第32話 心臓
クロースとの戦いが遅滞行動に移ったその頃、コアを目指していたスコッチ達もまた新たな局面に到達した。
「ここがコアか」
「はい」
クロースの体内をアバドンと戦いながら駆け回る事数分、一際大きなフロアに到達した。メル曰くここがクロースのコアがあるコアルームらしいが、直径二五メートルの円形部屋の壁にやたらピカピカ光る柱のようなものが一本埋め込まれているだけだった。
「あの柱がそうなのか?」
「そうです」
とりあえず傍に寄ってからメルを降ろした。
メルは柱の根元に辿り着くと、しばらく柱をペタペタ触りながら何かを探していた。ようやく穴らしきものを見つけたメルは、そこに掌サイズの四角い箱を差し込んだ。
確かあれはナノマシン製造機とかいう物だったとスコッチは記憶している。
『嬢ちゃん、どれだけかかる?』
「五分で終わらせます」
『了解した、なら五分間守りきってみせよう』
ペンギンダーがゆっくりと振り返った。目の前にクロースを模したと思われる機械人形が立っていた。
人の像をとっているが、背中が異様に膨らんでおり、重心をとるためか膨らんだ背中の下部から枝のようなものが伸びて地面に突き立てていた。
『差し詰め、コアを守る物といったとこ……クロースコアとでも呼んでおくか』
クロースコアは両手を前に突き出すように伸ばす、瞬間スコッチの脳裏に先程クロースが放った光の柱がチラついた。
想像通りクロースコアの掌から光の柱が放たれる。流石にクロース本体よりは小規模だが、同サイズの相手には十分だろう。回避行動をとろうとしたが、背後にメルが居ることを思い出して踏みとどまる。
鰭を交差させた部分で受け止めて光の柱に耐える。
『ぐっ』
しばらくして光の柱が収まる。耐えきる事ができたが、直撃を受けた鰭が焼け焦げていた。
同じのを何回か受けたら焼き鳥になってしまうだろう。
更にこちらは五分耐えればいいという勝利条件があるが、メルが死亡すると全てが終わるという敗北条件もある。
ゆえに迂闊に動けない。
なればこそ、スコッチはこちらから打って出る決意を固めた。ポケットから煙草を一本取り出して嘴で咥えて火を着ける。
再びクロースコアから光の柱が放たれた。先程と同じく鰭で受け止める。背後から「きゃあ」とメルの悲鳴が聞こえた。どうやら衝撃波が流れてきたらしい。
スコッチはメルの無事を確認すると、煙を吐き出してクロースコアを睨みつけた。
『ふぅ……すまない嬢ちゃん、少しだけ待っていてくれ。こいつを一本吸い終わる前に片付けてやる』
クロースコアは動きを止めている。光の柱を放つためには何かしら時間がかかるのだろう、狙うなら今である。
ペンギンダーを走らせ、メルがブースターの噴射に巻き込まれない位置まで移動してから一気にフルスロットル、爆発的な威力で砲弾のようにクロースコアへ突撃をかける。鰭からブレードを出す……つもりだったがどうやら二回の光の柱で鰭が機能不全を起こしたようで出てこない。
しかし突撃をとめるつもりはない、頭突きでクロースコアに体当たりして壁まで押し付ける。一度頭を上げてから、クロースコアの胸元に嘴を突き刺した。
もう一度頭を上げて嘴を引き抜くと、嘴にクロースコアの物と思われるケーブル類がオイルを垂らしながら咥えられてあった。これにはクロースコアも危険と悟ったのか、両手で嘴を掴んでペンギンダーを抑えてそのまま光の柱を放った。
流石のペンギンダーでもこれには耐えられず、嘴は根元から消失してしまった。しかしクロースコアも至近距離かつ物を掴んだ状態で放ったせいで両手を失っていた。
だが武器が無くなったわけではない、クロースコアの膨らんだ背中から新たな腕が出現して換装しようとしていた。
『甘いな』
それを許すスコッチではない。鰭を胸元に、より正確には嘴で突き刺したところに突っ込んで中を掻き乱す。鰭を引っこ抜くとベッタリとオイルのようなものがまとわりついている。
すかさずもう片方の鰭を突っ込む、それを交互に繰り返してクロースコアを内部から破壊していく。いつの間にかクロースコアはグッタリと倒れ込んでいた。
「終わりましたスコッチさん!」
『奇遇だな、こっちも今終わったところだ』
スコッチは携帯灰皿で吸っていた煙草の火を消した。
「やられちゃいましたね」
メルをコックピットに乗せてコアルームを後にした。
「煙草臭いです」
「我慢してくれ……ところで変化は無いようだが」
「まだウィルスを流したばかりですので、効果がでるのはもう少し先になります」
「そうか、対処される恐れはないのか?」
「そうならないよう五分もかけてじっくり確実に流しましたので」
「なるほど」
それなら安心だ。
来た道を戻ってペンギンダーは外に出た。
――――――――――――――――――――
スコッチとメルがいなくなった後のコアルーム。
しんと静まったルームの床や天井から、何本もケーブルが生えでてきて横たわっているクロースコアの残骸を抱えあげた。まるで子供を抱き上げるような柔らかな仕草でクロースコアの修繕を行う。
『やれやれ、酷い事をする』
どこからともなくグラニーの声がする。
『愛しい我が子よ、もう一度行こう。今度はお父さんと一緒に』
クロースコアの目が再び光を取り戻した。
その時クロース全体が揺らぎ、崩壊が始まった。メルの送り込んだウィルスがクロースに自壊するよう作用させたのだ。
『クヒヒ、ずっと一緒だ、もうあの時みたいに離れないからな』
グラニーはかつて愛する実の娘を病気で失っている。その時彼はNASAの研究員で、研究に没頭していて娘の死に際に立ち会えなかった。
それを激しく悔いたグラニーはNASAを辞めヤク漬けになってしまう。情緒も大分危うい状態で半年を凄した頃、NASAの頃の同僚が南極探査に誘ってきた。
彼の言うメテオライトに惹かれたグラニーは、持ち帰ったメテオライトに電気信号を与え娘の形になるよう指示を送った。
結果、何を間違えたかクロースとなってしまう。
『あの時父さんは冷凍睡眠に入りお前を見捨ててしまった。だが父さんが間違ってたよ、親子は一緒にいるべきだ。今度はちゃんと一緒になろうな』
クロースコアと一体となったグラニーは、崩壊するクロースから外に出た。
――――――――――――――――――――
外では苛烈な遅滞行動が未だ行われていた。始まって約五分程で近場の街が見えてきてしまったのだ。
クロースの一歩一歩はとてつもなく大きいため致し方ない、更にこちらの攻撃はほとんど通用せず時間稼ぎにもならない、もう一つ加えるなら絶え間なくクロースから湧き出るアバドンが邪魔で満足に攻撃できない。
そのため大した効果もあげられずクロースを街の近くまで誘き寄せてしまった。
『ヴァージニアさん! 街の住人の避難は!?』
『まだだ!』
『早く!』
最悪な事に住人の避難も終わっていない、騎兵隊もまさかこんな巨大物体と戦うとは思ってもいなかったのだから仕方ないともいえる。
そもそもアバドンに苦戦してその辺から賞金稼ぎを集める事すら想定外だったろう。
クロースが街につくまであと三十分も要らないだろうか。
残った騎兵隊や賞金稼ぎ達も懸命に戦っているが、そろそろ被害が大きくなってきている。
『こいつはヤバい』
『どうした? もうへばったのか棺桶野郎』
『うるせぇ、こっちは今ようやくウォーミングアップ終わったとこなんだよ!』
嘘である。バリバリの全力で戦ってヘトヘトである。
そもそもこちらの攻撃が一切効かない相手にどう戦えというのか。
『くそ』
強がってはいても毒づきたくもなる。
唯一の希望は内部に侵入したスコッチ達たちだが、果たしてどうなっているのか。
もうじきクロースの光の柱射程圏内に街が入る、実際どれだけの射程があるのかはわからないが、これまでは高い山脈がクロースの視界を遮っていたので撃たれはしなかったが。あと少しで山脈がクロースの視界から消える頃だ。
『お? なんか変だぞ』
『変なのはお前もだ』
『殺すぞこら!』
『やってみろよ!』
とまたもや争いが始まりそうではあったが、レッドの言う通り変だった。突然クロースの動きが止まったのだ。あわせてアバドンの動きも止まる。
最初は状況が飲み込めなかったヨハンだったが、直ぐにスコッチ達が成功したのだと気付いた。
それを証明するようにクロースの腹部からペンギンダーが飛び出した。嘴が無くなって大分ボロボロだが間違いなく無事だった。
『無事だったかスコッチ』
『ああ、何とかな』
『一応終わった……んだよな?』
『お嬢ちゃん曰くな』
『何言ってんだてめぇら! まだ終わってねぇぞ!』
『はあ?』
ローンレンジャーの指差す先、ペンギンダーが今しがたでてきた腹部の出入口からクロースによく似た機械人形がこちらを向いていた。
クロースと違うのは隻腕でないところか。
しばらくするとクロースの巨体が崩壊を始めた。バラバラとレンガが崩れるように崩壊し、クロースは自重を支えられず背後に倒れた。崩壊は尚も続いている。
これで勝ったと思いたいが、どうやらまだ二戦目が残っているらしい。
崩壊したクロースから先程の小さいクロースが飛び出してヨハン達の目の前に降り立った。
『クロースコア、しぶとい奴だ』
『おやおやお知り合いですか? スコッチさんや』
『ついさっき熱く交わったとこさ、ヨハンにも紹介してやろうか?』
『遠慮しとく』
クロースコアの出現に呼応したのか、停止していたアバドンまでもが動き始めた。
だが製造工場も兼ねていたクロースが無くなった今では見えてる範囲が全てだ。その数約三十。
『なんにせよ終わりが見えたんだ』
『俺様が負けるわけねぇんだよ!! だからてめぇら全員俺様についてきやがれ』
『ふざけんな!』
『断る』
ペンギンと棺桶は赤い剣使いの誘いを即答で断った。
『というわけです。ヴァージニアさん、援護お願いします』
『了解した』
ヴァージニアによって残った騎兵隊と賞金稼ぎ達に終わりが見えた事が伝えられる。おかげで彼等の指揮が高まって横列銃隊が迅速に組まれていった。
そして一斉斉射が始まり、それが途切れたタイミングでペンギンダーとペイルライダーとローンレンジャーは駆け出した。
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