第31話 荒くれ者共に共生という言葉は有り得ない
レッド・キャベンディッシュは意気揚々と山肌から上半身を覗かせたクロースの元に辿り着くと、スピーカー音量を最大にしてクロースに乗っているだろうグラニーに呼び掛けた。
『いぇぇあ! 最高だぜグラニー! 俺も乗せてくれよ!』
グラニーからの返答は無い、その代わり片方しかない腕を動かして掌をローンレンジャーへと向ける。
『あん?』
レッドが疑問に思うのと同時、クロースの掌から直径一〇メートル程の光の柱を発射した。それがなんなのかはわからないが、背筋に凍りつくものを感じたレッドは即座に横へ飛んで光の柱を回避した。背後では光の柱が地面を抉りとっていた。
そこでようやくグラニーの意図を理解した。
『てめぇ、俺を殺す気か……上等だ、返り討ちにしてやる』
二本の剣を抜いて臨戦態勢を整えた。だが今度はどこからともなくアバドンが現れてローンレンジャーを攻撃し始める。
一体一体大した強さではないが、数が多いと対処しきれない。
アバドンは徐々に増えている。レッドは舌打ち一つ残して踵を返した。逃げた先にはペンギンダーがいた。
――――――――――――――――――――
レッドの行動をスコッチは一部始終観ていた。それゆえローンレンジャーがこちらへ来た時は大して驚く事はなかったが、非常にめんどくさいと感じた。
『やれやれ、ここは年長者が尻拭いしてやらないとな』
煙草に火をつけペンギンダーを起動させる。
背中のブースターを全開にして前方へ突進、ローンレンジャーと入れ替わるようにしてアバドンの群れの中へ飛び込んだ。
『そうこないとなあ! ペンギン野郎』
ローンレンジャーも引き返してペンギンダーと共にアバドンの群れを切り刻んでゆく。
数はざっと五十、しかも奥には巨大物体が控えている。
『ヨハンが来るまで持ちこたえられるかどうか』
だがその不安は直ぐに解消される。ちょうどこのタイミングでヨハンとメルが向かってきていたからだ。
アバドンと戦いながら、ペイルライダーが近付いてきてるのがわかった。トボガン状態で回転し、ブレードで周りのアバドンの脚を切り裂いてからペイルライダーの元へ。
『スコッチ! 交代だ!』
『具体的に何をすればいい?』
『メルを連れて巨大物体……クロースて名前の奴の中に入ってほしい』
『わかった』
『アバドンは俺が何とかする』
充分である。正直なところスコッチは状況をよくわかっていない、ただメルが何かしらの鍵を握っている事だけはわかっていた。詳しくは移動しながらメルに聞けばいい、今必要なのは素早い行動のみだ。
引っ付く距離まで移動し、ペイルライダーのコックピットからペンギンダーのコックピットへとメルが飛び移った。直ぐにハッチを閉じて接近してきていたアバドンの攻撃に備える。
アバドンの脚による打撃の衝撃をペンギンダーで堪え、ペイルライダーが後ろから撃ち倒す。
『行け!』
進行上のアバドンを銃撃するペイルライダー、トボガン状態になったペンギンダーはブースターをフルスロットルで噴射して滑らせる。
コックピット内に掛かるGに耐えながら、ペンギンダーは放たれた矢のように突き進む、襲い来るアバドンはペイルライダーが射撃で払っていく。
そうしてアバドンの群れを突っ切りクロースの胴元へ、どうやら脚を出すのに苦戦してるらしい。
「隻腕だから上手く力めずに抜け出せないのか、余程脚がガッチリ挟まっているのかはわかりませんが、チャンスですね」
「どこから入ればいい?」
「人間でいうところのヘソが入口……避けてください!」
ハッと上を見るとクロースが掌をペンギンダーに向けていた。さっきのローンレンジャーを見ていたから何がおこるのかわかる、ステップを繰り返して背後へ、後を追い掛けるようにして掌から光の柱が放たれる。
それらを紙一重で躱しながら再び胴元へ、クロースは光の柱をそのままナイフで抉るように地面を削りながら奥へ、つまり騎兵隊の陣地へ放った。最初にペンギンダーを狙っていたからか狙いがやや左方へ逸れてしまっていた。
しかしそれでもそこにあった兵站施設は一瞬で蒸発してしまって後にはクレーターが残るのみだった。
「とんでもないな」
背後の光景を冷や汗流しながら見つめるスコッチ、とてつもない威力だがあまり連発は出来なさそうだ。現に今は動きが止まっている。
更に護衛やアバドンの気配は無いので侵入するなら今しかない。
「よし、突入する」
「はい!」
クロースの腹部に接近、ヘソに当たる部分にドアのような切れ込みが見える。
「ドアの開け方ですけど」
「めんどうだ」
鰭からブレードを出し、ドアに突き刺す。そしてそのまま引きちぎるようにしてドアを強引に外した。
「よし、ルートはわかるか?」
「任せてください」
メルの指示に従って中へ。中の通路はかなり大きく、ペンギンダーでも問題なく飛び跳ねて移動できる程。それもそうだろう、中はアバドンが警備員のように徘徊していたのだ。
それらを倒しながら奥へ。
「移動しながら詳細を教えてくれないか?」
「はい。前回の日記で巨大物体を倒すには中へ入ってコアと呼ばれる中枢にウィルスを送り込む方法が示唆されていました」
「あぁ、まて。ウィルスて病気の元になるやつじゃなかったか? 機械に効くのか?」
「正確には違うんですが、性質が似ているのでウィルスと呼んでるだけです。機械に効くウィルスがあると思ってください」
わからないが、とりあえず話を進めるため「わかった」と返しておく。
「問題はそのウィルスの作り方がわからなかったんです。ですがさっきヨハンさんが持ち帰った日記にその製造法がありまして、結論から言えばウィルスを私が作ってコアに流すだけなんです」
「それはわかるが、作るなんてそんな暇あるのか? 材料は?」
「私のナノマシンを使います。日記にはナノマシンをウィルスに変化させる命令式が書いてありました。既にナノマシンはウィルスへ変化していますので後はコアに接触するだけです」
「ようは嬢ちゃんが俺達の切り札ってわけだ。わかった、必ず守ってやる」
「お願いします。あ、あそこのアバドンの後ろがコアへ通じてます」
指定されたアバドンを切り結んで奥へ、その時大きな地震が起きてペンギンダーは地面に鰭を突き立てて踏ん張る。揺れはしばらくすると収まったが、今度は不規則に揺れ始める。
何が起きたのかはわからないが、とにかくコアへ向かおう。
――――――――――――――――――――
ペンギンダーがクロースに侵入した直後、丘陵地帯ではペイルライダーとローンレンジャーがアバドンの進行を抑えていた。
ヨハンは戦いながらクロースの動きを注視する。またあの光の柱を放たれたら躱せるか不安なのだ。射撃はそれなりに得意だが、近接は苦手なのである。
アバドン相手でも銃で遠距離から撃ち倒し、棺桶を振り回して近付いてきてるのを弾いていく。
ローンレンジャーはペイルライダーの棺桶が届かない場所でアバドンと戦っている。経緯はわからないが、敵の敵は味方理論で利用させてもらおう。
しかし数が多い、銃弾もそろそろ心もとなくなってきている。
『おいキャベンディッシュ! お前アバドンを操ってたんじゃないのか? 何とかならないのかよ!』
『何とかなったらこんな事してねぇ! 馬鹿かてめぇは! その棺桶に入って死ね!』
『あぁ!? しょぼくれた盗賊風情が調子乗んじゃねぇぞ!!』
『てめぇ! ぶっ殺す!』
『上等だ!! 来いや!』
そして始まるペイルライダーとローンレンジャーの戦い、正直ヨハンも自分で何してんだと思うが売り言葉をつい買ってしまったので仕方ない、敵が一人増えただけだ。問題ない。問題あるが。
ヨハンはアバドンを撃ち倒しながらついでにローンレンジャーも撃つ。
ローンレンジャーはペイルライダーの射撃を剣で弾くという常識離れの技を披露してから近付いてきていたアバドンを切り裂いた。それからペイルライダーの元へ走る。
対するペイルライダーも接近するローンレンジャーを的確に銃撃するが、致命傷になりうる弾は全て弾かれ、腕や脚は装甲に弾かれたり貫通したりした。それでもローンレンジャーは止まらない。
『そんな物で止められるかよぉ!!』
『なら!』
棺桶でアバドンを吹き飛ばしたながら、ローンレンジャーへ打撃を加える。流石のこれはローンレンジャーも回避できず、まともに受けて弾き飛ばされた。ローンレンジャーはアバドンの群れの中心に着地する。そこへ群がるアバドン、ローンレンジャーは三本目の剣を抜いて半円を描くように振る。
すると剣はいくつもの刃の破片に分離し、一本のワイヤーで繋がれた。それは前方のアバドンに巻き付き、まるで鉄球を振り回すモーニングスターのようにブンブン振る。
周囲のアバドンは次々にその球体を凹ませて動きを鈍らせる。
最後にローンレンジャーは巻き付けたアバドンをペイルライダーにむけて投擲し、同時にダッシュで距離を詰める。
落ち着いてアバドンを回避したペイルライダーだったが、ローンレンジャーの接近を許してしまい、赤い機体が振り下ろす剣を銃身で受け止めた。
『なあ、俺達協力してアバドン倒すべきじゃないかな』
『んなもん、アバドンを壊しながら戦えばいい話だろうが!』
駄目だこの盗賊、頭の中が戦う事しか詰まってない。
『俺お前の事嫌いだわ』
『俺様はお前の事好きだぜぇ、強いからな!』
嫌な告白だ。
一度両者は離れる。アバドンが接近していたからだ。二機は揃ってアバドンを撃破していき、そして再び戦い始める。
二人は気付いていないが、最初お互いに気を使って戦っていた時より、今の方がより多くのアバドンを倒している。
何回目かの戦いの後、クロースの方で変化が起きた。
光の柱を埋まっている所に放って強引に脚を引き抜こうとしたのだ。
そんな事をすれば山が崩れてしまう。おそらくわかっててやっている、しかしそうでもしないと抜けられないと思ったのだろう、クロースの攻撃はヤケクソに近い。
だが、その攻撃は確実に効果をあげてるようで、徐々に這い出てきた。山が崩れても二〇〇メートルある巨体なら関係ないだろう。
完全に這い出たクロースはその場で立ち上がる。それはまさに怪物であった。数ある創作物において、強大な敵ほどサイズが巨大な描写をするが、確かにこうして巨大物体を見上げるとその理由がわかる。
単純に戦意を失ってしまうのだ。圧倒的な存在感、埋まってる状態ではまだ半分程のサイズしかなく、砂獣と大して変わらなかった。しかしこうして立ち上がれば人間がいかに矮小かを思い知らされる。
後方の残った野営地では実際に膝をついて絶望のままに泣き叫ぶ者がいた程だ。
クロースの背後では予想通り山が崩れて半分程無くなった。
『なあキャベンディッシュ、今度こそ本当に協力しないか?』
『まさか戦う気なのか?』
『戦わない選択肢があるとでも?』
『……クックック、いいねぇ気に入った。むしろ強敵がでてきて楽しいくらいだぜ!!』
戦闘中毒者はこうして操ればいいのか、ヨハンはまた一つ賢くなった。
通信で後方の騎兵隊へ連絡をとる。
相手は勿論ヴァージニアだ。
「ヴァージニアさん、見てますか?」
『ああ、討伐隊では撤退準備に入っている』
「わかりました。俺達はこのまま戦いますので後は任せてください」
『いや、今私の方で独自に戦い続けてくれる兵を集めたところだ』
「無理しなくていいのに、てかよく集まりましたね」
『頭のいい奴は逃げるとどうなるかわかっている』
クロースを野放しにすれば何れ人里に来るのは明白、そうなるとかつての地球のようになるだけだ。
そして今ならクロースを無力化できるメルが中に侵入している。あとはスコッチとメルが帰ってくるまでアバドンとクロースが人里へ来るのを阻むだけだ。
「俺達がやるのは時間稼ぎだけです。倒すのはメルとスコッチがやってくれる」
『なら遅滞行動に移ろう。前線を少しづつ下げながら後退する』
「わかりました」
無理して戦場を固定するよりも、後退しながらの方が生存率は高いと判断したのだろう、ヨハンはヴァージニアの命令に従って下がり始める。
『おいキャベンディッシュ! 俺は下がる!』
『逃げるのか!』
『そうだよ! 逃げながら戦うんだよ馬鹿野郎! 死にたくなかったら付き合え!』
アバドンは尚も増え続けている。
立ち上がった時にようやく気付いたが、アバドンはクロースの膝や背中から次々と湧き出てきているのだ、つまりクロースは体内でアバドンを生成し続けてそれを身体から排出していたわけである。まるで汗のように。
それがわかったところでどうしようもない、ヨハンはローンレンジャーと共に駐屯地付近まで下がった。
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