第14話 空から降りたるフロンティアは何処へ


 ヨハンが騎兵隊に追い込まれている頃、指揮者テントでは騎兵隊副長のヴァージニアがロレンス隊長に進言していた。


「ロレンス隊長! 彼に手荒な事はせず、こちらから報酬を用意して協力を要請した方が」

「君はあんな流れ者風情に頭を下げろというのか!?」


 返したのはロレンスではなくオーガスだった。都市部の名のある学者ゆえのプライドか、彼は流れ者のヨハンに協力を求める事を激しく嫌悪した。

 ロレンスは少し考える素振りを見せたあと、宥めるような口調で話し始める。


「ドルフ副長が彼と親交があるゆえ気遣うのはわかる、しかしあのように逃げるという事は何か遺跡から持ち出したからではないか? 例えば我々が探しているスリーパーとか。

 もしそうであるなら彼を確保しなければならない。スリーパーに関する情報は最重要機密ゆえだ」

「それは重々承知しております。たとえ無辜の民であろうと拘束する必要がある事も」

「では何をそんなに渋っている? 彼が反抗するからか?」

「そうです」


 その瞬間テント内にロレンスとオーガスの笑いが充満した。それもそうだろう、たかが一介の考古学者に何ができるというのか、銃の腕がピカイチだろうが、機械人形を持っていようが関係ない。

 ここにいるのは世界最強と名高い騎兵隊だ。その中の一部隊だとしてもたった一人の風来坊に遅れはとらない。


「たとえ彼が凄腕のガンマンだろうとも我々が負けることはない」

「その通りだ、君はそれでも騎兵隊の副長か? 自覚が足りないのではないかね?」


 二人に危機感というものはない。

 ヴァージニアは歯噛みをしながら尚続ける。


「それは、お二人がヨハンを、いえヨハンとスコッチを知らないからです」

「ほう、言ってみろ。その口振りだと彼には仲間がいるようだな」


 ロレンスから余裕の態度は崩れない。


「はい、ヨハンにはスコッチという名のペンギン獣人の仲間がいます。

 彼らは考古学者とその用心棒という関係で、これ自体は特におかしなところもないのですが。持っている機械人形が異常なんです」

「機械人形を持っているのか、それは良い事を聞いた」


 ロレンスはすぐさまテーブルの上に置いてある無線機を取って、ヨハンを包囲している部隊へ「機械人形を持っているとの情報がある、気をつけろ」と連絡した。


「ただの機械人形ではないんです!」


 そうヴァージニアが叫んだ瞬間だった。突如無線機から包囲部隊の連絡が入ったのだ。


『隊長! 棺桶が! 棺桶が落ちてきました!』

「なに?」


 訝しむロレンスとオーガス。対してヴァージニアはこめかみを抑えて「来てしまった」とどこか諦めの言葉が漏れ出ていた。

 テントの外に出てみれば、砂上挺の傍に巨大な棺桶が立っているのが見える。


「あれはなんだ?」


 近くにいた騎兵隊員を呼び止める。


「わ、分かりません。ただ突然空からアレが落ちてきたのです」

「空からだと?」


 ますますわけがわからないと言いたげなロレンス。しばらくすると棺桶の扉が開いて中から青い機械人形が出てきた。棺桶だけに死体を連想させる機体だった。


「まさかフロンティアシリーズ」


 誰もが困惑する中、オーガスだけは何か心当たりがあるよう。


「馬鹿な、たかが流れ者風情があんな物を持っていい筈がない!」

「博士?」


 こちらが止めるまもなくオーガスが走り出した。行先は勿論あの棺桶の元である。


「一体なんだと言うんだ」

「私も詳しく知りませんが、あの機体はペイルライダーといっておそろしく強いんです」

「それは、騎兵隊よりもか?」

「少なくとも、ここにある戦力では良くて引き分けでしょう。ですがもしスコッチが現れた場合、全滅を覚悟しなければなりません」

「わかった、バックアップは私がやる。君は彼を止めてくれないか? 方法は任せる」

「了解しました」


 瞬時に両足を揃えて敬礼一つ行ってからヴァージニアは走り出す。

 その間にもヨハンは騎兵隊相手に猛威を奮っていた。


――――――――――――――――――――

 

 ヨハンは右腕を動かして銃を構える。動かし方はペンギンダーと同じくパイロットの動きと同期するタイプ、ヨハンの右手には銃の形を模したグリップが握られ、左手には棺桶を繋いでいる鎖を模した物が巻きついている。

 右手の動きと連動してペイルライダーの右腕が動き、握られている銃を正面の敵に向けて照準を合わせる。


「さあ、撃ってこいよ」


 あくまで合わせるだけで引鉄は引かない。相手から先に撃たせたいのだ、これは大勢に囲まれて命を危険を感じたから機械人形を呼んだ、そのまま逃げるつもりだったが攻撃してきたので仕方なく反撃した。というエピソードをつくるためである。

 勿論撃ってこない可能性もあるが、今回は血気盛んな新人と思しき機械人形が撃ってきたので稀有に終わった。

 騎兵隊の機械人形から銃弾が放たれ、棺桶に着弾するも弾かれて地面に落ちる。


「ありがと、これで思う存分暴れられる!!」


 戦う口実が出来てとても嬉しいとばかりにヨハンは引鉄を引く、銃弾はさっき撃ってきた機械人形の頭部に命中して視界を封じる。通常機械人形の頭部にはカメラや索敵機が積まれてるので、ここを潰せば身動きできなくなる。

 反撃に騎兵隊が撃ってきた。斉射ではなく横隊による交代射撃だ。棺桶を盾にする事で防ぐ、しかし横からも銃撃され肩の装甲が損傷してしまう。

 ペイルライダーはペンギンダー程の硬さはないため普通の機械人形の銃でも破壊できるのだ。


「損傷は大した事ない。けど受け続けるのは良くない、てか砂上挺が後ろにあるのに良く平気でバカスカ撃てるな」


 それだけ砂上挺の装甲に自信があるのだろう。

 正面からの攻撃は棺桶で防げるが、両サイドからの銃撃はなんともならない。背後には砂上挺があるから心配ない。ゆえにヨハンは素早く右側の敵に照準を合わせて撃つ、右側には二機、左側に三機いる。数の少ない右側を無力化する事にしたのだ。

 射撃には自信があり、また距離もそこそこ近いゆえ二回引鉄を引くだけで右側を無力化できた。


「次は左」


 と行きたいところだったが、左側にいた敵は正面の部隊に戻ってしまった。

 装甲が薄いといってもペンギンダーと比べてなので、普通の機械人形よりは厚い。中々大きなダメージを与えられないから一旦仕切り直したのだろう。

 合わせて正面からの射撃も止まった。

 棺桶から身を晒して正面を見る、すると大盾を持った機械人形が三機並んでこっちに来ているのが見えた、その後ろには槍を持った機械人形が続いている。


「近接戦に切り替えてきたか」


 直接動きを封じにきた。


「けど甘いなあ」


 ペイルライダーは棺桶を盾に射撃で敵を倒すスタイル。そう思っているに違いない、実際それが基本スタイルなのは間違いないのだが、当然それだけではない。

 ヨハンは左手の鎖を引いて棺桶を倒す。それから大きく振りかぶってフレイルのように棺桶をぶん回した。タイミングを合わせて正面に投げて機械人形の盾にぶつかる。

 意表をつかれたからか、それとも棺桶が重すぎたのかはわからないが騎兵隊はあっけなく背中を地面に付ける事になった。


「次!」


 すかさず左腕を外に振って棺桶で薙ぎ払う。サイドからの攻撃を直接受けた機械人形も膝をつき倒れる。続いてヨハンは棺桶の位置をそのままにして鎖を引き寄せ、ペイルライダーを棺桶の傍にまで素早く移動させる。最後の大盾機械人形はバッシュを仕掛けてくる、それを紙一重で躱して至近距離から銃で頭を吹き飛ばした。

 相手が倒れるのを待つまでもなく、一度ステップでその場を離れる。瞬間さっきまでペイルライダーがいた場所に三本の槍が空を切った。


「危ない危ない、流石にこれはペイルライダーでも防げないかな」


 棺桶なら防げると思う。

 次は槍の機械人形だ、他の機械人形は誤射をおそれてか沈黙している。

 銃撃しようと構えた瞬間に一機目の機械人形が槍を持って突撃してくる、距離が近いため狙う暇がない、鎖を手放してから躱してやり過ごす。だが躱したところに二機目の槍が来て無理な体勢で回避する事に、そして体勢を崩したところで三機目の槍が突撃してくる。

 生憎回避が間に合わなくて槍を損傷していた肩部に受けた。肩の装甲が外れ地面に落ちる。


「マジか」


 再びさっきと同じ要領で三機が順番に突撃する。

 銃を構える暇も鎖を回収して棺桶をぶん回す暇もない、二回目は二機目で左太腿を攻撃され、三機目で破損した肩部に槍が刺さった。


「流石に不味いな」


 幸い刺さったのは左肩だが、これで右手しか使えなくなる。


「遊びすぎたか」


 調子にのってしまったことを反省する。

 三度目の突撃、一機目の槍が迫り来る。銃を撃つ暇はない、ゆえにヨハンはクルンと回して銃口の方を持って銃床で槍を叩いた。

 槍は狙いが逸れて地面に刺さり、機械人形はそれを抜こうとする。その隙にヨハンはループレバーを回しながらリロードし、グリップに持ち替えて頭部を射撃で破壊した。

 これで連携の一角を崩せたが、まだ二機残っている。二機目が突撃を始めるが先の二回と違って距離がある。そのためヨハンは動かし辛い左手に意識を集中させて棒立ちとなった。

 槍が迫る、もう少しで突き刺さろうとした時、地面に転がっていた鎖が突如伸びてペイルライダーの左腕に巻きついていく、槍の機械人形は眼前に突然現れた鎖に戸惑って一瞬動きを止め、その隙をついたペイルライダーが頭部を銃撃した。

 二機同時に突撃すればまだ勝機はあったのに、連携を意識しすぎた結果孤立してしまった最後の一機は、右手に持ち替えた鎖を振り回して棺桶を直接ぶつける事で無力化した。


「おっしゃあ! 次だ!」


 まだ騎兵隊の機械人形は五機程残っている。

 損傷具合をみると最悪引き分けを覚悟しなければならないが、ここまで来たら最後までやるしかない。

 そう腹を括った時、ヨハンと騎兵隊達の耳に聞きなれた声が聞こえた。


『両者そこまで!!』


 声のする方を向けば、倒れた機械人形の上にヴァージニアが立っているのが確認できた。手には拡声器が握られている。


『騎兵隊員は銃を下ろせ! 今すぐだ!』


 怒鳴るように命令するヴァージニア、その威圧感たるや、女だてらに副長を務めるだけの事はある。

 次にヴァージニアはペイルライダーの方を向き。


『ヨハン、君も銃を下ろしてくれないか?』


 と声音を低くして懇願した。


「ヴァージニアさんの頼みなら仕方ない、でもまだペイルライダーは戦闘体勢を維持させるよ」

『それで構わない。この件に関しては全てこちらが悪い、怒りを納めろとは言わないが、これ以上の戦闘行為を辞めてもらえないか?』

「そちらが攻撃しないなら」

『約束しよう、全機撤収せよ!』

『しかし』


 機械人形部隊の機動隊長が苦言をていそうとするが、ヴァージニアはそれを一蹴する。


『聞こえなかったか? 全機撤収せよ、これはロレンス隊長の命令でもある!』

『りょ、了解しました!』


 騎兵隊員が素早く倒れた機械人形を回収してこの場を去り始めた。統制がとれてるため撤収作業に五分もかからなかった。

 ヨハンはその様子を興味深げに観察していた。

 後に残ったのはヨハンとヴァージニアのみ、遠巻きに騎兵隊がこちらを伺っているが、何かするような事はないだろう。


「流石騎兵隊、撤収作業も早い、そして強い」


 ペイルライダーから降りたヨハンが皮肉混じりに言う。ペイルライダーは自動で動けるように設定しておいた。


「その騎兵隊の機械人形を九機も倒した君も相当だぞ」

「俺は弱いよ、射撃には多少なりとも自信あるけど早撃ちは苦手だし。ペイルライダーは棺桶が硬いだけで本体は普通の機械人形より硬いだけ」

「あまり僻むな、いいようにやられたこちらとしては嫌味になるだけだ」

「それはごめんなさい」


 心にもない謝罪。


「ここから本題だが、我々に協力してもらえないか? 勿論報酬は弾む」

「報酬は魅力的だけど遠慮しとくよ、それにあんた達が望むような物は持ってないからね」


 嘘である。


「そうか」

「じゃ俺は行くよ」

「ああ、たまには故郷に帰って来いよ」

「たまにはね」


 ヨハンは再びペイルライダーに乗り込んだ。落ちた自身の装甲を拾おうと屈んだら予想外の物が付着していて驚いて尻餅をついてしまった。


『うわあああああ』


 装甲に張り付いていたもの、それは。


「ああ、これがフロンティアシリーズの装甲、現存するどの機械人形とも違う! 素晴らしい」


 いつの間にきたのか一切不明なオーガスだった。考古学者としての性として興味の惹かれる物に執着してしまうのはヨハンもわかるが、これは気持ち悪い。

 頬ずりまでしている。挙句舐めている。

 やめて欲しい。


『ヴァージニアさん! この人何とかしてください! 気持ち悪い! 怖い!』


 先程まで都市部の学者は傲慢で鼻持ちならないと思っていたが、考えを改める必要がでてきた。

 都市部の学者はとても気持ち悪い生物である。


「君! このフロンティアシリーズはどこで手に入れたんだ!?」

『えっ!? フロンティアシリーズってペイルライダーの事? えっと、ここから北にある遺跡だけど』

「詳しく!!!」

「博士! 危ないので離れて」


 これぞ女神、見かねたヴァージニアが装甲に張り付くオーガスを羽交い締めにして無理矢理剥がす、それから徐々に距離を取っていく。心の底からヴァージニアを有難いと思った。

 その間に装甲を回収してペイルライダーは地平線へと走り出した。


『それじゃサヨナラー!』

「ああ! 待ってくれマイハニー!」


 果てしなく気持ち悪い発言は聞かなかった事にした。

 逃げるように(実際逃げているのだが)荒野を駆け抜け、バイクを隠した場所まで移動する。ペイルライダーから降りてしばらくすると、ペイルライダーは自動で棺桶に入って空へと登っていった。

 空へ吸い込まれていく棺桶を見上げながらヨハンはポツリと呟く。


「フロンティアシリーズか、ペイルライダーと機械人形の違いはやっぱこうやって空に行く事だよな。

 つまり空から現れる機械人形はみんなフロンティアシリーズという種類なのか、じゃあペンギンダーもそうなるか」


 意外な方向から新たな情報を得た。性格に問題はあるが、都市部の高名な考古学者というのはあながち侮れないようだ。

 これといって目新しい情報は手に入らなかったが、フロンティアシリーズという単語だけでも大収穫だと思える。

 もう日は沈みかけている。お腹が空いてきたので、メルとスコッチが待っている野営地までバイクを疾走させた。

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