第20話 エピローグ
「そしてシアトルに来た蛇はそのまま街を破壊しながら南の方へと去って行きました。その時友達が私を庇って死んでしまって」
「そ、そうなのか」
ガタンゴトンと揺れる機関車の中、長い沈黙が流れる。思っていたよりも重い話でどう声をかけていいのかわからない。この沈黙を破ったのは、定期的に鳴り響く汽笛の音だった。
「とりあえず、なんかすげぇデカいのが現れて危険なのはわかった」
残念ながらヨハンの頭では立て続けに脳内へ送り込まれる地球の常識や技術についていけなかった。
「つまり理解できなかったわけだ」
「うるせぇ、そういうスコッチはわかんのかよ?」
「お前が理解できないものを俺が理解できると思うのか?」
「思わない」
考古学者と賞金稼ぎでは持ってる知識が違う。
「それで、その後どうなったんだ?」
「シアトルの襲撃の後、私はお父さんの元へ行きました。生憎家が土砂や蛇に押し潰されていたので着の身着のまま。
そうして向かった先が、こないだ私達が訪れたエイムズ研究センターでした」
最初に向かったNASAの施設だ。残念ながらデューンの下に沈んだので何の手掛かりも得られなかったが、メルにとって思い入れのある場所ならもう少し詳しく調べても良かったかなと二人は思った。
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西暦2024年、シアトル襲撃から一週間後、メルはエイムズ研究センターにあるクリスの研究室へと赴いた。
研究室に行くまでもなく、途中にある喫煙所にてクリスを発見しうる事ができた。クリスはメルの顔を見るや何処かホッとした表情を見せ、長椅子に座るよう促した。
メルが座ったら、クリスは自販機でコーヒーを二本買って隣に座った。買ったコーヒーはブラック無糖とカフェオレ。メルに差し出したのは当然ブラック無糖である。
「お父さん、相変わらず甘党なんだね」
「そういうメルは好みが渋いな」
いつも通りのなんてことない会話、しかしメルの口振りには覇気が無く、ただ絞り出してるようにしか見えなかった。
それも仕方ない事だ、祖母と母と友達を同時に亡くしたのだから。まだ一週間しか経ってないから尚更気持ちの整理もついていないだろう。
「それを飲んだら今日はお帰り、私も今日は早めに帰るから」
「わかった、じゃあ」
軽くハグをしてから別れる。
宣言した手前遅く帰ったら父親の面目丸つぶれだろう、その日はクリスにしては珍しく頑張って仕事を終わらせた。
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さて、二度ある事は三度あるということわざが日本にある。シアトル襲撃から一ヶ月後、日本の北海道に三体目が現れた。
そこから二週間後にロシアに四体目、オーストラリアに五体目が現れた。半年が経つ頃には世界中で十二体の巨大物体が跋扈するようになっていた。
人類は未だ彼等に有効的な打撃を与えられていない、シアトル襲撃の時に行われた核兵器使用でも、クロースを半壊させただけで、完全に倒すには至らなかったのだ。
今世界ではこの巨大物体と戦う方法は無いと言われ、逃げる事しかできない。既に殆どのインフラが破壊され、ネットワークも繋がりづらい、生存圏も徐々に狭まってきている。
最早人類に勝つ見込みはなく、それを踏まえて各国政府は二つの事を決めた。
それが、現存する核兵器を使って一体ずつ倒して行く事と、一部の選ばれた人間を冷凍睡眠させる事だった。
この方針が決まった頃、メルは再びシアトルに戻っていた。
「お父さん、少し休んだら?」
シアトルに残った無事なビルをNASAの研究施設として再利用していた。研究施設の一室にてクリスはクロースの破片を調べている。
メルはクリスの助手として働いていた。助手と言っても彼女にはそこまでの知識はないので、主に身の回りの世話である。
「あぁ、メル……そうだな今日はもう休もう」
クロースの破片は未知の物質で出来ていた。鉄に近いそれは宇宙から来たのか、はたまた突然変異したのかはわからないが。これを加工できれば巨大物体に傷をつける武器ができる筈だ。
クリスが研究してるのはまさにそれである。
「隣室にベッド用意してあるから……他の人はもう寝てるよ」
「私が最後か」
こうしてメルが呼ばないと延々と研究してしまうのがクリスの悪いところだ。
「おやすみ」
クリスを寝かせた後、メルは研究室を片付けてから別室で寝る。
その数時間後に巨大物体の襲撃が起き、メルはクリスに連れられて研究所の地下へと向かった、それからいつの間に用意したのかわからない冷凍睡眠装置に入れられて眠る事になった。
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「それからはご存知の通り、目が覚めて二人と出会ったんです」
「なるほど、結局巨大物体がなんなのかはわからなかったんだな」
「少なくとも私は知りませんでした。お父さんなら何かわかってたかもしれないんですが」
あくびをするかのような間の抜けた汽笛の音が、窓を抜けて太く響いている。鋼鉄の箱はリズムを刻むように揺れながら線路を走り抜ける。
外の景色は相変わらず荒野だが、少し前から大きな山脈が見えてきていた。
「そろそろ着くな。なあ嬢ちゃん、水の星と呼ばれた地球が、今はなんでこんな荒れ果てたんだ?」
スコッチの疑問は最もである。話によれば地球の七割は水で溢れていたらしい。それだけ膨大な量の水はどこへ行ったのか、また何故デューンなんてものがあるのか。
しかしその答えもメルは知らないらしく、首を横に振って「わかりません」と答えた。
それでも地球の末期の頃がわかっただけでもヨハンとしては充分だ。
「ま、メルがわかんないなら俺達が考えてもわかんないって。もう少しで到着だから降りる準備しとこうぜ」
「そうだな」
「はい。あっ」
ふと、メルが何かに気付いたような素っ頓狂な声をあげた。
「どした?」
「いえ、昨日鉄道のお客さんで宿屋が一杯だったじゃないですか。だから今日も宿屋が一杯になるんじゃないかなあて」
「……」
「……」
「ないですよね?」
「そ、そりゃないってハハハ」
乾いた笑いが室内に木霊する。
しばらくして機関車は駅に着く、到着するなり乗客がゾロゾロと駅をでて町に向かう。ヨハン達もその集団に混ざって宿屋を探した。
「今日はもう満員だよ」
どこの宿屋も一杯だった。今日もまた街の外で悲しい野宿が決まったのだった。
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