない、問題ないはずだ。闘技場の戦士たちなんだ、怪我も覚悟しているはずだ。心が折れても問題ないはずだ。……殺してないな?」
いけるこの程度は問題ないと、ラスタがブツブツ言う。
生徒たちを研究所で待たせて闘技場関係者に謝り倒した。
すみません、すみません。
公営闘技場なのに戦える者がいなくなったようですが許してくださいほらそのうち希望者が来ますよモンスターか召喚獣でよければ連れてきますけど。
これで最後ですからもうこんなことにはならないんで、と。
虐げられた他種族を見て解放してくる。
「ケモミミを! モンスター扱いするとか! 奴隷扱いするなんて許せるわけないでしょーが!」
「人種が違うからって酷いことしてる場所もあったからなあ。ほんと異世界怖い」
「私は君たちが何をしたか聞くのが怖い。人間を殺してないな? うむ、ならばよ……その地の法を守ったな? おい待てなぜ目を逸らす」
いけるいけるかいけるはずと、ラスタは自らを信じ込ませる。
生徒たちを研究所で待たせて各地を確認した。
よし侵入をさまたげる地割れはOKだ地形が変わるぐらい謝る必要もない、姿も見られてないようだ下手人探しは難航するはずだが彼らは捕らえられる可能性も——うんだったらもうここに移住させてしまおう。
すみません国王陛下、毒食わば皿までという異世界の言葉がありまして、これが最後ですからもうこんなことにはならないんで、と。
ご飯が足りないのは辛いよねと、大規模開拓して農地を作ってきた。
戦争はノーサンキューと、力技で両軍を止めた。
ダンジョンたーのしー! と、いくつものダンジョンを攻略した。
あっちじゃ手に入らないからと、魔法金属と魔法薬を買い占めた。病人と怪我人が困らないよう購入店に配慮はしたらしい。えらい。えらいか?
珍しい鎧やマナが宿った武器も買い漁ったらしい。田中ちゃん先生も伊賀も生徒も目に付く限り。
最後だからと自重をやめた勇者たちの後始末をするために、ラスタは終日飛びまわった。
〈転移〉の魔法で本当に各地を飛びまわった。
謝り倒したり、ラスタも自重をやめて魔法と権力者への人脈をフル活用したりして、なんとかした。
けっきょく帰還は一日伸びて、シルバーウィーク後半の最終日となった。
余裕を持って集合日を設定したあたり、ラスタはこうなる予感があったのかもしれない。苦労性か。
そして、翌日。
すべての問題をなんとかして、ラスタと田中ちゃん先生と伊賀と生徒たちと異世界組も、〈火竜山〉の研究所前の岩場に集まった。
勇者たちに救われた人間や獣人や魔物っ娘の一族がずらりと集まって一行を見守っている。
「マナの繋がりは断ち切った。あとは向こうのマナを操作すれば、この世界とあちらの世界の繋がりはなくなるだろう」
ラスタが生徒たちに説明する。
「直談判、それに姫様と侯爵令嬢が幸せに暮らしていることの見返りに、〈火竜山〉は禁足地となった。生徒たちに救われた者同士、協力して暮らすように。我らではなく、寛大な国王陛下に感謝を」
ラスタが集まったこの世界の住人たちに告げる。
救われた一同が一斉にひざまづいた。おののくラスタ。小心者か。世界有数の力を持っているのに。
「だが、それだけでは不安だろう。いまマナこそ断ち切ったが、この地とあちらが繋がりやすくなっているのは確かだ。〈世界録〉を書き換えても、こればかりはどうにもならない」
「えっ? んじゃご両親に最後の挨拶する必要なかった? ラスタ先生、俺たちなんのためにこっちに来たの?」
俺たちなんのためにってお前なにもしてないじゃん。
ラスタの脳内をそんなツッコミがよぎっ、よぎってない。できた大人なので。担任なので。
「繋がりやすかろうが、事情を把握した強者が守るなら問題ない。『禁足地とする』という王の許可もある」
言うと、ラスタの胸元に魔法陣が輝いた。
「ゴブリエル、いや。ゴブりん」
「俺は自分の意思で、ラーちゃんと俺が過ごした思い出の場所を守る。侵入者を排除する」
白く輝く鎧をまとったゴブリンが、ゴブリンらしからぬ微笑みを浮かべて胸を張る。
守護のタワーシールドが陽光を反射してきらめいた。
魔法陣は模様を変えて色を変えて、消えずにラスタの胸元にある。
「ラファエラ」
「んーとね、ここは覚えてるよ! ご主人様とラスタくんのお家だもん! お家のことはわたしに任せてねっ!」
メイド姿の小さな女の子がパタパタ両手を動かして満面の笑顔を見せる。
幼い子供のような動きから想像もつかないようなマナが放たれ、〈火竜山〉はふもとごと結界で覆われた。
「ミカエラ」
「元より我が住処。汚す者は焼滅してくれよう」
現れた火竜の威容に、この世界の人々がそれぞれの方法で驚く。漏らした者も若干名。
男子校生たちは「喋れたんだ!」だとか「まさかのアニメ声!」だとか「女の子だったのですか!? 同志ラスタよ!」などと騒がしい。
「ルシフェル……いえ。師匠」
「くっ、可愛くない弟子め。いつから気づいていた?」
魔法陣から現れたスカルウィザードも喋り出した。
ゴブりんは「やっぱり」とばかりに頷いて、
「私も強くなったのですよ。マナをごまかそうと、本質を見抜けるほどに」
「ふん。やるようになったな、バカ弟子。おかげで間に合った」
カタカタ骨を鳴らして、スカルウィザードが魔法陣を描いた。
黒毛の馬と、黒い全身鎧の騎士が現れた。
「召喚獣への魂の憑依。これで私は、コイツらとともに生きることができる。バカ弟子の〈世界録〉の空白領域に書き込んでな」
スカルウィザードの隣に黒馬と黒騎士が並ぶ。現地人は頭を抱えてうずくまっている。
「これは礼だ、ワシらもここを守ってやろう」
ねじくれた杖で足元の岩を突く。
岩場の一部に緑が生まれた。にょきにょきと木も生え出す。
ラスタの四体と師匠が呼び出した二体、あわせて六体の召喚獣がこの地を守るらしい。
「あのっ! 私、思ったんですけど!」
「どうしました田中ちゃん先生?」
「みんなはいろんな人を守って、これからこの場所を守っていくって、すごくいいことだと思うんです。優しさの連鎖だなって! でも……」
居並ぶ六体と、救われたさまざまな種族に目を向ける田中ちゃん先生。
ラスタを心配そうな目で見つめて、言った。
「なんだか、見た目は悪役っぽいですね……みんな優しいのに」
「たしかにィ!」
「ゴブリン、ドラゴン、骨の魔導師に暗黒騎士とスレイプニル、人型魔物、虐げられた人種や獣人!」
「どう見ても魔王。魔王軍」
「ここを魔王城とする!」
「救いは
「ゴブリエル、ちょっと『我は四天王の中でも最弱!』って言ってみて?」
「俺気づいちゃったんだけど。ここ、俺たちの世界に繋がりやすいって話じゃん? じゃあもしこの世界に喚ばれて勇者扱いされるヤツがいたら」
「『魔王を倒せば元の世界に還れるやもしれぬ』」
「ありそう。ありそうっていうかリアルガチでそうなわけで」
「田中ちゃん先生のブラックジョークが冗談にならない件」
盛り上がる生徒たちにラスタが天を見上げて、師匠は骨を鳴らしてカタカタ笑う。気に入った、とばかりに。
「ええい! もう還るぞ! 忘れ物はないな? やり残したことはないな!?」
最後の異世界行脚でも、二度と戻れない別れなのに、生徒たちはいつもと変わらなかった。
笑顔で頷く。
「では師匠、あとはよろしくお願いします! さらばだゴブりん! みなも協力して暮らすように!」
言い捨てて、ラスタが魔法を発動させた。
これまでの言葉が正しければ、最後の〈世界間転移〉の魔法を。
「バカ弟子、達者で暮らせ」
光に包まれたラスタと生徒たちと向こうに行く異世界組を見送る歓声と感謝の声の中で、ラスタの耳にそんな言葉が届いた。
「世界の繋がりは断とうとも、召喚主と召喚獣の絆は切れぬ。たがいに様子はわかるのだがな」
しまらない最後である。
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