第16話 時代と砂の流れが過去の叡智を削り取る

 NASAのエイムズ研究センターを目指して三日目、メルの指定したポイントに無事辿り着く事ができたのだが、ここで新たな問題が発生した。


「ほんとにここ?」


 ヨハンがメルに聞く。


「はい、ここです」


 バツの悪そうな顔でメルが答えた。


「ここって、デューンの下かよ!」


 二人の視線の先には砂の海が広がっている。見渡す限り真っ白な砂、時折風が吹いて波となり浜辺へ寄せる。日光が砂を照らしてるので景色は素晴らしく綺麗なのだが、目的地のエイムズ研究センターはこのデューンの下にあると出ていた。


「一応聞きますけど、潜って探したらどうなりますかね?」

「死ぬぞ」


 まるで水のようにきめ細かいが、デューンの砂は水ではないので一度落ちればズブズブと引きずり込まれて窒息死するか圧死する。


「とりあえずスコッチに頼んだ」

「任された」


 ヨハンとメルの少し後ろでスコッチは召喚銃を撃った。程なくして空のリングからペンギンダーが降りてスコッチのそばに着地、すかさず乗り込んだ後勢いよくデューンの中に飛び込んだ。

 メルにとってその光景は、かつてペンギンが餌を求めて海にダイブする映像を彷彿とさせた。


「大丈夫なんですか? さっき潜ったら死ぬって言ってたのに」

「ペンギンダーは平気」

「ロボットだから?」

「まあ、そうだな。ペンギンダーは装甲がめちゃくちゃ硬くてな、それにブースターが付いてるからデューンの中でも平然と移動できるんだ。この星でアレに傷をつけれる奴はそうそういないよ。その分武装が鰭に仕込んだ刃だけなんだけど」

「へぇ、ヨハンさんのロボットはどうなんです?」

「ペイルライダーは逆に装甲が薄い、普通の機械人形より少し硬い程度だ。だから真正面から戦ったら普通に負ける事もある。代わりに武装は豊富だぞ」

「真逆なんですねぇ」

「そうそう、さてスコッチが戻るまであの本を読んでくれよ」

「不思議の国のアリスですね」

「頼む!」


 遺跡で拾った児童向けの本は今メルが持っている。彼女にとっては地球を感じられる数少ない代物だからだ、そしてヨハンは昨日からその本の読み聞かせをお願いしていた。

 メルの口からでる言葉を翻訳としてメモに記しながら。


「じゃあ昨日の続きでトランプの兵隊のところから」

「しかし面白いなあ、地球のトランプには手足が生えてたなんて」

「いやいやいや」


 文化が違うととんでもない勘違いがおこるという事をメルは学んだ。


――――――――――――――――――――


 一方スコッチは早くもデューンの底に到達していた。周りは流砂がまとわりついている為視界は悪いどころか皆無、冷静になってみればこんな状態で捜索など不可能に近い。


「指定ポイントはここか」


 メルの言っていたポイントの上に立つ、腹這いになって周辺を滑るようにして回る。何かしら手がかりでもあればいいと思っていたが、どうやら空振りのよう。それでもしばらく周辺を探索してみる。


「そろそろ一時間か、戻るか」


 結局何も見つからないという結果だけを持ち帰る事に。


「む」


 帰ろうとブースターノズルを出した時、ペンギンダーのレーダーが謎の物体の接近を捉えた。

 およそ五メートル程だ。


「大きさからして砂獣か、ちょうどいい、手ぶらで帰るのは気が引けるのでな、こいつを持ち帰る事にしよう」


 あわよくば食糧にしてしまおう。

 鰭から刃を出して戦闘準備はできた。接近する砂獣を迎え撃つ、デューン内で有視界は皆無なのでレーダーと己の勘だけが頼りになる。だがこちらには硬さというアドバンテージがある。ゆえにスコッチは回避行動を一切とらず、砂獣が攻撃してくるのを待った。

 間もなくペンギンダーに強い衝撃が加えられる。


「食いつかれた感覚はない、体当たりか」


 それはつまり顎の力が弱いか、口が小さいかのどちらかだろう。つまり下顎の関節を外せる蛇などの爬虫類ではない。

 再度砂獣からの体当たり、しかし今度は事前に鰭を構えて砂獣に刃を突き刺した。

 砂獣の悶え苦しむ声が砂を伝播して聞こえてくる。


「この鳴き声、なるほど土竜モグラか」


 土竜、四本足で鼻先が長く、鼻からはセンサーの役目を果たす髭が伸びている。主に砂の中を移動するため、地中にもデューンにも生息している生物だ。

 そして肉が美味い。


「上物だ!」


 刃を抜かずそのまま片方の鰭で土竜の身体をまさぐる、体毛が非常に厚いため中々致命傷にならないが、首の位置さえわかれば人間と同じで頸動脈を切って失血死を狙える。


「そこ!」


 土竜を倒した事は何度もあるためあっという間に首を見つけて切る。瞬く間に周囲の砂が赤く染まり始めて土竜が大量出血してるのがわかる。

 鰭から伝わる振動によって土竜が段々力尽きていくのが感じられた。

 完全に動きが止まったところでブースターを吹かせて浮上する。勢いよくデューンから飛び出して砂を撒き散らしながら地上に着地した。

 ペンギンダーが帰ってきたのを見つけたヨハンが駆け寄る。


「おかえりー、でっけえ土竜だなぁ。遺跡はあったか?」

「いや遺跡らしいものは見つからなかった。砂で削れて無くなったか、地中深くか、何れにしろ見つけるのは不可能だ」

「そっか、まあ流石にデューンは無理か……それはそれとしてその土竜は?」

「帰る途中で捕まえてきた」

「今日はお肉祭だー!」


 お肉は心と身体の栄養源、偉い人も言っていた。

 まず解体作業だが、いかんせん大きすぎるうえにペンギンダーの鰭では細かい作業ができないため、ヨハンがペイルライダーを召喚して行う。

 ナイフを手に肉の解体をする巨大ロボットの姿はどこかシュールな光景だなとメルは思った。

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