第28話 棺桶を振り回す考古学者に近づいてはいけない
主戦場となる丘陵地帯は二方向を山脈に囲まれており、やや閉塞感はあるものの、なだらかに傾斜がいくつもかかった土地は砂の海を思い起こさせて綺麗とすら言えた。
しかしそれは先週までの事、今ではあちこちに機械人形の破片が散らばり、岩には弾痕が刻み込まれ、戦死した兵の死体まで放置されてる始末だ。
盗賊が保有するアバドンは騎兵隊を圧倒的とまでは言わないものの苦戦を強いらせている。一方騎兵隊は賞金稼ぎを集める等して戦力を増していったが、未だに盗賊団の本拠には到達できていない。
ヨハン達がヴァージニアに連れられ派遣されて来たのはそんな戦場だった。
陣地に足を踏み入れた時は少し静かだった。ちょうど戦闘に一区切りついて休憩をとっているところのようだ。
「大分疲弊してますね」
戦闘時じゃないゆえ気を抜いてるのもあるだろうが、そこかしこにグッタリと死んでるように眠る者や、包帯が解けかけている怪我人、担架を地面に置いて横たわる重傷者等、病棟のベッドが既にいっぱいで空きがないのがわかる。
動いているのは後方にいて直接攻撃を受けなかったバックアップ要員と、医療関係者、そして今現在機体の整備を行っている人達だけだ。
「十二人」
不意にボソッとヴァージニアが呟いた。
「その数は?」
「ここ三日程の一日における平均死者数だ。それも毎日確実に増えている」
「見た感じ怪我してない人ほとんどいませんしね、逃亡者もいるんじゃないです?」
「ああ、あの球体兵器……アバドンの事を我々はそう呼んでいるのだが、アレに恐れをなして逃げる者が後を絶たない」
「逃亡者を捕まえて罰則を与えたりしないんです?」
「騎兵隊員ならそうするが、雇われただけの賞金稼ぎにはそこまでしないよ」
「人道的ですね」
「どんな窮地でも良心を捨てたらいけないのが我が家の家訓なのでな……ここで待っていてくれ」
通されたのは小さなテントだった。寝転がるくらいのスペースはあるが、三人も入ると狭すぎる。どれだけ足掻いても必ず隣の身体と接触してしまうだろう。
「変な所触らないでくださいね」
メルが牽制した。
「触らねぇよ、もしここで寝るとしてもその時は外出るから安心しろ」
「やれやれ、中年には辛い扱いだぜ」
ひとまずヴァージニアが来るまではテントで大人しくしていよう、スコッチを挟んでヨハンとメルは並んで三角座りで待つ。スコッチはペタンと座って足を伸ばしている。
この時間がもったいないなと思い、ヨハンはクリスの日記を再び読み始める。翻訳はスコッチを挟んで隣にいるので問題ない。
「記述にあるアバドンは一箇所だけ、ペイルライダーが蛇と呼ばれる巨大物体に侵入する際に巨大物体の子機として登場している。
これによるとペイルライダーはアバドン相手に有効打となったらしい」
「だが巨大物体相手には苦戦したらしいな」
「ああ、ひょっとしたらペンギンダーの装甲が異常に硬いのは巨大物体と戦うためじゃないのか?」
「そうなるとアバドンはヨハンが、それ以外は俺が担当した方がいいな」
各々の役割分担はあらかじめ決めておかないと、いざと言う時に連携が取れない。しかし今はこれだけしか決められないのはいかんともしがたい。
次に何ができるか考えようとした時、外がにわかに騒がしくなって来た事に気が付いた。気になってテントから出ると。
「襲撃だああ!!!」
と誰かが大声で叫ぶ声が真っ先に耳に入った。
同時にヴァージニアがこちらへやって来るのが見えた。彼女は息を切らせながらテントまで走り、手前で止まると出迎えたヨハンとスコッチに命令を伝える。
その姿はまさに隊長と呼ぶべき凛々しいものだった。
「球体兵器の襲撃だ、ヨハンとスコッチは私の指示に従い前線へ向かう」
「了解、出番だスコッチ」
「ああ」
「メルは私と共に後方支援についてもらう」
「は、はい!」
こうして各々がアバドンと戦うために前線へと向かう、メルも一緒というのは驚いたが、目の届かない所に置いていって女に飢えた男に犯される可能性に晒されるよりかはマシかもしれないとヨハンは考える。
――――――――――――――――――――
時刻は夕方、もうあと数分で空が黒く塗りつぶされるだろうという時間帯。丘陵地帯の向こうから蜘蛛の大群を思わせるアバドンの群れがやってきた。
騎兵隊は球体兵器と呼んでいるらしいが、実際その名前のとおり球体に足が生えただけの不気味なものだった。
「あれがアバドンか……気持ち悪いな」
双眼鏡でアバドンを観察しながらヨハンが呟く。同じくアバドンを観察していたスコッチが辛辣に返す。
「お前のペイルライダーも大概だぞ」
「失敬な!」
二人は双眼鏡を仕舞い、代わりに召喚銃を取り出す。
それはこれからペイルライダーとペンギンダーを呼び出すという合図でもあった。
「ヴァージニアさん、今動かせる戦力と敵戦力を教えてください」
「こちらは機械人形が四十五機と歩兵が百二十人、球体兵器は全部で六十機だ」
「わかりました。とりあえず俺達が先行しますので後は適当にお任せします」
「ああ、無理はするなよ」
無理はしないのがヨハンの流儀だ、生命あっての物種という言葉もある。何事も生きてるからこそ成し得るのだ。
「しませんよ、ところで一機倒したらいくら貰えるんです?」
「銀貨十枚」
「全部俺達がぶっ倒してきてやるぜぇ!!」
無理はしないが無茶はする、たとえ死ぬとしても生命をかけるからこそ得られる物もあるのだ。つまり金のためなら死ねる。
銀貨十枚あれば一ヶ月ははたらかなくてもいい、それを六十機分あつめれば五、六年ははたらかなくてもいい上にしばらくは遊んで暮らせる。
それどころか当面の発掘資金にもなりえる。
金が絡んで目の色変えたヨハンを見て一同は呆れ果てた。
引鉄がひかれ、程なくしてペイルライダーとペンギンダーが降りてくる。その異様な登場に他の兵士や賞金稼ぎ達は驚いたが、そこは一週間戦い抜いた戦闘のプロ、すぐにアバドンへ意識をむけて銃を構える。
『俺は正面から撃ちながら移動する。スコッチは右から頼む』
『承った』
あまりにも異質な二人であるが、機体から聞こえてくる会話は頼もしい限りで聞いていた者に安心感を与える。
もしくはそれを狙ってわざと会話したのだろうか。
戦端を切り開いたのはペイルライダーだった。小高い丘の上から精密射撃でアバドンの真中をショットバレルのライフルで狙撃、見事一撃で機能停止させる事ができ背後の部隊から歓声があがる。
それもそうだ、アバドンの走行は硬く、弱点とされる真中は比較的薄いだけである程度近付いて何度も攻撃しないといけないのだ、それを遠距離から一撃で仕留められただけでも兵達の士気は向上する。
『こいつは気分いいな、もう少し狙撃してくわ』
『調子にのるな』
ペンギンダーが腹這いになってブースターを全開にする。トボガンと呼ばれる移動方法で前に進み、丘をジャンプ台のようにして飛び上がってアバドンの真ん前へ着地した。
そのまま腹這いで進み、鰭から出したブレードで手前のアバドンの足をすれ違い様に切り裂いて地面に伏せさせる、倒れたアバドンの真中にペイルライダーの射撃が命中し爆ぜる。
ペンギンダーはそれ以降もアバドンの群れの中を引っ掻き回していく。
足を切り裂かれたアバドンは倒れ、たまに二足歩行に戻して直接アバドンを切り裂き、時には嘴を突き刺して倒したりもする。
そのあざやかな活躍に士気は更に上昇し、兵達は次々と前進を行いアバドンを屠っていく。
『俺の銀貨十枚があああ』
『協力は大事だぞヨハン』
『くっ』
負けじとペイルライダーも前に出る。棺桶を振り回して周囲のアバドンを吹き飛ばす。あの日誌にある通りペイルライダーはアバドンに対して圧倒的に強かった。
右手で射撃して屠り、左手で棺桶をぶん回して殴る。
あまりにも豪快な戦いぷりに近付くことができない。それでも勝っているという現実は確かで、敗戦の色があった兵士達に活力が蘇っていった。
戦闘開始から僅か一時間、アバドン六十機は全て活動を停止した。無論こちらの損害はほぼ無しだ。極一部、ペイルライダーの棺桶に巻き込まれた可哀想な機械人形がいるだけで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます