第26話 賞金稼ぎに舞い戻る少年達は土の味を知る

「俺のバイクがあああああ」


 地震が収まってから野営地に戻ると、全て土砂の下敷きになっていた。ペイルライダーで掘り起こしてみたが、ヨハン愛用のダヴィッドことバイクはエンジン部分が砕けて修理不可、荷車は粉々、食料はほとんど砂の下で掘り起こす気力すら湧かない、弾薬類は何とか使えそうだが予備の銃は砂が詰まってるから使わない方がいいだろう。

 無事なのは泣け無しのお金ぐらいだ。


「ど、どうしましょう」

「こいつは酷いな、命が助かっただけ儲けものと思うべきだな」

「ちくしょう、地震のバカヤロー」


 ヨハンの悲しみは相当のようだ。見上げれば遺跡の入口は完全に閉じてしまっている。


「実際問題、これからどうする? と言っても街に戻る選択肢しかないが」

「そうだな、戻るしか……いやまてそういえば」


 ふと、何かを思い出した。


「なあ、確かこの近くで盗賊討伐のために賞金稼ぎを集めてたよな」

「そういえばそんな事言ってたな」

「今からでも間に合うかな、お金欲しいし」

「のった」


 ヨハンとスコッチは戦うつもりのようだ、しかしメルは違う、彼女は至って普通の女の子ゆえ戦う力を持たない。それゆえ彼女は不安しか胸中に無い。

 その不安を察したか、ヨハンは気遣うようにゆっくりメルの緊張を解く。


「大丈夫、戦うのは俺とスコッチだけだ。メルは安全な所で待っていればいい」

「そうじゃなくて! あの、お二人に何かあったら」

「それも大丈夫、俺達が死んだとしてもこの手紙をもって騎兵隊の所に行けば保護してくれるから。俺これでも結構顔広いんだぜ」


 手紙を手渡しながら笑顔でヨハンはそう言ってのけた。

 笑顔で、死んだらと言った。そういう事を明るく言ってしまえる事にメルは小さく恐怖し、そしてこのデザリアンは大地だけでなく心まで荒んでいる事を改めて実感した。

 ただ心が荒ぶのは地球も同じだ。メルは環境に恵まれていたから純真に育っただけである。


「それでも、やはり怖いですよ」


 脳裏にはシアトルの光景が浮かぶ、もう取り乱す事はないが、あの日の事を思い出すと胸が締め付けられる。


「悪いなメル、これが俺達の生き方なんだ。生きるためには命を捨てなければならない事もある」

「矛盾してますよ」

「理解してもらおうとは思ってない、嬢ちゃんには地球にいた頃のように平和な世界にいてほしいと思ってる」

「地球にも、戦争はありましたし平和と言えませんでしたよ。巨大物体もいましたし」


 確かにメルの記憶にある地球の歴史末期は散々ではあるが、それ以前の平和な暮らしはとても幸せなものだった。


「でも、私はお二人を止めることはできないんですよね。旅を始める時に二人の言う事を聞くって約束しましたから」

「言ったのは俺だけど、それを持ち出すのはズルいぞ」


 そうでもしないと納得できないのだから仕方ないだろう。

 メルは拗ねてそっぽを向いた。困ったような表情で頬を掻きながらヨハンは意を決して宣言する。


「わかった、なるべく生きて帰るよう努力する」

「俺も善処すると誓おう」


 確約はできない、それをわかっているメルはただじっとヨハンの瞳を見て。


「まあ、それでいいです」


 とだけ呟いた。


――――――――――――――――――――


 さて、ひとまず戻ると決めたのだがどうやって帰るのか。バイクは壊れて使えないのにどうするのかとメルが不安になったが、思いの外簡単な答えが帰ってきた。


「空を飛べるペンギンダーに乗って山を超える」


 実にシンプル。

 どうでもいいが素朴な疑問が湧き上がったメルがそれを口にする。


「ペイルライダーは飛べないんですか?」

「飛べない。棺桶に推進機があってそれを使えば飛べる事には飛べるけど長くは無理なんだよ」


 そういうわけなのでスコッチがペンギンダーを呼び出して鰭をサイドに伸ばした。鰭にロープを巻き付けて、先端を腰に巻いて命綱にしてから改めて鰭に捕まる。

 鰭に二人分の体重が掛かるとペンギンダーの腰からブースターが出現してゆっくり噴射炎がでる。


『飛ぶぞ、しっかり捕まれ』


 ペンギンダーからスコッチの注意が聞こえ、鰭を掴む手に力を込める。

 少しずつペンギンダーの足が地上から離れて浮き上がる。そのまま山の斜面に沿うように山頂を目指す。やはり飛べるというだけあって早い、五分程で山頂を超えて反対側に出た。

 ただ急いで山を登ったせいか酸素の薄さに身体が反応して高山病に近い症状が起きようとしていた。

 メルもヨハンも鰭を必死に掴んで身体におこる異常に耐えていた。

 後は降りるだけだ。ペンギンダーはブースターを切ってスラスターで姿勢制御しながら山を降りていく。

 山を降りてしまえば高山病は治る。気持ち悪さは少し残るが身体は無事だ。


「うっげ気持ち悪」

「これが高山病ですか、頭痛い」


 ロープを降りて地面に横たわる。思いの外ダメージを受けて既にヘロヘロである。

 しばらくこのまま休憩していたいところだが、どうやらその余裕は無いらしい。


『囲まれたな』

「最悪だ」


 ペンギンダーを囲うように山の斜面から地面の下からわらわらと機械人形が湧き出てくる。それらは突然現れたペンギンダーに向けて銃口を向けており穏やかではない。

 囲っている機械人形は一機一機がバリエーション豊か、一機はピンク色に染め上げており、一機は象形の機械人形で鼻が長い、一機は真っ当な人型だが何故か帽子を被っている、きっとペンギンダーと同じくお洒落のために違いない。


「こいつら盗賊か?」

『さあな、どうする?』

「手を出すな、出方をみる」


 相手は問答無用で撃つような事はしないようだ。

 そうこうしてると囲みの中から地味な機械人形が前に出てきた。

 地味な機械人形はペンギンダーの前に来るとスピーカーを起動した。ノイズ混じりのスピーカーからは男の声が聞こえる。どうやら彼が指揮官のようだ。


『我々は盗賊団討伐隊である。単刀直入に聞く、お前達は何者だ』

『どうするヨハン』

「俺が答える。俺達は旅人だ。この辺で盗賊討伐のために賞金稼ぎを集めてると聞いてやってきた。

 今からでも参加できるだろうか」

『残念ながらそれを信じる事はできないな。奴らはこの山を拠点にしている、そしてお前達は山の上からやってきた』


 最悪のコンボだった。


『身柄を拘束させてもらう。異論はあるか?』

「いや、妥当だと思う」


 彼等が討伐隊なら敵対するのは得策ではない、それに拘束してくれるのなら勝手に騎兵隊の所へ連れて行ってくれるだろう。そうなればメルの安全は確保できる。

 そもそも、討伐隊に敵対したら盗賊を倒した時に賞金が貰えない。


『やれやれ、なるべく優しくしてくれよ』


 スコッチはペンギンダーに乗ったまま機械人形に四方を塞がれた状態でついて行く。ヨハンとメルは指揮官の機械人形の手の平に乗って移動だ。

 三十分程歩いて討伐隊の駐屯地に着いた。機械人形を整備棟と思われるテント横に駐機してから降りる。ここまで一切抵抗しなかったので比較的扱いは丁寧だ。ペンギンダーはしばらくしてからリングに戻るよう設定しておいた。もし戻るところを見られたら騒ぎになるかもしれないが、逆に偉い人に顔を覚えて貰えるかもしれない。


「まずは檻に入れたいところだが、生憎用意していた牢屋が全て捕らえた盗賊共で塞がっているから使えぬ」

「応接室でもいいんだぜ」


 これは冗談である。


「そうするつもりだ」

「マジっすか」


 まさかの冗談ではなかった。それでも見張りはつけるらしいのでやはり扱いは捕虜とかに近いのだろう。

 指揮官の先導に従い駐屯地を歩く、両横と後ろは彼の部下らしき賞金稼ぎが張り付いている。


「なんかこれデジャブ」


 先週ヨハンは同じように騎兵隊の駐屯地を歩かされた。あの時は知り合いのヴァージニアが居てくれたお陰で平和的暴力で解決した。

 そういえばこことあの遺跡は距離的には一日でつくから近い、もしかしたら彼女もここに来ているかもしれない。まあそんな都合のいい事はそうそう起きはしないし、居たとしても会えるかどうかはまた別の話だ。


「む、ヨハンではないか」

「ヴァージニアさん、いたんですね」


 都合のいい事が起きてしまった。 

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