16
ナンノの妹、ホクト。
セイホやトウマのようにナンノに逢いに来る性格ではないようで、確執があるのかと危惧してみても三人に拒絶する様子は別段ない。間接的に関わり合いがあるだけで、括られる界隈が常軌を逸していても、人工物で襲ってきたり、大勢の人の形でやってきたり過度な干渉がないのは、まともの部類に入れられるのかもしれない。
この一ヶ月で出てきた個人名はホクト一人だったことから、三人から好意的な人物とされているようだ。
「旦那様、ホントに申し訳ありません。二人には言い聞かせましたのでお許しください」
「「お許しください」」
ナンノの両サイドで頭を下げている二人の妹は頭を腫らしていた。
「ホントに旦那様と仲良くしたかっただけのようです。愚妹は本質に従っただけなので今後はご安心ください」
「「ご安心ください」」
安心とは?
「さあ。準備なさい」
「「はーい」」
「セイホのせいで怒られた」
「トウマのせい」
相手に責任を押し付け戯れ合いながら二人は去っていく。二人を見送るとナンノは居住まいを正した。
「旦那様予定していました通り、ホクトの元へ向かいたいと思います」
尋ねる前にナンノは続ける。
「ご安心ください。愚妹の中では一番理性的です」
括られるところがまともじゃない。
だから、安心とは何ですか?
ナンノはトウマの道具を眺めている。道具の使用方法について語るのではないかと気もそぞろ待っていると俺の視線に気づいて軽く会釈をした。
「失礼しました。旦那様、改めて謝罪させていただきます。愚妹の言動のなさ申し訳ございません」
いや、別に。
「ほんの数ヶ月接して旦那様も察しの通り、あの通り我が儘なもので大変ご迷惑をおかけしております。私もなのですが旦那様とどう接していいものか判断しかねる場合が多いもので困惑しているところがりますのをご理解頂ければと思います。それでも駄目だとおっしゃるなら……」
駄目だとは云っていませんよ。
「ありがとうございます」
駄目だと云っていないけれど、牢屋の中の生肉になったと思っています。
のらりくらりと同居を続けてみても隠れ家の続きみたく、普通の生活。取り立てて言葉にする異常性はセイホの糸ぐらいで平穏無事に生き長らえている。
「特にホクトに関して相性は抜群かと。私を封印した力は旦那様には通用しないでしょう。封印について詳しく知りたければ当人に聞くほうが解りやすいです。あの子は従順ですから説明は上手ですし、二人のような無礼を旦那様に行いはしません。自ら行動をするタイプではないですからね」
え、そうなの?
「はい。扱いやすい子です。ある意味道具のようだと言い換えられるでしょうか」
道具?
「道具という物は主人の命令だけに従います。感情というモノがないから、意思もないからっぽです。争い事のない理想郷を望むのならセイホの作り上げた街が平穏無事な居場所なのかもしれません。ですが、そういった思想は一般からは否定されますが」
そうですね。
「完全に心を落ち着かせるのなら、感情というモノを捨てるべきかと思います。近づけるという点においてはさきほども触れました通り、理性に支配させるのがもっとも安心に近づけるのではないかと」
無理。
「旦那様の場合は難しことではありませんよ。もっと、悪逆非道を尽くせばいいだけです。自分の思い通りになれば、心配はなくなるでしょうから」
俺をなんだと思っているんですか?
「あらあら、旦那様はりっぱな犯罪者でしょうに?」
「お姉ちゃん、準備できたよ!」
「姉上?」
タイミングよくセイホとトウマが戻ってきて外へと促された。ナンノは出発前に外での食事を準備していたらしい。昼時で天気は晴れに所々分厚い雲が流れていて、食事に適した雰囲気の食卓が整えられている。二人の準備はこれだったようだ。
「旦那様お席にどうぞ」
席に通され待っていると、小動物のように何かを待っている二人が見えた。
「お姉ちゃん、他に何か手伝おうか?」
「いいえ。旦那様のように静かに座っていなさい」
「姉上」
「すぐに準備しますから」
「「…………」」
淡々と答えナンノは二人に背を向けて去っていった。
全員席について出された肉料理の香りと見た目に抗えず美味しく頂く。食事を始めたからといって静かにならないトウマは毎度活発だった。
「お姉ちゃん。明日の献立は何?」
「食べているそばから明日の献立ですか?」
「うん!」
「自分で献立を考えては?」
「えぇ、知ってたら僕が驚けないよぉ」
「我が儘ですね」
「セイホ、考えてよ」
「トウマが料理されたらいい」
「おい、僕を莫迦にしてるだろ!」
「莫迦にはしてない莫迦だと思ってる」
「同じじゃないか!」
「献立が考えられないのは莫迦?」
「それぐらい僕にもできるし。セイホは料理下手だろ」
「……、作れる。お味噌汁? 得意」
「疑問符じゃん。僕は作ろうと思えば作れるもんね」
「不器用なくせに手先は器用。でも、献立は考えられない」
「お前、云ったな。明日、勝負だ!」
「いいの? 自分、実は料理が上手くなっていたり?」
勝負事の段取りを始めた二人を尻目にナンノは云う。
「明日から献立は二人分なりましたので楽になりました。明日は何にしましょうか? 旦那様」
「「それだけは勘弁してください」」
「旦那様。水をどうぞ」
ごちそうさまでした。
満腹になって食後の水を口に含んでいるとトウマが自慢げな顔をする。忙しない。
「提案、提案! ホクトのところには自動車で行こう」
言うが早いか、トウマはポケットから掌サイズの物体を取り出して操作した。
轟音。
正体を探すと湖が割れていき、水面が落下していくのが見て取れた。触れるとぽっかりと穴が開いた大樹よろしく奇怪な現象だけれど、まともじゃない狂人のやることだから納得するしかないと諦めている自分がいた。
割れた湖の地下を恐るおそる覗き込むと水浸しになっていても、水没はしていない。四角い空間が広がっていて黒い物体がいくつも並んであり、心が躍るのを一生懸命押させている俺だった。
興味など毛ほどにも沸かない二人に対して、はしゃいでいるトウマはその黒い物体を指差している。
「ほら、自動車作ってみたの」
自動車は個人で作れる物なのだろうか。
そもそも、あれは自動車なのか?
一般的にある自動車とは、馬車の馭者席にタイヤをつけた二人乗りの乗り物。並べられているのは角が丸い長方形状の鉄の塊にガラスが取り付けられた物体だった。
「あるじ様、近くで見てみて」
呼ばれるのに逆らわずウキウキ気分で艶やかな鉄の塊に近づいて中を覗くと、椅子あって四人は座れそうだ。内側が革張りなのはトウマの好みなのか外の形状と合わせてカッコ良くみえる。
「気に入ってくれた? あるじ様にあげるから乗ってみて」
自動車は高価な物ですよ。
「名前はすぽちゃん」
名前は決められてるんだ。
「運転の仕方教えてあげる。とりあえず丸いのがハンドルで、ハンドルがある方が運転席ね」
云われるがままに乗り込むと隣にトウマも座る。自動車に憧れがあった俺は少しだけ知識があって経験もあった。彼女の云う各箇所名称はさっぱりだったし、擬音だらけの説明だったからなんとなくのニュアンスを持って実践で覚えてみるしかない。
「あるじ様いいよ。ぶつけてもいいから動かす動かす!」
豪快な先生だった。
キィを回しエンジンをかける。ギアを入れアクセルを踏む。うたかたの記憶を頼りにすぽちゃんは先生に似て豪快に発進した。割れた湖からの脱出。爆音を轟かせながら鉄の塊は草の道を走った。がたがた身体を揺らして慣れも均されていない地面を走行する。ハンドルを切って曲線をかいて縦横無尽にすぽちゃんは謳歌した。
「ぎゃはははっ! あるじ様、最高じゃん!」
少しの前進でも早く感じたのに、慣れは速度を上げていき愉快さも増加させた。
た、楽しい。
「でしょ?」
見慣れない視界の移り変わりが心拍を上げ興奮を高めていく。楽しいと時間が過ぎるの忘れるらしく、いつの間にか静まり返っていたトウマが部屋で云いかけていた続きを口にした。
「あ、あるじ様、あのね」
面と向かわない状況が、彼女にとっては話しやすいのかもしれない。
「この前は意地張っててホントにごめんね。あるじ様だけにぎゅっとしてたからお姉ちゃんを盗られたと思って」
ぎゅって何?
「あるじ様を壊そうとしちゃった」
勘違いで殺そうとしないでください。
「それに知らない玩具に出会ったら、怖くて壊しちゃいたくなるよね?」
なりません。
人見知りで壊されたら堪りません。
「お姉ちゃんがあるじ様にぎゅっとして、僕にぎゅっとしてくれないのは、嫌っているからなのかなぁ」
俺の居た堪れなかった経験を想起しないで。
「それと……、セイホとも仲良くなっちゃうし……」
二度目の殺意はそっちが理由だったのでは?
自動車の駆動音が流れる中、トウマは会話を続けた。
「本人には言わないけどね。僕を気にしてくれているのは気づいているんだよ。でも、あんな性格だし、僕も莫迦だから、喧嘩しているようにみえるけど。実は仲は悪くない」
どうみれば喧嘩しているように見えます?
「え、あるじ様にはどうみえる?」
戯れあって見えます。
「ほ、ほう。あるじ様も異性の肉体には興味あるんだ。衣類を作るときは細部までの知識が必要だからね!」
何の話をしてたっけ?
「僕もねいつもあるじ様の裸体を観たくて水浴びを覗こうとしてるんだけど、お姉ちゃんに止められるんだよね。だから、困ってたの」
誰も了承なんてしてませんけど。
いらないカミングアウト。
「おっと、あるじ様、落ちついて運転する。横にブレてるよ」
動揺するでしょう。
「ま、いっか。それでね」
話もかなりブレている。
「セイホは感情がなさそうに見えてしまうけど、押し殺しているだけでホントはある」
回想してみると艶美な口元の釣り上りが思い出されて、背筋を寒くする。
あれは何かな?
「自分のせいでお姉ちゃんが封印されるきっかけを作ったのをいまでも気にしてる。お姉ちゃんのためだったから仕方がなかったのに。
ま、それはいいとして」
いいんだ。
「でねでね、セイホがあんなに苦戦しているの初めてみたなぁ。大抵はすぐにお人形にしちゃっているのに。あるじ様は特別なのかな? 遊んでるだけかなぁ。でもね、あるじ様のおかげで、前よりもよくなったのは間違いないよね。たまにね、セイホと遊んであげて、困ってたら助けてあげて。ね、あるじ様。あるじ様? 聴いてる?」
運転楽しい。
「あるじ様、セイホを怖がってる?」
いいえ、全員怖いです。
スピードのコントロールができるまで、ストップスタートを何度か繰り返してある程度すぽちゃんの運転に慣れたころ、視界に手を振ってるナンノに気づいた。近づいて行き、静かに停車。
「お姉ちゃん、見てた! あるじ様、上手いよね?」
ガラス窓を開口させてトウマはナンノに同意を求めた。
「愚問です」
すぽちゃんには荷物を多く積める場所が後ろにあり、各自必要な物を詰め込んでいった。とはいっても持ち物は少なく、多くはトウマの所有物が半数を占めている。足りないものはあとで手に入れるとして一つ問題を思い出す。荷馬車、特に馬こと非常食をどうするかと考えていると馬がいないのに気づく。
…………。
ああ、察し。
運転席に俺、隣にトウマ、後ろにセイホ、ナンノと席を埋め出発の準備はできたのだけれど、ホクトの正確な居場所は聞いていなかった。毎度タイミングよくナンノは口を開いてくれるのだけれど、内容が判然としない。
「旦那様申し訳ありませんが運転をよろしくお願い致します。とりあえず、王都に向かって頂ければ問題はありません。行く途中に門の一つや二つはあるでしょうから、ゴミから情報を奪います。ホクトは長く捕まっていることでしょうから、噂ぐらい立っているでしょう」
はい?
俺の疑問符を読み取ってナンノは隣のセイホを見た。
「セイホ、旦那様に伝えにトウマの部屋に行ったのでは?」
「てへっ。忘れてた」
「何をしているのですか」
「ぬし様」
セイホは人を揶揄するように艶やかな唇を動かした。
「ホクトは王政に投獄されてる」
なんですって?
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