『エピローグ』

エピローグ


 学年の終わり、講堂で終業式が行われた後は、各教室でホームルームが行われる。

 異世界帰りの生徒たちが集まった2-Aで、担任のラスタが教壇の後ろに立つ。


「自由に責任があるように、力にもまた責任がある。わずかながらもこの一年で学んでくれたなら、教師としてこれほど嬉しいことはない」


 ぐるりと教室を見渡すラスタ。

 生徒たちは静かにラスタの話を聞いていた。


 教室の後方には、伊賀や姫様や侍女やエルフや獣人娘や魔物っ娘が並んでいる。

 どうせ卒業生の保護者が来るし、と今日は参観OKになったらしい。ガバガバか。外を歩くときは姿隠しの魔法、教室内には結界が張られているが、そういう問題ではない。

 あと伊賀はなんとか降格で済んだらしい。

 どうせ広めてなかったし「最初からなかったことにする」、お得意のアレである。


「少なくとも、君たちはこの世界の一般社会に知られる問題を起こさなかった。担任として誇らしく思う」


 問題を起こさなかった、でも、法律を犯さなかった、でもない。

 そもそも「異世界往還」など法律では想定されていない。「法律違反しない」は最初から無理だろう。厳密に言えば密出国で密入国だ。

 それでも、ラスタの言葉を聞いた田中ちゃん先生はうんうんと笑顔で頷いていた。ゆるい。


「ラスタ先生、あっちの様子はどうなんですかねー。問題とか起こってないかなあ」

「なんだかんだ未練があるよなあ。はあ、もっと戦いたかった……」

「あの子たちもみんな平和に暮らしてるといいんだけど」


 秋に有志が往還して以来、生徒たちは異世界に行っていない。

 奥多摩某所のダンジョンは消滅した。

 何事もなく秋から冬を過ごしてきたが、自由すぎる男子校生でも心配なものは心配だったらしい。

 ちなみに彼らが通う高校はとある大学の付属校だ。受験がないため悩みも少ない。まあ受験があったところで、上がった知力で余裕だろうが。


「そうだな。この一年、問題を起こさなかった褒美に、あちらの様子を教えよう。召喚獣が把握している範囲で、だが」


「……は?」

「あああああ! そういえば最後に骨の魔法使いがぼそって!」

「ずりぃぞおっさん! 禿げろ!」

「道理で余裕な顔してると思いました。いくらおっさんだからって冷静すぎると思いました」

「はあ。なあラスタ先生、ちょっと教えてくれれば姫様もニーナちゃんも落ち込まなかったと思うんだけど? オンナゴコロわかってなさすぎじゃない?」

「言うなってヒカル、DTのおっさんにわかるわけないだろ」


 クラスがざわつく。

 田中ちゃん先生が「どういうことですか!」とラスタに詰め寄る。

 伊賀は笑ってない笑顔をラスタに向ける。


「召喚獣が体験したことを私の〈世界録〉の中に刻むと、召喚獣の記憶が保たれる、という話はしただろう? 私が知っていることは容易に想像できたはずだ。きちんと授業を聞いていれば」


 生徒たちがさっと目を背けた。あと田中ちゃん先生も。


「とはいえ〈世界録〉のままでは、君たちはまだ理解できないだろう。映像として表示しよう」


 ラスタはくるりと振り返って黒板に向き合った。

 もごもご呟く。めずらしく長い。

 指先に生まれた光が黒板に飛んで、黒板が光る文字と図形で埋め尽くされた。

 切り替わる。



 黒板サイズの魔法スクリーンに、困り顔のゴブリンの姿が映った。


『うむ? 職業クラスが進化した? よいことではないか、何をそんな深刻な顔をしているのだ?』


 ラスタの召喚獣のうちの一体、スカルウィザードの視点らしい。

 ところでなぜか周囲が〈火竜山〉でも〈火竜山〉地下の研究所でもなく、森の中にそびえる城壁の上だ。


『なに? 新たな職業クラスが〈四天王最弱〉?……う、うむ、よいことではないか! 残りの三人が図抜けて強くなればよかろうなのだァ!』


 師匠に突っ込むラスタはいない。

 いるが、違う世界の教室の黒板の前だ。


 目をそらしたらしく、視点が流れた。

 〈火竜山〉とそのふもとは、わずか半年の間に森になっていた。

 城壁は森をまるごと内包しているらしい。規模感がおかしい。さすが魔法が存在する異世界。


『むー、またどろぼーですご主人様!』


『またか。国王が『禁足地である』と触れを出しているのに、アヤツの威光もたいしたことないのう』


 小さな足を動かしてぱたぱた走ってきたのは家妖精ブラウニーだ。

 監視担当の配下なのか、うしろにはアラクネとラミアとハーピー、それに獣人と青灰色の肌をした人間が続く。

 最後の異世界転移で、生徒たちが助けてきた種族である。


『ふん、性懲りもなく我が住処に無断侵入とは。冒険者とやらは死にたがりか』


 カメラがゆっくりパンする——視点が動く——と、黒光りする城門の上で仁王立ちする女性がいた。

 映像を見ていた生徒の半数が息を飲むほどの美形。

 赤い長髪をなびかせて、組んだ腕で胸のボリュームが強調される。


『むう、ここはミカエラの住処なだけじゃありませんー、みんなのお家なんですー!』


 頬を膨らませて不満をアピールする家妖精ブラウニーに、ゴブリンとスカルウィザードが微笑みを浮かべる。


『すまぬすまぬ、そうであったな。どれ、ではお詫びに我がブレスで外敵を焼き尽くしてくれよう!』


 気合いを入れて、女性が外に飛び降りる。


 途中、姿が変わった。

 女性からドラゴンに。火竜に。


 ブレスを吐こうと火竜が息を吸い込んだタイミングで、魔法スクリーンが消えた。

 教室に静寂が訪れる。


「みんな元気そうでしたね! 山も立派な森になってました!」


「田中ちゃん先生のんきかよ!」

「はい魔王城できてた、魔王城できてたよー」

「あああああ! せっかくなら城内が見たかった! おっさんワンモア! ワンモアプリーズ!」

「魔王軍四天王爆誕! そっかー、やっぱゴブリエルが四天王最弱だったかー」

「そっか、アイツら元気でやってるんだ。はは、俺もがんばらなきゃなー」

「おい〈勇者〉、いいのかここでのんびりしてて? 勇者は魔王を倒すもんじゃねーの?」

「いーのいーの、お義父さんも元気でやってるみたいだし。なあ姫様?」

「そ、そうですね、冒険者以外は『禁足地のお触れ』を守ってるようですし、冒険者は自由なものですからきっと父様は為政者としてちゃんと」

「落ち着いてください、姫様。小さな王領が独立しただけと考えればさほど重大事でもない、ないはずです」

「さっきのおババだったようニャ気がするニャ……元気そうでニャにより!」

「ラスタ先生、その魔法を教えてください。取材に行かずとも見られるって最高すぎます」

「待ってみんな待って! ドラゴンが人化できることを流さないで! でもなんでのじゃロリじゃねえんだよおおおおお!」

「うんやっぱりあの組み合わせの召喚獣は悪役側だよね。それで、ラスタ先生が廃棄したけどあの国には〈勇者召喚の儀〉の情報が残っててもおかしくないと」

「おっさんこれ大丈夫? また日本から行方不明者出るんじゃないの?」


 2-Aは一気に騒がしくなった。

 生徒たちだけでなく、後方にいた異世界組も。


「そうだな、マナを断ち切るだけでなく防衛策を研究しておこう」


「お願いします、ラスタさん。私たちも協力します」


 ありえそうな予想を受けて、ラスタは対策をとることにしたようだ。規模を縮小した特務課も。

 田中ちゃん先生は、生徒の発言を真面目に受け取るラスタを見て、にこにこと微笑みを浮かべていた。頼もしいです、とでも言うかのよに。

 ちなみに二人は付き合ってない。まだ。


「さて、では今年度最後のロングホームルームを終えよう」


 年度最初のホームルームでは騒がしかった教室は、一言だけで静かになった。

 ラスタは魔法を使っていない。進歩である。


「では、来年度も、一般社会に知られる問題は起こさず生活するように。私からは以上だ」


 最後の一言を合図に、ラスタは居住まいを正す。

 起立、礼、着席まで、静かなまま、綺麗に揃って行われた。

 自由な男子校生であっても、締めるところは締めるらしい。

 ホームルームを終えて、教室にざわめきが戻ってくる。


「おい聞いたか? 来年から共学になるんだって!」

「情報遅いぞ〈スナイパー〉。それで狙い撃ちできんのか?」

「そうそう、なんかすげえ女の子が推薦で入ってくるってウワサになってたし。かわいい上に頭が良くて運動神経も凄いんだって」

「……そういうスペック、どこかで聞いたような」

「ま、まさかその子も異世界帰りってことはないよねそんなはずは、ははっ」

「どうなのおっさん? あ、伊賀さんがなんか情報持ってたり?」

「調査中です」

「というかおっさん、来年度も担任でしょ? 〈魔法〉の授業もあるし、ほかに俺たちの面倒見れそうな先生もいないし」

「自分で言うな〈テイマー〉!」

「……付属。つまり大学もみな同じ」

「そうなんだよなあ。ひょっとして俺たちの担当はずっとおっさんだったりして!」


 教室の前の扉に手をかけて、ラスタが立ち止まった。

 振り返って唇を歪める。

 無表情なラスタの笑顔である。もしくは苦笑いである。


「ふふ、がんばりましょうね、ラスタ先生!」


「はい。これからもよろしくお願いします、美咲先生」


 ガラリと扉を開けて、二人の教師が教室をあとにする。

 わずかに遅れて、護衛兼監視役の伊賀も。

 年度始めよりも、三人の距離は近づいていた。


 もちろん、教室に残った生徒たちとの距離も。



 勇者召喚したら男子校生というヤツがクラスまるごと来てマジで失敗した。


 召喚当初、それに謝り倒した頃はそう思ったラスタだが、いまでは慣れたものだ。

 きっといま聞けば、ラスタはこう続けるだろう。


「だが、楽しい日々だ」


 と。


 自由な男子校生に振りまわされて苦労しながらも、なんだかんだ楽しそうなラスタの日々は続く。

 男子校生が三年生になっても、エスカレーター式で大学に入学しても、ひょっとしたら社会人になってからも。



『あー、バカ弟子。ちょっと一回こっち来い。〈主獣入れ替えキャスリング〉できるだろ〈大召喚士アークサモナー〉サマ?』


『少しお待ちください師匠。それは秘密にしてますから』



 ラスタが振りまわされて苦労するのは、この世界のことだけではないらしい。

 なんだかんだ楽しそうだ。楽しいに違いない。



「どうかしましたか、ラスタ先生?」


「いえ、なんでもありません……いつかお話ししますね、美咲先生」


「はいっ!」



 田中ちゃん先生の満面の笑みに、ラスタは目を細めた。

 苦労は消えなくても、DTは消えることだろう。たぶん。



 元宮廷魔術師、ラスタ・アーヴェリーク。


 現高校教師ラスタの苦労とやり甲斐と喜びの日々は続く。


 この世界と異世界、ときどきこっそりと往還しながら。


 いつの日か異世界に召喚される者がいたら、きっとラスタが現れることだろう。

 「私のせいで申し訳ない」と、しかめっ面で謝りながら。



(了)

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【長編版】勇者召喚したら男子校生というヤツがクラスまるごと来てマジで失敗した 坂東太郎 @bandotaro

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