第18話 鋼鉄の箱旅行記
機関車が発車して早二時間が経過した。当初はBGMのように鳴り響いていた怒号や銃声も今やなりを潜めて静かなものだった。
メルはぼんやりと車窓から外を眺めている。見えているのは荒れた大地と少ない草木のみで変わり映えしないが、それらの景色が後ろへ流れていく様はどこか安心感があった。
「平和ですねぇ」
それゆえこのような緩みきったセリフが自然と零れ落ちた。
「そうだな」
二段ベッドの上でゴロゴロしてるスコッチが返した。彼もまたのんびりと機関車の旅を満喫していた。あと十時間もこんな時間が続くのなら幸せだとすら感じる程。
「ただいまー、さっきの銃撃戦で三人死んだんだってさ!」
情報収集にでたヨハンが帰ってくると同時にそんな時間は終わった。
「おかえりなさい」
「よお」
あまりにも無粋な登場に流石の二人も辟易としている。
そんな二人の心情を知らないヨハンはしたり顔で進んでベッドに腰掛け、ポケットから地図を取り出して広げた。
今度の地図は粘土板ではなく砂獣の皮を用いた羊皮紙だった。
「さっきマーシャル付近の地図を手に入れてきたぜ」
「ほお」
目的地付近の地図となれば好奇心が湧き出るもの。スコッチとメルはヨハンの周りに集まった。
ヨハンは地図の東側に小石を置く。
「ここが目的地のマーシャル宇宙飛行センター」
続いて北側に別の小石を置いた。
「そしてここが機関車の終着駅」
直線で結べば大した距離ではないが、その二つの間には大きな山脈が壁のようにそびえていた。
「見ての通り間に大きな山があって真っ直ぐは行けない、登るという選択肢もあるが、慣れてないメルを連れて行くのは危険だから迂回するしかない」
「ご、ごめんなさい」
「謝る必要はねぇよ、できる事をやればいいんだ。それでまず駅についたら宿場町で一泊して色々補給してから出発、山に沿って西へ向かい、この端っこのところから反対側に入り込む」
「なるほど、ざっとみて一週間ぐらいか」
「そんなもんだな」
大まかな旅行計画をたて終わった。旅慣れてる分こう言った判断と決断は早いのだろう。メルは何も口出し出来なかった自分を内心で恥じた。
「ただまあ、一つ問題があってな」
「なんだと?」
急に不穏な事を言い出したヨハン、ここまで順調だったので不安しかない。
「このマーシャル宇宙飛行センターのある辺りはアバランチ族の縄張りらしいんだよ」
「原住民か」
この世界では普通に文明を築いて文化をつくる人々もいる反面、狩りなど自然と共に生きる道を選んだ原住民達もいる。彼等は往々にして縄張り意識が強く、余所者には厳しい所が多いらしい。
「そうそう、一応アバランチ族は街と交易をしてるらしいから、温和な気質で交渉の余地はあるんだけど、念の為刺激しないよう慎重に」
「わかった」
「気を付けます」
あるかどうかもわからない遺跡に危険かもしれない原住民達、これからの旅は更に過酷なものになりそうだった。
だからこそ、ゆっくり時間をとれる今のうちにやれる事はやっておきたいとメルは思う。
「あの!」
地図を片付け、再び情報収集に出ようとしたヨハンの背中を呼び止めた。
珍しく切羽詰まった感じがしたので慎重にメルへ語りかける。
「どうした? 何か分からないことでもあったか?」
「いえ、あの……そうじゃなくて、私が眠る前の事……聞きたくないですか?」
「……」
「……」
予想外の発言にヨハンとスコッチは無意味にお互いの顔を見合せた。おそらくかなり間抜けな顔をしているだろう。
ほんの一瞬時が止まったような感覚を得たのち、おそるおそるヨハンが尋ねる。
「むしろ聞いても大丈夫なの?」
「え、えぇ。ていうか何で聞いてこないんだろうて思ってました」
「いや、だって……初めて会った日、パニックになってたじゃん。あれを見たら何か悲惨な事があったんだなあてわかるし、この星の生活に慣れるまでは止めておこうてスコッチと話し合ったんだ」
「そう、だったんだ。お気遣いありがとうございます」
「いやいや」
「でも大丈夫です。何時までも皆さんに無条件に甘えてばかりいられませんので、私、話します!」
こうしてメルは地球について、ヨハンとスコッチが最も知りたがっていた生の地球の歴史を語り始めたのだ。
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