第2話 少女の思い出は父と共に


 サイレンの音が不快に感じなくなったのはいつだろうか。最初は耳の鼓膜が破れるかと思う程うるさくて自分の声すらわからないくらいだった。

 しかしそれも三十分経てば慣れてしまってただの雑音でしかない。

 メル・アダムスという名の少女が父のクリス・アダムスに連れられて地下の施設に来たのはその時だ。


「お父さん! 何してるの!? 早く逃げないと!」


 彼女は父が他の職員と違う方向へ行く理由がわからなかった。理由を尋ねてもクリスは何も言わず、ただ掴んだメルの手をより強く握るだけだ。

 おかげで握られた部分だけ血の巡りが悪くて脱色してしまってる。


「ここは?」


 連れてこられたのは地下施設の一番奥にある小さな部屋、そこには人一人が入れるだけの箱があるだけだ。

 メルにはその箱に見覚えがあった。


「お父さん、これコールドスリープ装置……まさか 」

「そうだ、これに入るんだメル」

「どうして! 皆と一緒に外へ逃げようよ! NASAまで行けばオービタルリングにだって」


 そこまで言った時、クリスが沈痛な表情をしている事に気付いた。


「今から6時間前、オービタルリングの居住ブロックが破壊された」

「!?」

「奴らは徹底的に人類を滅ぼすつもりらしい」

「そんな」

「そうだ、そして奴らは何としても統合軍が破壊する……ツァーリ・ボンバシリーズを全て使ってでもだ……コールドスリープで眠る人達にはその後を任せる事になる」


 ツァーリ・ボンバ、かつて広島に落とされた原爆の四千倍の威力を発揮する爆弾だ。それを全部使うとなると、大地の形が変わるどころか環境すら大規模に汚染されてしまうだろう。


「勝手だよ! 汚染された大地を押し付けてるだけじゃない!」

「その通りだが、そうしないと倒せないのだ。いやそれでも倒せるかどうか」

「そんな……それにお父さんはどうするの?」

「私はまだやる事がある。だがそれが終わったら私もここかどこかの施設でコールドスリープするつもりだ」

「ほんとに?」

「もちろんだとも、ほぼ同時に目覚める設定にしておくからな、起動コードはメルの好きなアリス・イン・ワンダーランドにしよう」

「うん、そういう事なら」


 本当の事を言えば父の言葉は信じていない。クリスはまだ戦おうとしているのだ、ゆえにこれが最後の会話になるだろう事は何となく理解できた。

 それを受け入れる事ができたのは、メルが18歳になって精神的に大人へと近付いたからか、それとも単純に世界情勢が絶望的ゆえなのかはわからない。


「さっ、まずはこのスーツに着替えて」


 渡されたのは全身にピッタリ張り付くタイプのラバースーツ、身体のラインが浮き彫りになるから嫌いなのだが、コールドスリープから解凍される時に筋縮を最低限にするために必要なのだから仕方ない。

 手早くスーツに着替えて、脱いだ服は装置の下の収納スペースに押し込む。


「終わったよ」

「よし……大丈夫、きっと目覚めたら素敵な出会いがある。だから安心して」

「うん」


 メルは装置に仰向けになり目を閉じた。

 怖くないと言えば嘘になる、しかもクリスのその言葉はもう会えない事を暗に示唆しているのだから余計にだ。だが、それでも、メルは父の言葉を信じて眠りにつこうと思う。

 目が覚めたら素敵な出会いがある、そう信じて。

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