第七話 担任と生徒と何人か、異世界に行く


 ゴールデンウィークの連休初日。

 グラウンドと部室棟は運動部で騒がしいが、校舎内は閑散としているはずの日。

 2-Aの教室は、人で騒がしかった。


「これが魔法陣なんですね! こんな複雑な模様を描けるなんてラスタ先生すごいです!」


「田中ちゃん先生、褒めるとこそこかよ」


「ありがとうございます美咲先生。私の専門ですからね」


 机とイスがどけられた教室中央のスペース。

 そこには、複数の円と複雑な模様が描かれている。

 ラスタが描いた〈地球〉から〈異世界〉に行くための魔法陣だ。


 魔法陣の外に立った美咲先生はテンションが高い。夢見る少女であるらしい。少女と呼ぶにはちょっと苦しい。


「伊賀三佐、観測機器、すべて異常ありません!」


「よし。だがここでは伊賀さん、せめて伊賀課長代理と呼ぶように」


「はっ!」


 魔法陣を取り囲むように、さまざまな機械が並んでいる。

 当然である。ラスタは「異世界に行く」ことを特務課に隠さなかったのだから。

 とりあえず、ラスタの護衛の伊賀はけっこう偉い人だったらしい。


「なあおっさん、これ俺たちが喚ばれた時のヤツより小さくないか?」


「あれは〈異世界〉からの魔法だからな。〈地球〉はマナが薄い。ゆえにこの大きさがせいぜいなのだ」


 ラスタが描いた魔法陣は直径で2メートルほど。

 2-Aの生徒の愛川が言うように、半年ほど前に教室を埋め尽くした魔法陣とは比べるべくもない。


「ラスタ先生。我々は本当に行けないのですね?」


「ええ伊賀さん。彼らを送り還した直後なのに、私は〈地球〉の時間軸で一週間もズレました。二つの〈世界録〉に記録がない者の往還は安定しないのです」


「むう……実験をするわけにもいきませんか」


「私はかまいませんが、まずは物だけの方がよいのでは?」


「そうですね……」


 もっともらしいラスタの言い分にしぶしぶ頷く伊賀。

 ラスタが真実を言っているかどうかは確認のしようがない。

 行けるかどうか、安全かどうか、人ではなく観測・撮影機器で確かめる。

 それしかできないのがもどかしいようだ。


 魔法陣の大きさの範囲におさまること。

 二つの〈世界録〉に記録があること、つまり、〈地球〉と〈異世界〉に行ったことがあること。


 往還にあたって外せない条件は、この二つらしい。


「時間軸も場所も気にせず、送るだけでいいのであればやってみますが」


「……検討しておきます」


 ラスタがいた〈異世界〉は、人を害する魔物がいて治安も悪く、戦争も頻発している世界だ。

 どこに放り出されるかわからない状態で送ってもらうわけにはいかない。

 というか〈地球〉でさえ「次の瞬間どこにいるかわからない」となれば気軽に実行できないだろう。

 地球の七割は海で、残る三割の陸地には砂漠も高山地帯もあるのだから。


「姫様……大丈夫です、国王様はきっとわかってくださいますわ」


「ええ、きっと問題ないはず、そう、きっとお父様は」


「あー、ほら二人とも。俺も一緒に行くんだ、心配ないって」


 愛川、謎の自信である。


 二つの〈世界録〉に記録がある者。

 今回、異世界に行くのはラスタと愛川、姫様、侍女の四人だ。


 もともとこの異世界行きは、姫様の王位継承権の破棄が目的だ。

 魔法陣の大きさと行ける人員の問題もあるが、今回はこの四人だけで行くらしい。

 クラスのみんなにはナイショだよ、である。


「姫様、忘れ物はありませんね? 私は命がけですから、そうそう行き来はできませんよ?」


「ラスタ……ええ、大丈夫ですわ」


 そもそもラスタが〈地球〉に来たのは、〈異世界〉に残っていれば罪に問われるからだ。

 王族の失踪に手を貸したなど、死刑は免れない。

 往還に問題なくとも、ラスタが〈異世界〉、少なくともアーハイム王国に戻るのは命がけである。


「大丈夫だっておっさん、なんだったらおっさんも俺が守ってやろうか?」


「それには及ばん。私は愛川の担任だ。生徒に守られる担任などありえないだろう?」


 ニヤッと笑って、ラスタは魔法陣に足を踏み入れる。


 描かれた円と模様がほのかに輝き、見守っていた特務課の人員が「おおっ!」と声をあげる。


 美咲先生はなぜか「うっ!」とショックを受けていた。魔法陣が光ったことではなくラスタの言葉のせいで。


「さあ、全員魔法陣の中へ。伊賀さん、機器もどうぞ」


 ラスタの合図で全員が動き出す。

 愛川と姫様と侍女は魔法陣の中へ。

 空いているスペースに、伊賀と特務課員が観測機器を置く。

 周囲の人員は各種機器を動かしはじめたようだ。


「ラスタ先生、こちらの準備は完了しました」


「わかりました。では行きましょうか」


「ラスタ先生! 愛川くん! お姫様も侍女さんも、気をつけてくださいね!」


「美咲先生。なに、問題ありませんよ。予定では一日、遅くとも三日で還ってきます。GW明けにはまた授業がありますから」


「ふふ、そうですね。私、待ってますから!」


「心配するなって田中ちゃん先生。俺、強いんだからさ!」


 ぐっとサムズアップする愛川。


 挨拶もそこそこに、ラスタが魔法を使う。


 ほのかに輝いていた魔法陣の光が強くなる。


「では美咲先生、みなさん、行ってきます」


 ひときわ魔法陣が輝いて。


 ラスタの軽い言葉を残して、四人の姿が消えた。


「各員、状況を報告せよ!」


「はっ! 伊賀課長代理!」


 伊賀をはじめとする特務課員が、一気に騒がしくなる中。


「ラスタ先生……」


 美咲先生はただ静かに祈っていた。生徒の心配はいいのか。


 あと胸の前で手を組んだため特務課の男たちの目の毒になっていた。エリート自衛隊員の視線さえ惹き付ける魔乳か。


 ゴールデンウィークの教室で、ただ魔法陣だけはほのかな残光を放っていた。


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