第8話 悪党どもは自らの詰めを委ねる
朝、宿を出て近くの食事処に朝食を食べに行ったヨハン一行。昨夜はメルがご飯も水も身体に合わずトイレに籠る事になってしまったが、今回は大丈夫そうだ。
「お腹はまだ駄目っぽいですけど、舌は大分慣れてきたみたいで美味しいです」
そう言った彼女は皿に盛られたサンドウィッチを美味しそうにかぶりついている。
「この時代でもサンドウィッチは作り方も名前も同じなんですね、なんだか安心しました」
「そうなんだ……名称とかはそのまま受け継がれてるわけなのか、興味深い」
「おいヨハン、考察もいいが首を忘れるな、夜までどうする?」
「首? 何かあるんですか?」
食べる手を止めてメルが尋ねる。彼女にはまだピンとこないようだった。
考えてもわからないのでとりあえず三つ目のサンドウィッチを食べ始める。
「賞金首がこの町にいるんだよ、で俺たちはそいつを捕まえる」
「へぇ、なるほど賞金首……へ?」
思わず三つ目のサンドウィッチをポトっとテーブルに落としてしまう。賞金首といえば犯罪者の事、大昔と意味が変わってなければの話だが、更にそれを捕まえるという事は彼等はこれから命懸けの戦いをする事になる。
「え、えぇぇぇぇっ!!」
「声が大きい!」
「ふごっ」
まだ口をつけていないサンドウィッチを無理矢理メルの口に押し込んで黙らせた。
「こう見えて俺達は荒っぽい仕事もしてるんだよ」
「もぐもぐ……それは何となくわかってました」
「あっ、わかってた?」
目の前で大きな蜥蜴を倒したりしたから。
「でも身近に犯罪者がいるなんて何だか怖いですね」
「割とよくあると思うよ、この街は治安良い方、ここの一つ前に来た町なんか寝てる所に強盗がやってきたし」
「だ、大丈夫だったんですか?」
「スコッチが返り討ちにした」
ふとメルがスコッチの方を見ると、スコッチはフッと笑って大した事ないと目で訴えていた。鰭で器用にサンドウィッチをちぎって嘴にいれていく様はどこか上品でシュールでもあった。
「そうですか」
「ま、そういうわけで今夜その賞金首を捕まえに行くわけだからさ。メルは今日一日宿で大人しくしててくれないかな」
「はいわかりました。まあお役に立てそうもありませんしね」
「俺達はこれから情報収集や買い出しをしてくるよ」
――――――――――――――――――――
昼前になった。この時間になると太陽の日照が辛くなる。それゆえメルは部屋の窓際から離れていた。
まだ皮膚がこの時代の紫外線に慣れていないのだ。
「ナノマシンは今日も正常、この調子なら明日にはなんとかなるかな」
こっそり持ち出したサンドウィッチを使ってナノマシンを製造してみると、思いの外体内環境の変化が捗った。
昨日は砂を使って必要な成分だけ抽出していたのだが、今朝はサンドウィッチという有機物を手に入れたので、組み合わせる事により質のいいナノマシンを製造する事に成功していたのだ。
よって体調面はほぼ大丈夫と言っていいだろう、むしろ問題は。
「はぁ、日用雑貨がおそろしく無いのまずいですよねぇ」
下着も服も今着けているものしかない、それも昨日から着けぱなしで流石に乙女的な危機感を覚える。他にも歯ブラシやナプキンや色々。
これについてはヨハンとスコッチに頼んで一緒に買いに行くしかない。
「二人に頼るしかない……でも今の私ってただの穀潰しでしかないのが胸に痛い」
仕方ないとはいえ、いずれは独り立ちできるようになって二人に返していかなければならないと心に誓った。
――――――――――――――――――――
更に時が進んで夜になった。昼の肌を焼くような熱さはどこへやら、星と月が太陽の代わりを務めるようになると肌寒くなってくる。周りに背の高い植物や構造物がないので地面に溜まった熱が放出されやすくなってるのだろう。
町の外れ、主に砂上挺が停めてある駐機場へ小さな影が入り込んだ。
星と月の明かりを頼りに、その影が駐機場に唯一停まっている砂上挺に身を潜めながら中へ侵入する。
そして……。
――――――――――――――――――――
遥かかなた、町の外から腹の底を震わす程の爆発音が鳴り響いた。
今酒場から出ていけば町の外に爆発でできた煙と炎が見えるだろう、そしてその炎の中には出来たてホヤホヤの死体が……いや、もしかしたらまだ生きていて全身を包む炎に悶え絶望しながら息絶えるのを待っているのかもしれない。
「イェェエエイ!!」
「フォオオオ」
貸切の酒場で四人の男達の野太い歓喜の声が上がる。興奮した男の一人は銃を抜いて天井をバキューンと撃ち抜いた。
「ハハハハッ、上手くいったな!」
「あのペンギン野郎今頃は丸焼きっすよ!」
「焼き鳥だな!」
男達のうちの一人がそう言うとまた笑いが酒場を包み込んだ。
しばらくどんちゃん騒ぎが続き、ある程度落ち着いたところで男達の中からサイの獣人がすくっと立ち上がった。
「よぉし、おめぇらこれから各家にお邪魔して金目のものと食料を頂いていくぞ」
「「「おぉぉぉ!!」」」
「保安官なんて気にするな、あいつらがまともに仕事してるところなんざ見たことねぇ」
「ちげぇねぇ!」
「賞金稼ぎは今頃焼き鳥! 俺達の敵はいねぇ! 奪え!女は犯せ! いくぞ野郎共!」
「「「おおおお!!」」」
「まずは機械人形を取りに行く!」
「そう言うと思ってボスの機械人形を裏に持ってきてありますぜ!」
「気が利くじゃねぇか!!」
「俺達はこのまま家々すわあ」
興奮は最高潮、ジョッキに残ったお酒を一気に飲み干して男達は一斉に銃を抜いてところ構わず撃ちはなった。
それからサイ獣人を先頭にして四人の男達がスウィングドアを開けて外へ出る。
町の住人達は爆発現場が気になるようで、爆発現場へ向かう姿が見られた。これなら家の中がもぬけの殻というのが多そうだ。
「よし、俺は機械人形で暴れる。二人は家から家へ強盗してこい、一人は俺達の砂上挺に行って待機してるもう一人を連れて砂上挺ごと来い」
「「「へい!」」」
「いや待て、何かおかしい」
人々は爆発が起きた場所へ向かっている。それは確かだ。だがその方向が違う、爆薬を仕掛けた砂上挺がある駐機場は町の西側にある筈、それなのに人々が向かっているのは真逆の東側だ。
しばし考えた後、ある考えが頭を駆け抜けた。
「あっちは俺達の砂上挺があるところだ!!」
「「「っ!?」」」
気付いたのはいいが少し遅かった、爆発した時に確認していれば、いやそれすらも遅かっただろう。なぜなら砂上挺には一人待機させており、その者からの連絡が途絶えている事に気付いていなかったからだ。
途絶えた時には既にこちらが先手を打たれていた。
「西だ! 駐機場の砂上挺から爆薬を外して逃げるぞ!」
「うす!」
急いでこの町から逃げる事を選んで走り出すが少し遅かった。どこかでターンと乾いた音がして、直後に走り出そうとした男の足を撃ち抜かれた。
「ぎゃあああ!! 足!」
「スナイパーだ!!」
慌てて酒場に戻ろうとするも、戻るまでにまた一人撃たれてしまった。
「ちくしょう! 何で失敗した!?」
「それよりボス! どうしやす!?」
「うるせぇ! 黙れ!」
スナイパーの存在に怯えて情けなく縋りついてきた男を殴り飛ばす。男はその衝撃で気を失ってしまい残るはサイ獣人一人となってしまった。
サイの強靭な腕で殴られて生きているだけまだ運がいい。
「そうだ確か裏手に機械人形がある筈、まだ逃げられる」
まだ生きている仲間を置いて彼は逃げる事を選んだ。
そうと決まれば行動は早い、酒場の裏手に出てみれば言われた通り布を被せて隠していた機械人形が座わっている。
布を剥ぎ取りそれを顕にした。
「いくぜグランゾ」
見た目は巨大な人型の機械仕掛けの人形、大きさは七メートルもあり、頭にサイのような角がある。
見た目は二足歩行ができるサイのようであり、まさにサイ獣人を巨大化させたような物だった。そんなパワフルな機械人形に乗り込んで起動させる。破壊の限りを尽くそうとした物は、逃げるために使おうとされていた。
立ち上がると周囲の建物より視界が高い、町には二階建て以上の建物が無いため当然とも言える。
このまま真っ直ぐ突っ切って砂上挺まで行けば勝ちだ。
しかしその機械人形の前に新たな敵が現れた。どこからともなくグランゾの目の前の道路にペンギン型の機械人形が着地したのだ、おそらくこいつが自分達の計画をぶち壊した張本人であり、スナイパーなのだろう。
「そのふざけた機械人形、てめぇあのペンギンの賞金稼ぎだな」
「ご明察、身体と同じく脳みそまで固まってるかと思っていたが、案外賢いな」
その声は間違いなくペンギン型機械人形から発せられたものだ。
「スナイパーなんてせこい事しやがって」
「悪いがスナイパーは俺じゃない。恥ずかしい話だが俺は狙撃が苦手でね」
仲間がいたらしい。賞金稼ぎは賞金を独り占めしたがるゆえ群れる事が少ないのだが、今回はその少ないパターンだったらしい。
兎にも角にも自分達の詰めが甘かったのだ。
「くそっ! くそっ! くそっ! もう許さねぇ! てめぇら全員ぶっ殺してやる!!」
「そうかい」
グランゾを前に進めながら大きく腕を振りかぶった。太く強度を誇るその腕で殴られたなら普通の機械人形なら一撃でスクラップにする。それくらいの威力をもつ攻撃をペンギン型機械人形に放った。
攻撃は諸に当たり、スクラップへと変えて……いかなかった。
残念ながらペンギン型機械人形は普通ではなかった。
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