一章 ペンギンは荒ぶ世界を駆け抜ける
第4話 蘇る記憶は現在に写りよりて戸惑う
この世界には大まかに三種類の人類がいる。
一つは最も数が多い人間、基本的に万能で何事もこなせるがさしたる特長はない。
二つ目は獣人、有り体に言えば喋る獣である。もしくは知性の高い獣、獣と違うのは人間と同じく二足歩行で歩く事、そのため足が太く、また腰周りの骨格が人間に近いものになっているのが多い。
三つ目は亜人、獣人と人間のハーフで、人間の身体に獣の特徴が現れているようなものと思えばわかりやすい。
という事をメルに説明したら、彼女は大層驚いていた。
「さてと、そろそろ出発するか」
ポケットから取り出した懐中時計は夕方を指していた。西の空を見上げると太陽は沈みかけており、あと数時間で太陽の代わりに月が地上を照らすだろう。
「あの、近くの街まではどのくらいなんですか?」
頭からマントをすっぽりと被ったメルが尋ねた。荒野に降り注ぐ太陽光線は二千年も眠り続けた彼女の肌には毒なようで、しきりに露出してる部分の肌が痛いと訴えていた。
見かねたヨハンが夜用装備のマントを頭から被せて露出を無くしたのがつい先程。
「宿場町までは、まあ二時間ぐらいかな」
「思ったより近いですね」
「んー、何事もなければね」
「なんです? やけに不穏を煽りますね」
「すぐにわかるさ」
ヨハンは無線機を取り出して相方のスコッチへと呼び掛ける。スコッチは少し離れた所にある高台から一点を観測している。
「スコッチ、どんな感じだ?」
『喜べヨハン、大物だ』
「うわーい」
思わず溜め息が漏れる。
言い様もしれない不安に駆られたメルがおそるおそる「何があったんですか?」と聞いた。
「砂獣だよ、でっかいのが進行方向にいるんだ」
「さじゅう?」
「そ、地球にはいなかったの?」
毎回二千年前と言うのも面倒なので、二千年前の状態を便宜上地球と呼称することにしている。
「いえ、少なくとも私が知る限りでそんな生き物はいなかったと思います。喋るペンギンもいませんでしたし」
実はペンギンが喋った事に対する衝撃がまだ抜けきっていない古代地球人のメルであった。
「ふ〜ん、まあその辺の細かい話は後にして、とりあえず今は行動あるのみだ」
まだデザリアンの環境に適応できないメルは頷くしかなかった。
続いてヨハンは付近の岩場に近寄って、そこに手をかけた。よく見ると不自然に盛り上がっており、どうやら岩に偽装した布で何かを隠しているようだった。
実際その通りで、ヨハンは岩に見せかけた布を剥ぎ取ってその下にある物を顕にした。
「そ、それはまさか!」
意外な事に、布の下からでてきたものはメルが見た事ある物だった。
「バイクだ! しかもハーレー!」
バイクである。それも地球ではハーレーと呼ばれる有名な種類。
さすがにデザリアンの環境に合わせてるのかタイヤが大きい、針すら通らないかもしれない。またこのバイクにはサイドカーがついていた。
「お? その様子だと地球にもバイクはあったんだな。ちなみにこいつはダビットて種類のバイクだ。地球じゃこの型はハーレーて呼ぶんだな」
「ええ、私の住んでた国では娯楽の一つでしたよ。私はバイクに乗らないんですけど、友達にバイク乗りがいたので少しだけ知識はあるんです」
「なるほどね、その友達もどこかで……その、コールドスリープ? だっけ? 眠ってるのか?」
何気なく聞いた事だったが、ヨハンはすぐに質問した事を後悔する。メルの表情がかげり、宝石のような瞳に悲しみの色が混じったのだ。
それからポツリと、まるで唇から零れ落ちるように言葉を紡ぐ。
「友達は皆、死んでしまいました」
「そ、そうなのか……えっと、ごめん。悪いこときいた」
「いえ、悪気がないのはわかってますので……ただ、こう見えて実は結構いっぱいいっぱいでして、整理する時間がほしいんです」
溌剌に受け答えしてる姿からタフな子なんだと勝手に思っていた。しかし中身はまだ年端もいかない少女なのだ。
それに二千年先の未来で一人だけ目覚めて、いるのは顔も名前も知らないうえに信頼できるかもわからない赤の他人だけ。まともに受け答えしてる方が凄い事なのだ。
「ごめん、俺さ、考古学者だから地球の事を知るメルが目覚めたのが嬉しくてはしゃいでた。メルの気持ち全然考えてなかった」
「いいんです。それにヨハンさんが悪い人じゃないので、その、とても安心してますよ」
「そ、そう? ならよかった」
「はい! それに眠る前にお父さんが言ってました。起きたら素敵な出会いがあるって……ほんとに素敵な出会いがありました」
「うっ、まだ出会って間もないんだから素敵かどうかわかんないだろ」
「えへへ、そうかも」
屈託なく微笑む彼女は何よりも魅力的に思えた。直視できずヨハンはぷいとそっぽを向いて被ってるメットのツバを下げて顔を隠した。
心臓の鼓動が早鐘を打ってる事と、頬も紅くなっているのは気のせいだと思いたい。
「ほお、ときめきを感じたか? ロマンスは嫌いじゃないぜ」
スコッチが現れた。
「お前いつからそこに」
「バイクを出したところから」
「ほぼ最初じゃねぇかちくしょう!」
――――――――――――――――――――
気を取り直して。
「それじゃ出発だ」
バイクの運転はヨハンが、その後ろにメル、そしてサイドカーにスコッチが乗った状態で発進する。全員メットとゴーグルとスカーフを装備して顔を保護している。
この遺跡から近くの宿場町までは約二時間、しかも砂獣がいる地点を通らなければいけない。自然とヨハンは口を閉ざし、メルは未知の脅威に緊張してヨハンの腰に回した手を強く握る。
スコッチだけはサイドカーで悠々と煙草を吸っていた。
これが大人の余裕というやつだ。
それから三十分経った。砂獣はまだでてこない。
緊張が溶けたのか、メルはヨハンの腰から手を話してシートを掴んでいた。
「それにしても、エンジン音が少し聞き慣れない音なんですよね」
「そうなの?」
ヨハンも大分余裕があるのか、スピードを落として会話が風に流されないようにした。
「ええ。燃料は何を使ってるんですか? ガソリンですか?」
「砂」
「へ?」
「だから砂だよ、よく燃える砂があってな。それを燃料にしてるんだ」
「へぇ〜」
砂を燃料にしてるとは荒野の星らしいなとメルは思った。
更に数分後、何かに気付いたスコッチがヨハンにハンドサインを送る。ミラーで確認したヨハンはバイクを停めてから「きた?」とスコッチに言った。
「ああ」
二人だけでわかりあってずるいとメルは思う。
「あの、何が来たんです?」
「砂獣だよ」
「さっき言ってた」
メルが言い終わるや否や、足元がグラグラと揺れてるのが感じられた。
スコッチが事前に察知して合図し、ヨハンがそれを受けて走行を停めてなければバランスを崩していただろう。
「地震、いやっ」
怯えたメルがヨハンにしがみつくように密着して強く目を閉じた。故郷では滅多になかった地震に恐怖してるのもあるが、それよりもメルの脳裏に眠る前の出来事がフラッシュバックした事の方が大きかった。
絶え間なく続く爆発音と銃撃音、ソレが一歩歩く事に大地が揺れて恐怖を煽り、視界には逃げ惑う人々が、崩れるビルが映る。そして隣には一緒に逃げてる友達がおり、次の瞬間その友達が何かに気付いてメルを突き飛ばした。驚いて振り向いた時に見た物は、降り注ぐ瓦礫の下にいる友達の姿であり、何故かその瞬間だけはスローモーションにみえた。そして無慈悲にも瓦礫は友達を押し潰し、隙間からそこに友達がいた事を示すように赤い血液が流れ出てきた。
それらが一気に脳裏に蘇ったのだ。
「いや、いやだよ! もうこないで!」
「おいメル! どうした!?」
自分のお腹の辺りで結ばれたメルの手を揺すって呼び掛けるも、何かに怯えるようにパニックを起こしていた。暴れないだけマシなのかもしれないが。
「どうやらお嬢ちゃんのトラウマを刺激したようだな」
「仕方ない、落ち着くのを待とう」
「砂獣がきてるぞ?」
「任せた」
「そうくると思ってた」
嘆息し、やれやれと呟きながらサイドカーから降りるスコッチは、徐に懐から銃を引き抜いて頭上へ銃口を向けて引金を引いた。その先にあるのは雲と薄ら見え始めた星のみ、否、あるのだ、雲や星以外にそれがあった。
このデザリアンの空の向こうに巨大な建造物があった。
銃弾はそこに吸い込まれるようにして消え、そして呼応するように砂獣が砂の下から姿を現した。
全長は十メートルあろうか、四本足で這うようにして歩き、大きな尻尾はまるで巨大な棍棒。目はクリクリとしているが分厚い瞼で覆われている。
俗にいう蜥蜴と呼ばれる生き物だった。
「やっぱサブルリザードか、この辺の蜥蜴はみんなこいつだしな」
サブルリザードはある程度こちらへ近寄ってから一旦足を止めてヨハン達を凝視した。獲物の品定めでもしているのだろうか。
三人を食べてもお腹は膨れないぞとヨハンは思った。
一方メルもサブルリザードを見つめている、というよりも見てしまった。彼女の瞳にはサブルリザードに重なるようにして別の物が映ってしまっている。
巨大で、あらゆる軍隊を退けて、そして……シアトルを壊滅させたアレと。
「い、いやああああ!!」
「うわっ、ちょっと!」
更なるパニックを引き起こしたメルが強引にバイクから降りようとしてバランスを崩し、砂地に肩から落下した。
巻き込まれるようにヨハンも落ちるが、咄嗟に受身をとって痛みを和らげて起き上がる。それから尚も暴れるメルの両手を掴んで抑え込む。
「落ち着けって!」
「いや! 逃げないと! アイツがくる!」
「痛! 蹴るなよ」
女の子ゆえ大した力がなかったのが幸いして取り押さえるのは比較的楽だった。
だが、早くメルを落ち着かせる必要がある。現にサブルリザードは動き出してこちらへと向かっている。まだ距離はあるが、それでも一、二分で接触するだろう。
「もう! いい加減にしろ!」
両手を抑え、両腿を自分の臀部で抑えても、尚動こうとするメルを黙らせるため、ヨハンは荒療治に出ることにした。
両手を離した後、すかさず両肩を掴んで自分へ寄せ、接近したメルの唇に自分の唇を合わせて無理矢理黙らせる。
「っっ!!」
メルは驚いて目を丸くして至近距離にあるヨハンの顔を見つめ続けた。それから我に返ったのか、みるみる顔を真っ赤に染め上げて自由になった両手でヨハンを押して離れた。
「な、ななななな何するんですか!!」
「よし! 正気に戻った!」
「はああああ? て、そんな事より早く逃げないと!」
まだ少しパニック状態が続いているように見えるが、とりあえず理性を取り戻したようだ。顔が赤いのは仕方ない。
サブルリザードはすぐそこまで迫っている。ここまで接近されては逃げる事はできない、あと数十秒でパックンと丸呑みされてしまう。
それでもヨハンとスコッチは余裕の表情を崩さないでいた。
「逃げないんですか?」
おそるおそるメルが尋ねた。
「いや、狩る!」
「へ?」
即答されてさっきまでの動揺はどこかへいってしまった。
サブルリザードはもう目の前まで来ており、大きく口を開けて地面ごと三人を食べようとしていた。
「うわわわ、もう来てますよ!!」
「スコッチ!」
「待たせたな」
もはやこれまで、せめて怖いものは見たくないとメルが目をキツく閉じ、その瞬間が……いつまで経ってもこなかった。
「あれ?」
目を開けると、そこにサブルリザードはいなかった。代わりに白くて楕円形の物体が砂埃の中に立っていた。
サブルリザードは少し離れた所で仰向けに倒れている。
「ちょっと焦らしすぎじゃないですかねスコッチさん」
「演出はこれくらいの方が盛り上がるだろ?」
「へいへい」
どうやらあの白い楕円形がサブルリザードを弾き飛ばしたようだ。
砂埃が晴れてくるとそれがよく見える。
大きさは約六メートル、ずんぐりとした身体をしており、全体は鉄のような硬いものでできていた。
また頭には嘴があり、全体は鳥の姿をしていた、しかし翼にあたる部分は鰭になっておりおおよそ空を飛びそうにない。どちらかと言えば飛ぶよりは泳ぐ方。
つまり飛ぶことより泳ぐに特化した鳥であるペンギンの姿をしていた。
「えぇっ、ペンギンだあああ!!」
驚くメル、それにスコッチが答える。
「よく知ってるな、そう、こいつの名前はペンギンダーだ」
スコッチはペンギンダーへと駆け寄って器用に胴体部分から中へと搭乗していった。それからペンギンダーの腰がパカッと開いて中から大きな帽子がでてきた、それを右鰭で取って頭に被ると、まるでスコッチが巨大化したみたいにみえる。
「百歩譲って巨大なペンギンロボットがでるのはいいとして、いや良くないですけど! なんで帽子被るんですか?」
「お洒落だからだってさ」
「えぇ」
違う意味でパニックになりそうだ。
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