第五話 ラスタ、この世界に現れたゴブリン相手に無双する


 目的が掃討に変わったあと、ラスタの行動は素早かった。


「前衛3、後衛1」


 言いながら、〈光球〉の魔法を連続で放つ。

 近づいてくるゴブリンの間を抜けて、木々の先でグギャッ」という悲鳴と倒れる音がした。


 ラスタの魔法は途切れない。

 仲間の被害を気にすることなく突っ込んできたゴブリンに〈光球〉が当たる。

 一体倒しては次へ、また次へ。

 ゴブリンは先頭のラスタにも、後ろの田中ちゃん先生や生徒たちにも、銃を構える伊賀にも、うずうずした表情の異世界組にも近づく前に全滅した。


 弱くとも、続けて当たればダメージはある。

 同じ箇所に当てれば貫ける。

 ラスタが使っているのはそういう魔法であるらしい。

 王立高等学園の入学試験で見せたスタイルは変わらない。


「あとは、洞窟の脇にいるゴブリン二匹を残すのみです」


「では向かいましょう。終わり次第、包囲を縮めて周辺の調査と後処理に入ります」


 ラスタが異世界からこの世界にやってきて、教師になるまでにおよそ半年のタイムラグがある。

 その間に、ラスタを保護した『特務課』は魔法も見せてもらったのだろう。


「おっさん強いんじゃん!」

「だから言ったろ? 俺が向こう戻った時にラスタ先生が戦うとこ見たって」

「いやでも〈召喚士〉なわけで戦ったのも召喚獣だったんでしょ?」

「つまり……これもおっさんの本気じゃない……?」

「だてにハゲてねえな!」

「さすがDT魔法使い!」


 担任の活躍に、むしろ生徒たちが驚いている。


「最後とその前の発言は誰だ。私はハゲてもないし純潔は誇るべきことだ」


「ラスタ先生、すごいです……」


 あと田中ちゃん先生も。


「では向かいましょうか」


 田中ちゃん先生にキラキラした目で見つめられて、顔を赤くしたラスタがふいっと顔を背ける。

 押し時に押せないところが童貞の童貞たる、それはいいとして。


 奥多摩某所の森を行くラスタの歩みに迷いはない。

 伊賀と田中ちゃん先生、生徒たちと異世界組がぞろぞろ続いていく。


 ただ、実力の一端を見知っていた姫様と侍女以外、エルフと獣人娘と魔物っ娘たちは目を丸くしてラスタを見つめていた。

 弱い魔法であっても、ラスタがやった〈光球〉の連続発動は異常だったらしい。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 洞窟横にいた、見張りらしきゴブリンはラスタがあっさり排除した。


 だが、森の中にぼっかりと口を開けた洞窟の前で、ラスタは立ち止まる。

 顎に手を当ててなにやら考え込んでいる。


「ラスタさん? 異常ですか?」


「……周辺のマナを探っていました。そうですね、こちらの世界では異常と言えるでしょう」


「どういうことでしょう?」


「伊賀さん、この洞窟を見てください。おかしいと思いませんか?」


 岩壁の下にぽっかり開いた入り口を指差して、伊賀に問いかけるラスタ。

 伊賀は動きまわって観察する。

 が、特に異常は見られない。


「私にはわかりません。ラスタさん、何かわかったのですか?」


「おそらく。確認のため、これから洞窟に入ります」


 ラスタの言葉を聞いた男子校生の目が輝く。

 洞窟探検したいらしい。

 ケイビング用の装備はないが心配はいらない。

 彼らは全員、強力な職業クラスを持ち、異世界を救って帰ってきた『チート勇者』なのだから。


「私も行きます! みんなを危ないところに行かせて私だけ待ってるなんてできません!」


「田中ちゃん先生……」

「でも田中ちゃん先生が一番危ない気がする」

「そこはほらおっさんが守ればいいんだよ。吊り橋効果ってヤツだ」

「『ピンチから救ってくれる騎士ナイト……! なんて素敵な人なのでしょう!』」

「ピンチはチャンスだぞ。がんばれよおっさん!」


 同行するという田中ちゃん先生の発言に、生徒たちはやけに盛り上がっている。さすが思春期。

 ラスタは冷静なように見えて耳が赤い。さすが初心。


「大丈夫なのでしょうか? 洞窟は仮称『ゴブリン』の巣なのでは? 単純に暗く狭い洞窟は危険で」


「問題ありませんよ、伊賀さん。それにこの洞窟は、ゴブリンの巣ではありません」


 マナを探ったラスタは、一つの答えを得ていた。


「日本では考えられないほどにこの森はマナが濃く、洞窟周辺はさらに濃くなっています。洞窟の入り口から噴き出しているマナによって」


 伊賀と、興味津々な田中ちゃん先生と生徒たちに説明する。

 同行している姫様と侍女、エルフ、獣人娘はラスタが何を言いたいのか理解したようだ。

 魔物っ娘は首を傾げている。そもそも人語がわかるのか。


「ゴブリンが現れ、マナが噴き出す理由。元の世界では稀に起こることでした。こうして、不自然なほど内部を見通せないことはよく知られた現象です」


 振り返って洞窟に向き直って、ラスタが推測を述べる。


「洞窟が異界化したようです」


「そんな、前にラスタさんから聞いた話ではこちらの世界では起こらないだろうと」


「ですから、中に入って原因を確認したいのです。推測はありますがそのためにも」


「ラスタ先生? 伊賀さん? その、それでけっきょく、この洞窟がどうかしたんですか? 異界化ってなんですか?」


「市井や冒険者が使っていた言葉では——」


 ラスタが振り返る。

 そこまで聞いて、生徒たちは理解したようだ。目を輝かせてやる気を見せる。

 ラスタは、ただ一人、首をかしげる田中ちゃん先生の目を見つめて、言った。



「この洞窟は、ダンジョン化したのでしょう」



 奥多摩某所の鍾乳洞の一つが、ダンジョンになったのだと。


 ……奥多摩は魔境だったようだ。



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