『最終章 2-A担任:ラスタ・アーヴェリークの悩み』

第一話 伊賀さん、ロングホームルーム中にニュースを持って駆け込んでくる


「球技大会は、サッカー、バスケ、水球の三種目だ。まずは各種目への立候補を求めるとしよう。希望者多数の場合は振り分けする」


「いま秋だぞ! 水球っておかしいと思います!」

「しかも男子校で水球。罰ゲームかな?」

「俺、水球にするわ。……各種目で教員チームが出るんだろう?」

「〈性騎士〉ッ! お前まさか!」


 二学期の中間テストを終えた2-Aは、球技大会を前にロングホームルームが行われていた。

 自由すぎる異世界還りの男子校生たちをまとめる担任は、異世界出身のラスタだ。


「はいっ! 田中ちゃん先生はどの種目に参加するのでしょうか!」

「毎年恒例、各種目に強制エントリーされる教員チーム。つまりプールに女神が舞い降りる可能性」


「私はサッカーです! きーぱーをやるんですよ?」


「ええ……? 田中ちゃん先生、本気……?」

「教員チームえげつない。俺たちが勝っても罪悪感を与えるつもり満々でえげつない」

「試合に勝って勝負に負ける!」


「ちなみに私が水球だ」


「おっさんの水着姿とか誰得だよ!」

「うわあ。見えなければ問題ないとか言って魔法使ってそう」

「そうか、水系統の魔法であれば……だがそれで勝ったところで……」

「賢者タイムはじまってんぞ〈賢者〉」

「おっさん大丈夫か!? 水球って髪が濡れるんだぞ!?」


「何も問題ないが? 私はハゲてもないし薄毛でさえないしおっさんでもないのだ」


 黒板を背に、ジロリと一同を睨みつけるラスタ。

 生徒たちは口をつぐむ。23歳のラスタはおっさんではないしハゲてない。ないらしい。ないのだ。


「でもなー、どれにしたって本気出せないからなー」


 静まり返った教室に、一人の生徒の声が響いた。

 出席番号1番、職業クラス〈勇者〉の愛川光である。

 高校二年生にして姫様と侍女の二人と交際中、というか婚約中の『勇者』である。

 ちゃんとそれぞれの親も了解済みだ。

 異世界出身の侍女は侯爵令嬢で、それはつまり侯爵に「お前の娘、側室な」と顔合わせで宣言して許可をもらったということだ。

 まさに勇気ある者、『勇者』である。


「君たちの苦労はわかっているつもりだ。では伊賀さんにお願いして場所を借りて、後日、2-A限定の球技大会を行うか。体育祭と同じように」


「おおおおおお! やるじゃんおっさん!」

「あれはひどい一日だった……楽しかったけど! めっちゃ楽しかったけど!」

「今回も伊賀さんの顔が引きつるのかあ」

「うちのクラスで30人、んじゃ本気球技大会も全員参加でき」

「待て〈拳闘士〉、対戦相手が必要だ。人数が足りない」

「……任せろ」

「やめてください〈ネクロマンサー〉さん何をするつもりでしょうか」


 異世界に召喚されて還ってきた男子高校生たちは、みなそれぞれに職業クラスを得て知能も身体能力も上がっている。

 基本的には「異世界に行ってきた」ことを隠しているため、本気で運動するわけにはいかない。

 近接系職業クラスの生徒は、種目によっては日本記録を出せるだろう。超人揃いのNFLも行けるかもしれない。

 器用さやセンスが求められる競技となればまた別だが。

 ともあれ、いずれにせよ高校の体育祭や球技大会で本気を出すわけにはいかない。


 それでは不満が溜まるだろうと、ラスタは特務課の伊賀に話を持ちかけて、某所で2-A限定体育祭を開催した。

 観客はラスタと田中ちゃん先生、それに勇者たちが帰還する際に連れ帰った姫様と侍女とエルフと獣人族の娘と魔物娘三人衆だ。

 あと場所を用意した伊賀と、伊賀が所属する特務課と機材班。


「伊賀さんありがとー!ってあれ? 伊賀さんは? おっさんの監視役なのにいないなんて珍しい」


「伊賀さんは監視役ではなく護衛だ。ゆえに、校内では不在になることもある。不審者の侵入はさまざまな手段で防がれているからな」


「なにそれこわい」

「わかるか〈大魔法使いアークウィザード〉?」

「ラスタ先生はそのあたりの魔法の授業を避けているからなあ。校門を通る時に何かあるかな、ぐらいは」

「はいっ! いつの間にかやたらデカくてゴツい守衛さんが増えてます!」


 球技大会の出場種目を決めるためのロングホームルームだったはずなのに、まったく進まない。

 まあホームルームは得てしてこういうものだ。

 しかも、生徒たちは「本気を出せない球技大会」への興味を失っている。田中ちゃん先生が水球に出るとなれば別だろうが、さすがにそんなことはできない。


 ラスタがもう適当に割り振るか、などと考え始めたところで、教室の扉がガラッと勢いよく開いた。


「伊賀さーん! これが噂にしたらなんちゃらってヤツ?」


 駆け込んできたのは、めずらしく息を乱した伊賀だ。

 小脇にタブレットを持って教壇のラスタに近づく。生徒の声は聞こえていない。

 ちなみに、伊賀が廊下を走る音が聞こえなかったのは、ラスタが教室内に魔法で結界を張っているせいだ。異世界帰りや特異な能力や魔法の授業など、漏らせないことは大量にある。

 それはともかくとして。


「伊賀さん、どうしました? 何かありましたか?」


「あったんです! ラスタさん! これを見てください!」


 タブレットをラスタに見せつける。

 やたらしっかりしたケースに入ったiPa○である。しかもPr○だ。どうでもいい。


「あの、伊賀さん、いまは授業中なんです、あとにしませんか?」


「美咲先生、伊賀さんがこれほど慌てているのです。ここは言うことを聞きましょう。申し訳ないが、君たちも少し待っててくれ」


 ざわつく生徒とまっとうなことを言う田中ちゃん先生を軽く流して、ラスタはタブレットに目を向けた。



「これは、奥多摩で撮られた動画です。間違いなく、の、で撮影されたものです」


 やけに場所を強調した伊賀の声が、教室に響いた。



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