第15話 古代地球人が荒野へでた

「というわけであの遺跡にはしばらく近付けない」


 ヨハンが帰ってきた時、スコッチとメルは無常にも既に食事を済ませていた。夜も大分更けていたから仕方ないともいえる。

 今は焚き火を囲みながら、冷えたスープにパンを浸しながら食べている。スコッチはすぐ隣で銃の手入れをしており、メルは焚き火の熱に耐えられないらしく、ヨハンの身体を盾にするように焚き火から少し離れたところに座っている。


「私としてはヨハンさんがペンギンダーみたいなロボットを持ってた事にビックリですよ」

「そのうち見せてやるよ」

「次の目的地はどうする?」

「近くの遺跡をまわるしかないけど、その前にメルに確認したい事がある」

「私ですか?」


 おそらく地球の事だろうとメルは考えた。


「流されるまま連れてきちゃったけど、このまま俺達と旅をしてもいいのか? 今なら騎兵隊の所へ連れて行って保護してもらえるぞ、何されるかはわからないけど生命と尊厳は守られる筈だ。

 あそこにいるヴァージニアって猫獣人なら必ず守ってくれる」


 少し驚いたと言わんばかりにメルの表情はきょとんとしていて間が抜けていた。直ぐにヨハンの言わんとしてる事を理解し、少しはにかんだ。


「気遣ってくれてありがとうございます。

 そうですね、私もいつかは騎兵隊やどこかの国の調査機関に赴く必要があると思ってましたけど、今はまだ止めておきます」

「そらまたどうして」

「自由が保証されないからです。私はこの星でお父さんを探したいんです。生きてるかどうかもわからない、痕跡を辿るアテもない、騎兵隊や調査機関がそれを手伝ってくれると思いますか?」


 その質問にはスコッチが答える。


「まず無いだろうな、嬢ちゃんが危惧する通り騎兵隊は治安維持組織でしかないから保護した民間人の戯言を聞くはずがない。調査機関に至っては、スリーパーだったか? 貴重な資料である嬢ちゃんを死ぬかもしれない荒野にだしたりはしない」

「ですよね、だったらヨハンさん達と荒野を旅しながらお父さんを探したいです」


 メルの瞳は決意に満ちており力強い。

 ここ数日で地球と違う事を理解しただろう、どれほど危険かも知っただろう、自分の持つ常識を覆されたりもしただろう。それでも彼女の考えは変わらず、旅を選んだ。

 ゆえにヨハンは「正気か?」と尋ねずにはいられなかった。


「正気だったら騎兵隊に保護を求めてます」


 その返しがツボに入ったらしく、ブハァとスコッチが吹き出した。


「ハッハッハ! そりゃそうだ、おいヨハン諦めて連れてこうぜ、覚悟決めた女ってのは屈強な男よりも強いんだ。それに一緒の方が面白そうだ」

「スコッチ、一応年長者なんだから理性的に止めてくれよ」

「理性があったら賞金稼ぎなんてやってないさ」

「それもそうか」


 ヨハンは諦めた、二人がここまで乗り気ならもうどうでもいい。ヨハンとしても一緒の方が都合いいし。


「わかったよ」


 その瞬間パアとメルの表情が明るくなった。


「ありがとうございます!」

「ただし!」


 ずいと喜びを顕にするメルの鼻先に指を突きつけ一時的に冷静にさせる。


「まず旅をするうえで俺とスコッチの言う事は遵守するように」

「はい!」


 旅慣れてないどころかデザリアンの環境にすら慣れてないメルが、ヨハンとスコッチの指示に従わず生きていける筈がない。


「一つ! 性行為は禁止!」

「はい! て、えぇ! 性行為って、あの、セック……あぁあのあの! そういうのはもっと愛を深めてからで! 私には早いです!」

「何言ってんだお前」


 メル自身よくわかってない。


「うっかり妊娠したらどうするんだよ、言っとくけど妊婦を連れまわせる程荒野は甘くないぞ、妊娠してから出産、そして子供がある程度育つまではどこかの街に長期間滞在しないといけなくなるんだ。

 そうなったら旅は終了、お父さん探しはお預けだ。言っとくが俺達は付き合わねぇからな」

「それは駄目です!」

「だったら自分の貞操はしっかり守りな」

「はい」

「あとは、うぅ〜ん。思いつかないから考えとく」


 とりあえずこの話はこれで終了、次は目的地を決めなければならない。


「とりあえずメルのお父さんを探してみるか」

「いいんですか?」


 おそるおそるメルが尋ねた。


「おう、俺も地球の事調べたいし、ついでついで」

「俺も異存はない、嬢ちゃんは親父さんについて何か思い当たる事はないのか?」

「思い当たること」


 メルは顎に手を当てて考えるが、これといって何も思い浮かばない。父親が好きな場所やよく行く公園やマーケット等は思い浮かぶのだが、それらは全て朽ち果てている。


「ならお父さんの職業はなんだ?」

「お父さんの……私もよく知らないんですけど、NASAで研究員をしてました」

「ナサ?」


 聞き慣れない単語にヨハンの耳が反応した、すぐさま手帳を取り出してメモする。


「えっと、地球でかなり有名な宇宙開発センターです」

「宇宙って、あれ?」


 ヨハンが真上を指差す。そこには黒いカーテンに星々が模様を付けていた。


「はい、あれです」

「うっそだろぉ……てことはリングもナサが?」

「はい、オービタルリングはNASAが開発建造した宇宙施設です。元々宇宙開発を行う際の第一次拠点として使用する予定だったのですが、私が眠る前には軍事施設と避難所として使用されてました」

「避難所?」


 ヨハンの何気ない呟きは聞こえてないのか、聞こえてないフリしているのかはわからないがスルーされた。


「多分ペンギンダーとペイルライダーは、まだ機能が生きているオービタルリングの破片から射出されてるんだと思います」

「ほぇー、たまげた」


 遥か昔のご先祖様達の文明はどこまで進んでいたのか、あまりにも壮大ゆえにヨハンとスコッチにとっては御伽噺のようにしか思えなかった。


「それで、何か行先を決める参考になりましたでしょうか」

「そういえばそんな話をしてた」


 忘れてた。


「嬢ちゃんの親父さんがそのナサに勤めていたのなら、その施設に何か痕跡があるんじゃないか?」

「一理あるな、メルが眠ってた施設が残ってるんだからナサの施設も残ってる可能性はあるし」

「確かに、NASAの施設が一つくらい残っててもおかしくないですよね」

「「一つくらい?」」


 間の抜けた声が二つ重なった。


「NASAの施設は十以上ありますから」 


 その瞬間、スコッチは十以上ある施設を回らなければいけないのではないかと危惧して嘆息し、ヨハンは十以上の遺跡を巡れる事に喜びを表した。


「やれやれ、年寄りには厳しいな」

「十以上も巡ればきっと地球の歴史について重大な資料がでてくる筈だ、ワクワクするなあ」 


 しかし問題がある。


「嬢ちゃんの言う施設に行くのはいいが、場所はわかるのか?」

「言われてみれば、地殻変動とかで地形も変わってるだろうしな」

「そうですね、その辺はほとんど運任せになると思うんですが、大体の場所はわかると思います。地図ありますか?」

「ちょっと待ってくれ」


 焚き火から離れ、荷車をガサゴソと漁る。しばらくして目的の地図を見つけたらしいヨハンがどこか晴れやかな顔で戻ってきた。

 地図は粘土板でできていた。それをメルの目の前で広げて左上とそこから少し右に小石を乗せる。


「周辺の地図だ、左上のここがメルのいた遺跡で、ここがあの街だ」

「なるほど」


 メルはポケットから手の平サイズの小さな板を取り出した。見た所木材ではなさそうなのだが、鉄製でもない。見た事ない物に興味を惹かれるヨハンであった。


「それは何?」

「説明が難しいのでざっくりいいますと、色々できる端末です」


 ほんとにざっくりだ。


「例えば何ができるの?」

「こうやって地図をだしたり」


 端末が青白い光を放つ、突然の事で驚くヨハンとスコッチだが、よく見るとその青白い光は、地図を端末の少し上の空間に描いていたのだ。

 その地図はヨハンのだした周辺地図とは全く異なる地形をしていた、いやおそらくこの星のどこにも合致する所は無いだろう。これは地球の地図だ。


「すっげ! 何これ!」

「これが嬢ちゃんの世界の技術か」

「ちょっとこれ詳しく教えて!」

「それはまた今度で、今は地図の話をしましょう」


 仕切り直して。


「まずここを見てください」


 メルが指差したポイントに小さな光点が出現した、その際またヨハンが興奮したがスコッチが鰭で口を強引に押さえて黙らせた。


「今見えてるのはお察しの通り私が眠る直前の地図です。表示されてるのはヨハンさんが持ってきた地図と同じぐらいの範囲です。

 そしてこの光点は私が眠っていた施設の場所になります。そこから南へ移動してここ」


 再びメルの示した場所に光点が現れる。


「ここにはエイムズ研究センターと呼ばれるNASAの施設がありました。今いる所から一番近いのはおそらくここになります」

「つまりヨハンの地図と合わせて見ればそこにいけるというわけだ」


 解放すると興奮したヨハンを放ってしまうため、鰭で口を抑えながら代わりにスコッチが答えを言った。


「明日の朝までには粘土板に反映させるので待ってもらえますか?」

「了解した、ヨハンはこのまま絞め落としておくから頼む」

「はい!」

「んんー! んんん!」

「ハハ、良い子は寝る時間だぞ」


 塞がれた口で必死に抗議するヨハンを無常にも絞め落とすペンギン。ヨハンの目は最後まで助けを求めていたがメルはそれを無視していた。お互いを信頼しきった素晴らしい関係なんだなとメルは心の底から思わなかった。

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