世迷いペンギンは荒野を歩く

芳川見浪

序章 歴史を求める少年と歴史から目覚める少女

第1話 考古学者の少年はペンギンを引き連れて過去へと挑む


 この世界には先人達の遺跡が星の数程眠っている。


「という出だしはどうかな?」


 未踏遺跡内の一室にて、諸々を手帳に書き込んでいた少年が無線機に声を掛けた。

 歳の頃はまだ十代後半と言ったところか、履き潰したブーツ、機能性が優れて頑丈な素材で作られたパンツとジャケットを着用しており、頭部はメットを付けて保護している、また大きなゴーグルをマフラーのようにして首に掛けていた。背中には小さめのサックが背負われている

 彼の名前はヨハン、遺跡に潜って歴史をつまびらかにする事を目的に旅をする自称考古学者である。


『何の話だ』


 そんなヨハンであるが一人旅ではない、今返事をしたのはヨハンと旅をする賞金稼ぎの男である。

 無線機のスピーカーから聞こえてくる声は渋い、本人曰くヨハンと親子ほど離れているらしい。


「いやさあ、こうやって研究して得た情報をいつか本にして売ろうと思うんだよ、その時の出だしの言葉にどうかなって」

『だからって嘘はよくない。そもそも遺跡が星の数程あってたまるか』

「わっかんねぇかなぁ、時には過剰な演出が大事なんだよ。これエンターテイナーの基本だぞ」

『お前は道化師にでもなりたいのか? とりあえず休憩はここまでにしたらどうだ』

「それもそうだな」


 ヨハンは手帳をしまってから部屋を出る。

 現在ヨハン達がいるのは未踏遺跡と呼ばれる建物の中だ。最近発見されたばかりなうえ、周囲を危険な砂獣が徘徊してるので誰も近付かなかった前人未到の遺跡。

 外は砂獣だらけだが、中にまでは侵入した形跡がないためほんとについ最近地上へ顔を出した遺跡なのだろう。

 念の為中の調査をヨハンが行い、入口付近でスコッチが砂獣を見張っている。

 この建物は推察するに四角型の箱型で、階段がフロアの両端に一つずつある。階段の隣に『EV』と書かれたスライド式の扉があったが、中は空洞でおそらく頂上から最下層まで続いている奈落だった。ゴミを捨てるところだろうか。


「にしても凄い遺跡だよ、この壁なんて見たことない素材で出来てる。多分鉄の一種だと思うけど、全然腐食してない!

 こんな凄い技術は二千年前に滅んだ水の文明しかありえないよ!」

『つまりここはアタリか』

「きっとな」


 慎重にフロアを一つずつ探索しながら下へ降りていく。砂と埃にまみれた通路にヨハンの足跡が残る。

 それにしても一つ一つの階層が大きい、1フロアあたり一時間はかけてる。


「何かの実験施設かな」

『どうしてそう思う?』


 ヨハンが目を向けた箇所には目盛りのついた管のようなものが所狭しと並んでいる。そのほとんどは割れているが。


「試験管にフラスコとかそういう実験器具があるんだよ。俺も都市の研究施設で同じやつを見たことあるからわかる」

『ほお、つまりこの遺跡では何かを研究していたと?』

「さすがにそこまではわかんないけど……もしかしたらこのフロアだけかもだし」


 続いて下のフロアへ向かう、杖で階段を叩いて崩れたりしないか確認しながらゆっくり降りていくと、取っ手も何もない扉のようなものにぶち当たった。


「あれぇ? 行き止まりかな」


 なんとなしに扉に触ってみようと手を伸ばして見ると、何と触った瞬間に扉からけたたましいサイレンが鳴り響いて、直後に扉から空気が凄い勢いで排出されてからぎこちなく自動的に開いた。


「え!? 何これ俺なんもしてない!」

『気を付けろヨハン、俺もそっちに行くか?』

「いや、大丈夫」


 害は無さそうと判断して前へ進む、扉から中へ入った途端ヨハンの首筋をヒヤリとした空気が撫でた。同時に何らかの機械が動いている音が重く響いてくる。


「まさかこの遺跡、まだ生きてるのか! それにここだけ上の階層と違って砂と埃がない」


 むしろ靴底についた砂で足跡が残るぐらいだ。


「ん? これは地図か?」


 壁にこの遺跡の地図のようなものが貼られているのを見つけた、地図絵を見るに、どうやらこの階層が最下層らしく、また部屋も二つしかない。


「本の保存状態がおそろしくいい」


 床に本が一冊転がってたので、徐に取り上げると思いの外状態がよかった。上の階層にも本はあったが、どれも風化しており指で触れると簡単にくずれてしまった。

 だからこのように手に持っても崩れたりしないのは驚きである。

 紙質が砂の星にあるどの紙とも違う感じがする、これと長い期間密閉されてたから保存状態がよかったのだろうか。

 パラパラと捲ってみると可愛らしい絵柄と文字が書いてあった。何と書いてあるのかはわからないが、子供向けの物語らしい事は推察できる。


「本はこれだけか……研究資料とかはないのかな」


 残念ながら見渡す限りでは見つからない。遺跡を放棄する時に持ち去ったとみるのが妥当で、その際この本だけ置いてってしまったところか。


「にしても寒いな」

『俺は平気だぞ』

「そりゃお前は地上にいるからな! ていうかこのフロアだけ機械が動いてるのはなんでだ?」

『ここが本当に、ヨハンの言う通り水の星だった頃の遺跡なら、二千年も動き続けた事になるな』

「ああ、何かあるんだよ。動かし続けなきゃいけない何かが」


 今ヨハンとスコッチのいる部屋には色々な機械やコンソールがあるが、正直何が何だかわからないので、触らない事にする。

 おそらくこれ以上ここにいても何もわからないだろう、最後となる奥の部屋へと足を踏み入れることにする。

 部屋の扉はさっきと同じく近付くと自動的に開いた、どういう仕組みかはわからない。

 そして満を持して中へ、おそろしく小さな部屋だった。事前に地図を見ていたのでわかってはいたが、実際に入ってみると窮屈だ。


「小さい部屋だな、宿屋の部屋より小さいんじゃないか? そしてこの箱はなんだ?」


 部屋はかなり小さかった。おそらく人二人が並んで寝転がれる程の広さしかない。しかも部屋の真ん中にはこれみよがしに謎の箱が置いてある。長細いその箱は部屋の半分ぐらいの面積を奪っているため狭さの諸悪となっていた。


「何かの機械みたいだけど……もしかしてこいつのためにこのフロアは動いていたのか?」

『俺からは見えないが、その箱開けてみるのか?』

「開けたいけど開け方わかんねぇ」


 継ぎ目のようなものは見えるのだが、どうやっても開きそうにない。少し調べたらボタンをいくつか見つけたのでおそらくそれを操作するのだろうが、当然操作などわからない。

 持ち運びたくても地面に接着してるらしく運べない。


『八方塞がりか……そいやさっき本を拾ったとか言ってたな、それにはヒントとかないのか?』

「ん? まだ解読してないけど子供向けの物語ぽいぞ……えっとタイトルは」


 サックから先程の本と手帳を取り出した。手帳には古代文字の解読法が記されており、それを見ながら本のタイトルを読み上げていく。


「えっと……あ・り・す、アリスかな、次の文字が接続詞で、最後が……わかった、多分タイトルの読みは『アリス・イン・ワンダーランド』」


 その言葉が引鉄となった。

 突如謎の箱が淡く明滅を始めたのだ。


「な、なんだ?」

『言語解読及びパスワード認証完了、ロックを解除します』

「へ?」


 ヨハンが本のタイトルを告げた瞬間、さっきまで開け方がわからなかった謎の箱がゆっくりと開き始めたのだ。

 ウィーンと不思議な音をたてて、蓋と思われる部分がスライドして壁に吸い込まれていく。どういう技術なのだろうか。


『おいヨハン、何があった!?』


 蓋に気を取られていて箱から注意を逸らしてしまっていた。無線機からはヨハンの様子を心配するスコッチの声が鳴り響いている。

 ハッと我に返ったヨハンが「大丈夫、箱が開いたから調べてみる」と無線機に告げて箱を覗き込む。


「女の子?」


 箱の中には、おそらくヨハンとあまり歳の変わらないだろう女の子が箱の中で眠っていたのだ。全身にピッタリ張りついた不思議な服を着ているため身体のラインが浮き彫りになっている。

 髪は肩あたりまで伸びていて女性らしい凹凸はハッキリしていた。


『何があった? 金目の物はあったか?』

「いや、女の子がいる」

『女だぁ? 生きてるのか?』

「ちょっと待って」


 試しに少女の首筋に指を当ててみる、滑らかな肌だ、それに暖かい。しばらく意識を集中したら指先に脈がリズミカルに鼓動してるのを感じた。


「おいおい嘘だろ、生きてるぞこの子」

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