第34話 エピローグ
クロースとの戦いから数日が経った。
この戦いはいつもの騎兵隊と盗賊の小競り合いとかではなく、蘇った古代兵器との戦争という事で世界中が注目し、そして多くの学者やマスメディアが押し寄せる事となった。
こんな辺境にこれだけの人が集まるなんて事は今まで無かったらしく、街はてんやわんや。
あの時生き残った賞金稼ぎ達は騎兵隊から報酬を受け取った後、学者らの護衛のために雇われる者や機関車で移動した者らに別れていったらしい。
さてヨハンはと言うと。
――――――――――――――――――――
「麗しきかな客室」
窓の外を流れていく風景を見ながらヨハンが呟く。
この日ヨハン達は機関車に乗って街を離れたのだった。それというのも、集まる学者の中にオーガス博士とロレンスがいたのだ。
ヨハンも忘れかけていた事だが、この二人はメルの眠っていた遺跡を探索していた考古学者とそれを護衛していた騎兵隊の隊長である。
つまりこの二人がいると言う事は、メルの眠っていた遺跡がもぬけの殻という可能性が高い。
「突入するなら今しかない!」
そういう思惑の元で旅立ったのである。
「他の学者がいたらどうすんだ?」
「その時はその時で考えるさ」
楽観的だ。
機関車の旅は快適そのもの。騎兵隊から受け取った報酬は存外に多く、失ったバイクの代わりに騎兵隊で使っているジープを譲って貰えたので非常に懐が豊かなのである。
「キャベンディッシュを捕らえた報酬も貰えたし、色々あったけど結果良ければ全て良しって事で」
「そうかい、そのキャベンディッシュは今どうなってるんだ?」
「ヴァージニアさんが護送車で刑務所に送ってるとこだな、多分そこで裁判もするだろう」
「ふぅん」
ガタンゴトン、ガタンゴトン、子気味よく機関車は揺れながら線路を走る。流れる景色は相変わらず荒野だが、来る時と何処か違って見える。
「あれからメルと日記を読み解いてたんだけどさ」
「ああ」
「キャベンディッシュ曰く今回の事件の黒幕はグラニーて人らしいんだけど、メルと同じコールドスリーパーぽいんだよね、そいでもって元々メルのお父さんの同僚だったんだとよ」
「だからメテオライトの事を知っていたのか」
「何でコールドスリープしたのかはわからないけど、起きたあとクロースが埋まってる場所を見つけて、それから十数年かけて発掘調査隊を独自に集めたってところじゃないかな」
「ご苦労な事だ」
「それと、どうやら娘さんを亡くしたらしくてな。クロースが人型なのも娘を型どったからみたいなんだ。
ふと思ったんだけどさ、巨大物体を作った奴らって皆何かを埋め合わせるためにメテオライトを使ったんじゃねえかって思うんだ」
「だからと言って世界をめちゃくちゃにしていい理由にはならないだろ」
「まあな、でも何かに縋るしか無くなった時、人は正常な思考でいられるのかねぇ」
「人による」
「正論だ」
その時客室のドアを開けてメルが入ってきた。トイレに行くと言って出ていった筈だが、何故か両手に一杯お菓子を抱えている。
さては車内販売のワゴンを見つけて好きなだけ買ったな。
「いやぁ、少し買っちゃいました」
「いや買いすぎだろ」
ドサッと、およそ少しとは言えない量の擬音をたててテーブルに置かれた。
主にビスケットばかりで口がパサパサになりそう。
「あ、サンドウィッチある」
とりあえずヨハンはサンドウィッチを取った。
その後、お菓子をつまみながら平和な機関車の旅が再開される。今度はメルも加わって少し賑やかだ。
旅が始まって三時間が経った頃、窓の外の風景がデューンに移り変わった。デューンは太陽の光を浴びてキラキラと煌めいていた、一つ一つの砂粒がまるで水のように柔らかい動きを見せ、決して同じ風景を作り上げたりはしない。
「こうして見ると砂の海も綺麗なんだけどな。地球の水の海はもっと綺麗なんだろ?」
「そうですね、故郷自慢ですけどめちゃくちゃ綺麗ですよ」
「なるほど、それは是非とも見てみたいね」
「きっとどこかの遺跡に記録画像がありますよ」
「あるといいねぇ」
しばらく三人はぼぉとデューンを見つめ続けていた。
不意にヨハンがちょっとした疑問を口にした。
「何で水の海が砂の海に変わったんだろう」
「これは日記に書いてあったお父さんの仮説なんですけど」
メルがぽつりと答え始めた。
「水はセメントと混じる事で水和反応を起こして水和物を作ります。それと似た様な事が起きたんじゃないかって。
調べた結果、メテオライトは与える電気信号によっては水と化合して水和物となるらしいんです。それがデューンの砂になった。
そして巨大物体のうち半分は海を移動していたみたいです。つまり巨大物体はその時水の海を砂に変えていたんじゃないかって」
メルは簡潔に説明したつもりだったが、ヨハンとスコッチはどうも理解できなかったらしく頭に疑問符を浮かべていた。
「全然わかんねぇ」
「同じく、そもそも砂に変える理由はなんだ?」
「流石にそこまでは判明してませんけど、あれだけ大きな物体が長期間動いてられる理由がそこにあるんじゃないかってお父さんの手記にありました」
「つまり巨大物体のエネルギー源が海の水だったわけだ」
「そして不要な物が水和物となってデューンの砂になったてところか」
「あくまで仮説ですけどね、お父さんも実証する時間はなかったみたいです」
ここ数週間で多くの謎が解明されたと思う、しかし同時に多くの謎が残されていた。巨大物体だってクロースだけ復活したとは思えないし、メルとグラニー以外のコールドスリーパーだっているだろう。それにフロンティアシリーズもどこかにまだ眠っている筈だ。もしかしたら誰かが既に手に入れているかも。
メルのお父さんも謎だ。何故クリス・アダムスはあんな日記を残したのか、何故日記を分割したのか、何故メルを起こそうとしなかったのか。
「今思いついたんだけどさ」
「どうしたヨハン、腹でも減ったか?」
「ビスケット食べます?」
何故食い意地を連想するのだろう。
「ちげぇよ、メルのお父さんだよ」
「お父さんがどうかしたんですか?」
「いやな、大昔にメルのお父さんが起きた時、何でメルを起こさなかったのかなって思ってさ」
「そうですね、でも何か行けない理由があったんじゃ」
「だと思うけど、俺とスコッチが召喚銃を手に入れたとこって、メルの眠っていた場所からそんなに離れてないんだよ」
「そうなんですか?」
「ヨハンの言う通りだ。確か車で一週間ぐらいの距離だな」
「そ、んで召喚銃のあった遺跡は五百年前の物だけど、あの頃って車は無かったけどそれなりに道路整備されてたからメルの眠っていた遺跡近くの街までは安全に移動できたんだよ。
つまりクリスさんはメルを起こせなかったんじゃなくて、起こさなかったんだよ。それはきっとその時が起こすタイミングじゃなかったから、何れ然るべき時に起こそうと思ったんじゃないかって。俺は思う」
「えっと、という事は」
メルはまだ少し混乱している。
「クリス・アダムスはまだ生きてる。どこかで眠っている可能性がある」
その瞬間、メルの顔がパァと明るくなった。彼女は彼女で父親の事は諦めていたのだ。きっともう死んでいるのだと、密かに涙を流して踏ん切りを付けていたのだが、ここで生存の可能性を突きつけられてつい涙を浮かべてしまう。
「勿論絶対じゃないさ、死んでるかもしれない。でもそれはともかくお父さんの足跡は気になるだろ?」
「はい!」
「俺としてもクリス・アダムスの記録には興味あるんだ。だからメル、もう少しだけ俺達に付き合ってくれ」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「やれやれ、なら私は君達若者の行く末を見守らせてもらおうか」
三人は改めて旅の目的を決めて結束を固めた。
片や人畜無害な顔した自称考古学者のアウトロー。
片や二千年の眠りから目覚めた古代地球人の少女。
片や凄腕賞金稼ぎのペンギン。
荒野の星と水の星、本来交わる事の無い二つの世界の住人達は、共に過ごし、共に旅をしていく。その先にあるのは果たして……。
「あっ、そういえば」
綺麗に話のオチがつきそうなところで余計な一言が差し込まれた。
「どうした嬢ちゃん」
「いえ、さっき一般車両で手配書の男の人がいたんですよ」
………………。
…………。
……しばしの沈黙。
「それを早く言えよおおおお!! 行くぞスコッチ! 金ヅルを捕まえるぞ!」
「やれやれ、ビスケットを啄む時間も無いのか」
慌ただしく去っていくヨハンとスコッチ。残されたメルは「行ってらっしゃーい」と言って送り出した。
椅子に座ってビスケットを齧る。
「美味しい」
遠くで銃声が響いた。
~完~
世迷いペンギンは荒野を歩く 芳川見浪 @minamikazetokitakaze
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