第24話 ある研究員の記録。五百年の時を超え
ヨハンとスコッチが散歩から帰ってきたら、メルは椅子に腰掛けて箱に入っていた紙の束を熟読していた。やや目が赤くなっているが、きっと舞い上がった粉塵のせいだろう。
「よっ、なんかわかったか?」
「ヨハンさんにスコッチさん、さっきはお見苦しいところをお見せしました」
ペコりとお辞儀をするメル。
「悪いが嬢ちゃん、俺達にはなんの事かわかんねぇな」
「まあそういう事」
自分達は何も見ていない、だから気を遣うな。とでもいいたげに二人は悪戯っぽい微笑みを浮かべる。
メルとしてもそっちこそ変な気遣いはいらないと言いたいところだが、今回は有難くいただいておく事にした。
「そうですか、ではそういう事で」
自然と笑みが零れた。
といったところで一旦仕切り直し。
「それで、何かわかったか?」
「はい、まずこれはお父さんの物で間違いありません。ヨハンさんとスコッチさんが銃を見つけた遺跡は、お父さんが研究室として使っていた場所みたいです」
「あれは五百年前の物だから、メルのお父さんはその時にコールドスリープから目覚めてたって事になるのか」
「そういう事になります。そしてその時研究してた物がこの紙に詰め込まれています」
「読んでもらっても?」
頷く、それからメルはゆっくり紙に書かれた父親の記録を語り始めるのだった。
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これを読んでいるという事は、つまり君はあの箱を開けたという事になる。箱は底面のソーラーパネルに日光を数時間当て続けないと開けられない仕組みになっているから、それができたという事は、君がソーラーパネルの使い方を知っているコールドスリーパーか、それだけ技術が進んだ未来の人間か、もしくは運よく開けられた人間かだろう。
願わくば、君が善良な人間である事を祈る。
遅くなったが、私の名前はクリス・アダムスと言う。かつて水の星と呼ばれていた地球、後のデザリアンで過ごしていた。
自己紹介はここまでにして、早速私はここに地球がどうしてデザリアンとなったかを記したい。
全ての始まりは二〇一九年七月、南極に落ちた一〇メートル程の隕石だった。この隕石は当時NASAが通り過ぎる直前まで発見できなかった隕石「二〇一九 OK」から分離した物である。
さてこの落ちた隕石だが、調べたところ我々が見た事の無い金属の塊だったのだ。チープだが、我々はこれをメテオライトと名付けた。
メテオライトは実に面白い、柔軟で粘性があり、それでいて銃弾を通さない程硬い。だが最大の特徴はやはり自己増殖できるところだろう。メテオライトは一定の栄養があれば際限なく増殖し続ける。この際の栄養とは何でもいい、ケイ素などの金属元素や、タンパク質や脂質などの栄養でもいい。
我々はこの特性を知るや、報道規制を敷いて極秘裏に研究を始めた。
メテオライトを使って最初に作ったのは車だった。熱にも強く燃費も良かった。驚く事にメテオライトで出来たエンジンはガソリンを吸収して形を変えたのだ、そうするとガソリンは半分の量ですむという結果になった。
以降、我々は様々な物を作った。一年後にはメテオライトのみで作ったロケットと人工衛星を打ち上げた。これにはNASAも大喜び、宇宙開発の弾みとなる。オービタルリングの計画が企画されたのはこの頃だった。
二〇二二年一月、オービタルリング作成が始まった。本来なら何十年もかけるプロジェクトなのだが、メテオライトを利用すれば一〇年以内に終わる算段が付いていた。実際二年後の二〇二四年には四分の一まで完成していた。
居住性も上げると、オービタルリングに定住する者も現れ始めた。ここまで多少のトラブルはあれど順調に進んできたし、この先も何とかなるだろうと思われた、奴らが現れるまでは。
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「この奴らってのは、こないだ私が話した巨大物体の事です」
「成程、長くてよくわからん。この手の考察はヨハンに任せた」
「いや俺にもよくわかってねぇよ。まあ要約すると、メテオライトというすげぇ材料を使ってリングを作ったって事だろ?」
「ザックリしてますねぇ……この後はしばらく巨大物体について書かれてますけど、私が話した事と大して違いは無いので割愛しますね」
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巨大物体との戦いはこうして人類側劣勢のまま何年も続く事になる。
勘のいい人ならもう気付いた事だろう、この巨大物体はメテオライトで出来ているのである。
これ自体は我々も早期にわかっていた。しかしどうやってここまで成長したのかが不明だったのだ。また南極に落下したメテオライトは全て回収し、落下地点は完全封鎖している。しかし飛び散ったメテオライトの欠片までは把握していない、これは仮説だが、飛び散った欠片が海に落ち、海中の栄養素を吸収して自己増殖を繰り返したためではないかと思われる。
ただそれだけではクロース等の形にはなり得ない、メテオライトは外から電気信号で命令しないとただ大きくなるだけなのだ、つまり何者かが海中のメテオライトを見つけ、それを外部から命令してクロース等の巨大物体に成長するよう促したのだ。
その仮説が証明されたのは最初のクロース出現から約三年後の事だ。クロースが暴れて以降、無人となったイタリアのローマに隠れていた男が保護された。
当初は逃げ遅れたか故郷が捨てられない人なのだと思われたが、調べてみるとその男はかつてNASAで働いていた研究員のグラニーだった事が判明した。グラニーはNASAを辞めた後、非合法で南極探索チームに参加して海中を捜索し、見つけたメテオライトでクロースを作ったというのだ。
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「ついに元凶を見つけた訳か、中々楽しませてくれるじゃないか」
「いや楽しんでじゃねぇよスコッチ」
「悪いな、俺はこういったモノはズブの素人なんでね。物語として聞かせてもらうさ」
スコッチはニヒルに笑って見せるが、ようはわからないので諦めたという事だ。
肩を竦めて呆れのポーズをするヨハンではあるが、実の所彼も半分くらい理解していなかった。
「わからない所は後で確認すればいいよ。今の話で思いついたんだけど、そいつが探索チームに参加したってことは、巨大物体が複数現れたのもそのチームのメンバーが各々の地で育成したからなのか?」
「ヨハンさん、ご明察です! この資料によると探索チームは全部で十二人いたらしく、それぞれがメテオライトを持って散らばったらしいんです。
どうもテロリズムが目的だったみたいですけど、そこに至る動機は書いてないですね」
「ふぅん、じゃあなんでそいつは……えっと、ろうま? だっけ? に隠れてたんだ?」
「さあ? 続き読みますね」
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グラニーを捕まえた我々は早速彼に巨大物体を停止するよう迫った。
しかし返ってきた返事は我々を落胆させるものだった。曰く、「奴らは知性と自我を得てしまった。もう俺達が止めろと言っても聞きやしない、地球を滅ぼすまで止まらねぇよ」と半ば自棄になって答えた。
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「えっと、つまり?」
「ペットに反乱を起こされた挙句、自分の手に負えなくなってしまった……というわけです」
「駄目じゃん!」
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