第6話 砂の惑星の生活は少女の身体を蝕み変色させる


「ふむ、銀四十枚だな」


 ぐったりと横たわる蜥蜴の死体を睨めあげながら男はそう言った。彼は街に住む鑑定屋の人間であり、ヨハンとスコッチが捕まえてきた蜥蜴を検分しにきていた。

 そんな彼がくだした評価は銀四十枚というものだった。

 銀四十枚といえば贅沢しなければ三ヶ月は生きていける金額だ。決して低い金額ではないが、蜥蜴の大きさを考慮すると相場としてはやや低い。


「ちょっとおっちゃんもうちょいイロ付けてくれていいんじゃない? ほらほぼ無傷だよ」

「たしかに見事なものだが、傷が無さすぎてなあ……ほんとは病死してたのを捕まえてきたんじゃないのか? そうなると肉や血は使えないぞ」

「新鮮取れたてだって! ほんと! なんなら細菌検査してみるといいさ」


 少しでも多く報酬を貰おうとヨハンは食い下がる。


「そうする、しかし検査代は報酬から引かせてもらう」

「えっ、そういうのって無償でやってくれないの?」

「こっちも生活がかかってるんでな」

「ちくしょう」


 結局検査代はこちらもちとなってしまい、検査結果は翌日に発表されることになった。見立てでは、もし病原菌がないと判定されれば銀六十枚になるとのこと、しかし検査代を引けばおそらく手取りは銀五十枚前後になるらしい。

 これにはヨハンも非常に悔しがっている。


「あぁもう! いけると思ったのに」


 ヨハンはジョッキに注がれた水を一気に飲みほすと、空になったジョッキを叩きつけるようにカウンターへ置いた。

 悔しさは飲んで忘れる。とでも言いたげに酒場サルーンへ着くなりヨハンは水を二人分ジョッキで頼んで片方をメルに差し出した。

 スコッチは水よりも高いお酒を頼んだ。


「次からは胸に穴を空けてから差し出してやろうか」

「それまでこの町にいるとは限らないだろ」

「お二人はこの町に住んでるわけじゃないんですか?」


 メルはジョッキの水の臭いを嗅いだ後、一口啜って顔を顰めた。どうもお気に召さなかったらしい。


「俺は考古学者だからな、遺跡から遺跡へ渡り歩いてるんだ」

「そして遺物をチョロめかして金に変えたりしていやがる」

「おまっ、余計な事言うなよ」

「それってただの墓荒らしじゃ」

「失礼な! せめてトレジャーハンターと言ってくれ」


 ふと「そういえば」とヨハンが話を切り替える。決して自分が不利になったからとかではない。少しはあるけどない。


「ずっと気になってたけど、なんでメルは獣人に興味があるんだ?」


 町に着いてからメルは道をゆく獣人達の姿が物珍しいらしく、時折獣人達の後を追おうとしてしまい、その度にヨハンが連れ戻すという光景がしばしば見られた。


「だって、私のいた所じゃ獣人なんていませんでしたもの」

「マジで!?」

「たまげたなあ、それは本当か?」

「はい、私のいた時代では人間と動物と昆虫と魚しかいなくて、獣と人間を合わせたような獣人は存在してませんでした」


 この世界において獣人は当たり前の存在である、それぞれ獣の特性を身につけた知性体をそう呼ぶ。個体によっては人間の姿にプラスアルファしただけの存在もあれば、一見すると獣そのものというのもある。


「これは興味深いな、獣が何らかの進化を果たしたのか、それとも何か外的要因で知性を得た個体が繁殖したのが始まりなのか」


 ヨハンの興味はつきない。


「よし! 俺は一旦宿に戻ってこれをまとめるから一時解散な!」

「強引だな」

「は、はい……私も宿に戻ります。でも、えと、その前にトイレ行ってきます」


 メルはお腹をくだしてしまったらしく、足早に酒場のトイレに引き篭ってしまう。


「一応トイレの使い方を教えた方がいいんじゃないか? 二千年前とは勝手が違うだろ」

「スコッチの言う通りだ。教えてくる」


 トイレ前まで移動し、ドアをコンコンとノックして「ヨハンだけどメルいるかー?」と声を掛けた。

 直ぐに「はーい」と返ってきて「使い方がわからないんですぅ」と非常に切羽詰まった声がして思わずクスッとしてしまう。


「やっぱりな、入っても大丈夫か?」

「はい」


 お許しがでたので入室、トイレ独特の臭いはあるものの臭くはないのでまだ用を足してないらしい。

 トイレの個室は、真ん中に穴が空いておりそこへ便を落とす。その下は細かい流砂が川のように流れている。下砂路と呼ばれる生活排水を流すための通路だ。

 そして壁にはお尻を拭くための砂がある。

 スティック状に固めた砂でお尻を拭き、汚れた部分を穴の縁で砕いてまた拭く、そういう風になっている。


「という感じ」

「わ、わかりました」


 どうやらお腹が限界に近いらしい。


「アクセサリーとか穴に落とさないようにね、落ちたらほぼ二度と回収できないから」

「は、はい」

「それじゃ、手洗い場は出て左だから」


 トイレを出て酒場に戻るとスコッチは既にいなくなっていた。おそらく違う酒場に行って飲み直してるのだろう。

 酒と煙草があれば百年生きていけるというのが彼の口癖で、彼が酒と煙草を止めない理由だ。


「さて、備品のチェックでもしますか」


 お金なら蜥蜴の代金が臨時収入として入るので心配はない。とりあえず銃弾の補充は最優先、次にバイクの整備と燃料の確保。町を出ることを想定して食料と燃料の補充。

 それと、これはメルの意思確認をとってからになるが、今後メルもヨハンとスコッチと共に旅に参加してもらおうと思っている。

 メルの持つ地球の知識があれば遺跡探索も新たな視点を得られるかもしれないからだ。そうなるとメルの生活必需品も揃えなければならない。


「ま、とりあえずこれは後で聞こう」


 先にヨハンは自分とスコッチの生活必需品購入リストを頭の中で作成していく、ほんとはメモしたいが紙が勿体無いのでやめておいた。

 メモといえば手帳をそろそろ新調したいと思っていたので皮紙製の手帳でも買っておこうか。


「戻りましたぁ」

「お」


 用を足し終わったらしいメルが少し窶れた表情で中に入ってきた。


「まさか手洗いも砂だとは思いませんでした」

「昔はどんなだったの?」

「真水で手を洗ってました」

「マジで!? なんて贅沢な!」

「昔は何とも思ってませんでしたけど、今は心の底からそう思ってます」

「なるほどねぇ、お腹は大丈夫なのか?」

「あぁはい、どうやらこの世界の水が身体に合わなかったみたいで」


 失念していた、食料事情が二千年前と同じ筈がないのだ。大気組成ですら変わっててもおかしくないのに、普通に過ごしているメルを見て油断していた。

 こうなれば、飲食も気を遣わねばならない。


「すまん、これからは気を付けるよ」

「大丈夫です、三日ぐらいかければ体内のナノマシンがこの世界の飲食物にあわせてくれるので」

「ナノマシン?」


 知らない単語だ。


「凄く小さな機械でして、外からデバイスで指示を与えることで病気を治したりできるんです。大気組成に合わせて呼吸ができるのも、言葉が通じるのもナノマシンのおかげなんです」

「何それ俺も欲しい!!」


 おそらく無理だろう。 

 しかし聞けば聞くほど大昔の科学は凄まじい、最早神の領域に到達してるのではないだろうか。これ程の文明が滅びるなんて、一体過去に何があったのだろう。

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