第19話 滅びの末端は日常の世界からやってくる

 西暦二〇二四年、アメリカワシントン州シアトルより少し外れたファクトリアという街にメルは住んでいた。母と祖母の三人暮らしで、父親はいるが随分前に離婚して遠くの街にいる。

 母は「あんなロクデナシ」と罵ってはいるが、メルは父親が好きで、年に一回か二回シアトルで会っていた。

 この日は半年ぶりにシアトルの喫茶店で父親と会う約束をしていた。


「遅い!」

「すまない」


 約束の喫茶店で待つこと二時間、店員の目が辛くなってきた頃にようやく父親のクリス・アダムスが現れた。


「遅刻も遅刻、大遅刻だよ!」

「ほんとにすまない、お詫びと言ってはなんだがこれを受け取ってくれ」


 クリスはテーブルに小箱を置いた。大きさ的に腕時計等のアクセサリーが入っているのだろうと思われる。

 ただラッピングはされておらず、無機質な白箱だった。


「これは?」

「ほんとは一足早い卒業祝いとして贈ろうと思っていたんだがな、中身はナノマシンだ」

「え? ナノマシンて、あのSFでよく見るナノマシン?」

「そのナノマシンだ」

「身体の治療とか何でもやってくれる超便利なナノマシン?」

「そこまで便利ではないが、まあそのナノマシンだ」


 一泊置いて。


「ええええええっ!!!」

「しっ!」


 驚きのあまり大声を上げたメルの口を咄嗟に塞ぎ、集めてしまった周りの客や店員の視線に向けて謝罪する。

 メルはそこで自分のやった事に気付いて恥ずかしさで顔を真っ赤にする。


「落ち着いたか?」

「うん、でも何でそんな物を私に? これ貴重な物なんじゃ」

「ああ、NASAで開発されたばかりの代物だ。持ち出したのがバレたら父さんNASAをクビになってしまうなあHAHAHA」

「いや笑い事じゃないって!」

「まあその辺は大丈夫だ、お父さんは意外と偉い役職についてるからな」

「職権乱用て言葉知ってる?」

「HAHAHA! それはそれとして、安心しろちゃんとメルに贈与する許可は得ている。予定よりちょっと早く渡しただけで」


 それなら、いいのだろうか? と若干不安に思うメルであった。

 それからナノマシンの使い方をクリスから教えて貰い、終わってからは二人でレストランに移動してディナーを楽しんだ後別れた。

 次に会うのは半年後か一年後か、何れにしろ自分はこのままファクトリアで母と祖母と暮らして、そしてたまに父と会って他愛もない話をしていることだろう。とても幸せな生活だと心から思う。

 だけどその幸せは長く続かなかった。


――――――――――――――――――――


 三ヶ月後、ナノマシンの扱いにも慣れて日常生活の一部となった頃の事だった。メルは日課になっているナノマシンの補充のためファミリーレストランで軽食を食べていた。


 ナノマシンはSF映画のように自己増殖できないため、定期的に外部でナノマシンを製造しなければならなかった。ナノマシンの元となるのはケイ素や窒素等なのでその辺の土や草木を手の平サイズのナノマシン製造機に入れれば出来上がる。あとは体内に注射すれば、血液に流されて心臓付近にナノマシンが生成したホームに運ばれ、そこで改めて必要な元素を体内から摂取してナノマシンへと生まれ変わる。


 そうすればSF映画のように健康を保ったり怪我の治りが早くなったりする。

 ちなみに有機物を素材にした方が効率がいいので、こうやって食事の一部を製造機に入れているのだ。

 メルはこれを餌付けと呼んでいる。


「よし、今日はこれくらいで」


 餌の投入が終われば、後は食事を楽しむだけである。リーズナブルなファミレスは最近のマイブームだ。

 パスタを啜りながらタブレットで動画サイトを眺める。最近新調した無線イヤホンは最高の音質で気持ちいい。

 適当に動画を流していると、オススメにライブ動画が流れてきた。特に興味がある訳では無いが、なんとなく再生してみた。直後、軽率な行動を後悔する事になる。


「なに、これ?」


 画面に映るのは瓦礫の山と逃げる人々、最初は何かのパニック映画のワンシーンなのかと思ってたがそうではない。ライブ動画なのだ、リアルタイムで起こっている出来事なのだ。

 爆発が起こった、配信者が振り返ると遠くにあるタワーが根元が崩れ落ちていた。


「撮影……じゃない?」


 急いでコメント欄を確認するもどうやら海外の出来事らしく、アップされてるコメントもほとんどが外国語だった。それでもかろうじて見つけた英語のコメントでそれがイタリアで起こっている事なのだと知り、スマホで検索をかける。


「本物なの?」


 SNSでも戸惑いの声が呟かれている。

 その時配信者の悲鳴のような声がイヤホンを通して耳に入ってきた。どうやらロシア人観光客らしく、言語もロシア語なので何言ってるのかわからないが、画面を見るとこの惨状を作り上げたのだろう元凶が映されていた。


「化け物だ」


 推定二〇〇メートル、外観は分かりづらいがおそらく二本足で歩く人型、しかしその背中からは箱のようなものが生えており担ぐようにして移動している。まるでサンタクロースのような絵面。

 最初は生物かと思ったが、よく見ると全身機械で出来ている。一歩進む毎に全身が軋む音が聞こえ、子気味よく金属を叩く音も聞こえる。脇腹からは冷却時に発生する蒸気が定期的に噴き出している。


 SNSでは何処かの国の兵器だとか、宇宙人の侵略とか噂されてるが、どれも安全圏にいるゆえの憶測なので真偽は不明。メルにはプレゼント担ぐサンタクロースのように見えたシルエットが、他の人にもプレゼントを入れた大きな袋を引き摺るサンタクロースにみえたらしく、SNS上では巨大物体の名前が「クロース」と呼ばれていた。

 サンタと呼ばれないのはクリスマスにサンタを楽しめないようになるのを危惧してか。


 クロースが腕を振るえば建物が崩壊し、手の平を向ければそこから光の帯が発射される。SFでお馴染みのビーム兵器だ。

 ビームは触れた物を悉く焼き切り、あるいは消失させていく。不意にクロースの手の平がこちらを……動画を投稿してる人物に向けられた。投稿者は撮影に使ってただろう機材を放り捨てて逃げ出した。地面に落ちたカメラは逃げる投稿者を映していたが、程なくビームによって他の人々諸共跡形もなく消し飛ばされていった。

 そして動画はそこで強制的に終了した。


「……」


 しばらくメルは沈黙を続けた。唖然としてたといった方が適切かもしれない。

 あまりにも非現実的で受け入れられない、映画の宣伝なのではと思う。実際もう一度SNSや掲示板などを見ても映画の宣伝を疑う声が多い。

 数時間待てばニュースに取り上げられるだろうからそこで判断すべきだろうか、例えただの宣伝であってもネットニュースが話題の動画として取り上げるだろう。


「よし、帰ろう」


 どうせ考えたってわかりっこないのだ、真偽がハッキリするまで待つことにする。

 メルはその日、真っ直ぐ家に帰って祖母と母といつも通りの日常を過ごしたのだった。

 動画が真実だと知ったのは夜遅く、緊急速報が始まった時だ。


――――――――――――――――――――

 

 クロースはその後もヨーロッパを蹂躙し続けていた。恐るべき事にこの巨大物体は数多の軍隊を退けてきたのだ。

 現代兵器が全く通用しないわけではないが、倒すために必要な火力が核兵器数個分に匹敵すると言われている。まだそこまでの戦闘は行われておらず、今はサイクロンのように通過予想地点の住民を避難させながら遅滞行動をとるだけになっていた。

 誰もがこの化け物を倒すには核兵器しかないと考え、国連や各国首脳陣も最初は渋っていたが次第に世論におされ核兵器使用に踏み切った。

 問題となる場所はフランスとイギリスの間にあるドーバー海峡が選ばれた。


「いよいよ今日ですか」


 核兵器が使用される日、メルは自宅のPCでクロースの情報を集めていた。予定通りならあと六時間でドーバー海峡に核兵器が落とされる。

 今頃は部隊の展開も終えて最終確認をしてる頃だろうか。

 SNSでもメルと同じ事を考えてる者は一定数いるようだった。


「あ、そろそろ約束の時間だ」


 正直六時間もじっとしてるのは酷である。出来ることもないのなら日常生活を送るしかない。メルは友達とシアトルに行く約束をしていた。

 いざシアトルへ、友達と心ゆくまで遊んでいるとヨーロッパで起きている出来事を忘れてしまいそうになる。実際忘れていたのだが。

 そして忘れた頃にソレは来る。


「……何で」


 メルは絶句した。核兵器が使用されたという報道でもない、ヨーロッパのクロースが進路を変えたとかでもない、アメリカワシントン州シアトルのすぐ側に新たな巨大物体が現れたからだ。

 クロースとは違い人型ではなく蛇、機械仕掛けの巨大な蛇だった。全長はわからないが、おそらく一キロメートルは超えてるだろう。


 それがシアトル傍、ファクトリアに現れたのだ。突然地中から現れたその蛇は大地を捲りながらファクトリアを土砂の下に埋めて行く。

 メルはその光景をシアトルから見てるしか無かった。たまたまファクトリアに近いビルにいたため見てしまったのだ。隣で一緒に来てた友達が膝から崩れ落ちて泣く。本当はメルも泣き出したいくらいなのだが、隣で既に泣かれてると何故か冷静さが出てきていた。まず家族に連絡をとろうと電話をかけ、メッセージを送る。

 後で知ったが、この時既に母と祖母は土砂の下敷きになって死亡していた。


「逃げよ」


 次にメルは友達に肩を貸しながら立ち上がらせ、ビルの出口へと向かう。あの蛇はもしかしたらシアトルへ向かうかもしれないからだ。早く避難所へ行かなければならない。

 案の定蛇は目的地をシアトルへと定めて移動を開始した。

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