25

 うぅ。うぅっ。

 あれ? デジャヴ?


 こんなに疲労困憊したのは何年ぶりだろう。

 テントで横臥になっていた俺は寝返りを打って痛みを実感していた。寝返りを打った方向に女性が背を向けて三人寝ている。


 うーん。何度同じところに寝ているんだろう?


 痛みに耐えつつもう一度寝返りを打つと、スーツ姿の女性が一人並ぶようこっちをみて横になっていた。


「こんばんは、夜這いのお願いにきたわ」

 数秒前はいなかったでしょ?


 目隠した緩んだ口元には黒子があったようだ。右も左も地雷しかない中、身体の痛さも限界でそのまま動くのを止めた。


 寝よう。

「はぁはぁ、放置ぃ!」

 人に汚名を着せる天才だった。


 無視をするのは彼女にとって大変喜ばしいことらしいけれど、こっちにとっては全くその通りではない。疲れて思考がばらばらであっても相手にしないほうが悪い方向に進むのが見て取れた。


 何か用ですか?


 一人悶えている彼女は我に返ったらしく、片手で縦の三角枕を作り向かい合って横になった。艶美な大蛇が横たわっている感覚を味わいつつ、スーツ姿の女性は云う。


「昼間の姉妹の行動についてご主人様に説明が足らない部分があったと思うのよ」


 説明が足りないのは、説明が突如されるのはいつものことで流れに乗っている自分にとっては、この姉妹に関していつ通りの事柄であると脳が麻痺していた。けれど、よくよく自身の状況は異常である。


 彼女は表面上は常識から逸脱した人間だと思ったのだけれど、内面は常識のある大人の女性なのではないだろうか。見た目も相まって頼れる人と思わせる口調は安心感を持てる。


 説明をしてくれるのなら聞いておかなければと思う反面、体力の消耗により聞けなくなりそうでも、説明したそうな彼女にお願いしてみることにした。


「助かるわ。ご主人様。説明に服従……じゃなかった重複する箇所が大いにあっても初めて聴くように聞いて」

 いらない間違いはいらないです。

「魔術と技能は同じ結果をもたらすのに魔術が上位の力とされるのは、無から有を生み出すから。


 何もない状態から魔力を使って火で焼いたり氷で潰したり、消音弾を打ち込んだり剣で切り刻んだりとさまざまな使い方ができる。詠唱により想像を具現させ実行に移せる汎用さは目によく映り人々の外敵魔物を討伐できる魔術を神秘としているから。


 人々は全てを賄える神秘の魔術で物事、事柄が片付けられると錯覚しているの。人の命は救えないと知っていながらね。


 魔術は万能に見えて医療行為は扱えない不完全な力。医療行為には技能が必要であるにも関わらず、技能は魔術ほどの優位性はないとされているのは、ご主人様も知った通りセプテムの基準が魔物を討伐し平和にするのが一番とされているからなのよ。


 まあ、それはいいとして。


 魔術と技能はどっちが優れているのかという表面上の価値ではなく、重要なのは両方に共通する熟練度。無から有を生み出そうが人の命を救おうがどちらにしても、熟練度が低ければ大きな力を扱うことはできないの。


 石を投擲するとして、一キロの石と百キロの石をそれぞれ投げるには魔術でも技能でも熟練度がいる。重い石を投げたければ経験がいる。経験を積まなければ熟練度は上がらず石を投げる魔術士と岩を投げる農民じゃ大きな差が生まれるわ。


 トウマが攻撃を受けても無事だったは不老不死だからではなく、相手の攻撃力より自身の耐性力の熟練度が上回っていたから。何度も捩じ切られる以上の経験をしていたから攻撃が通用しなかった。驚く事実じゃなく経験の差によって相手が弱かっただけの話なの。経験の蓄積は熟練度となり各々に見えない力を与えてくれている。


 レベルや英雄などの見える結果は慢心を呼び成長を止めさせる。セプテムは実はいまが平和なのかもしれない。平和へと近づく努力をしていると思っているいまが終わったら、見た目が人間同士の争いが始まるだけでしょうからね。


 まあ、長々話したけど、手前たちはご主人様が強くなれると言いたかったのよ」

 は、はぁ。

「さっきは実践だった。でも、実践じゃなくて筋トレでもいい。負荷をかけることで実践に匹敵させられもできる。コツがいるけどね。手っ取り早いのは実践よ。生死をかけた実践は熟練度を通常よりも増加させる。ご主人様はあっと言う間に誰よりも強くなれるの。


 どう、わくわくしないかしら?」

 首を横に振る。

「あれ? ご主人様はそうではないみたい。男性はそういう生き物ではなかったかしら? 優越に浸るのが大好きな生物ではなかったかしら? おかしいわ、ご主人様、強くなるのは嫌かしら?」

 まあ、嫌です。

「はは、即答か。面白い」


 落ち着いて笑うホクトに続けて考えを述べてきた。


「強さを手に入れたら何もかもが思いのままよ。


 プライドという見えない見栄を護るのが本能というかアイデンティティというか。それが男の魅力だと言わんばかりのナルシズムにしとけば食事なんていらいないよ、生きていけるんだよ。だから、周りには女がよってきて持ち上げるのが役割だよ。だから、護ってやるよ。最強じゃん。どうだ、いいだろ。これがやりたいんだよ。悪いか、わははってなご主人様になれる」

 誰がなりたいんですか?

「女に護られる恥辱を経験しなくて済む」

 俺の心をずたずたにするのが趣味ですか?

「まあ、三人に命令すれば努力しなくても大抵の願いはすでに叶ってしまうのだけれど」

 叶ってませんけど。

「命令すれば、ね」

 …………。


 そう、飄々と言葉を口にしている彼女の見えないはずの視線が鋭く感じられた。セイホのものでもないトウマのものではないナンノのものでもない、また、違った部類のモノ。


 猛毒と呼んでしまいそうな遅効性のある劇薬。発症して手遅れのときに気づかされる、そんな狂気を確かに彼女は孕んでいるような、そうじゃないような。


 そんな彼女は何が云いたいのだろう。何を言わせたいのだろう。


 彼女は一番欲望に忠実な選択をさせようとしている、そんな気がした。


 丁度いいい機会だ。言ってしまおう。


 そう、思うと空気が一気に張り詰めた。


 俺は構わず言った。


 無駄な時間だと思います。


 俺の一言に彼女は少し頭を傾けた。


「あら、今日みたいな修行が?」

 そうです。

「そうかしら?」

 そうです。

「では、どういう時間が有意義なのかしら?」

 四人が一緒に楽しむ時間です。

「…………」


 彼女は口を少し開いたままにすると、そっと唇を閉じた。張り詰めていた空気が萎むように周囲に穏やかさが漂い、納得した声色で一言呟いた。


「やっぱりそっちだったか?」

 そっち?

「思いやりばかりのご主人様。ねぇねに云われたりしてない?」

 泥棒に思いやりはないですよ、えっと、ホクトさん。

「奴隷にさんはいらない。手前は物なのだから。ドヤ」

 全然カッコよくない名言が生まれた。

 奴隷にした覚えはないですけど。

 その、ホクト、自分たちを中心に時間を使うように三人を説得してくれませんかね?

「手前が?」

 ナンノは貴女は従順だと云っていた。話してみて、俺もそう思いました。変態要素を除けば考えに関して三人よりかはまともで中立だと思うんですよ。

「変態と云うのね」

 俺を知らない貴女なら、俺の不必要性を、足手まといである事実を願い出てくれるのでは? 三人は何を言っても取り合ってくれそうにないので困っているんです。


 俺を疑うことのできる貴女ならはっきりと事実を口にしてくれるのではないでしょうか? 姉妹の中に、赤の異性の他人が紛れ込んでいる状況というのは現実的ではないと思うんですよ。

「ご主人様には何か隠し事が」

 逃げたいです。

「隠すとこじゃない? 普通口ごもるところじゃない?」

 逃げたい、かなり逃げたいです。

「あまりにも清々しい台詞! はは、あの三人に逃がさないと云わせるわけだ」


 一人納得する彼女は口の端を釣り上げてこっちを観た。


「教えるわ、ご主人様。三人はね。恩返しがしたいの。でも、方法がなかったのよ」

 俺は。

「何もしていないってのは云いっても駄目よ。ご主人様が意図していなくてもしてしまった。恩返しは相手に恩を着せて感謝はさせるものではない、相手から一方的に押し付けられる子供のような我が儘をそう呼ぶの、だから、ご主人様が決めるものではないのよ」

 何それ?

「やっと、見つけて嬉しかったのね。だから、今日はあんなに楽しそうだった」

 …………。

「ねぇねのおとぎば話通り、手前たちがご主人様より多く経験しているのは暗澹なモノばかりだから人のために役に立てそうなモノはないし役立てられないのだけど、それでも全員で返せるモノは共通している過去から強引でも見つけるしかない。逃がさないといいながらも、一緒にいてもいい理由を探しているの。ご主人様に必要とされたい、尽くしたいの」


 ――私たちはアナタたちではなくこの方の力になりたい。いつまでも本質を護っていただけるように』


 …………。

「手前たちからもっとも離れた存在はこんなにも、精神を幼くさせてしまうものなのね」

 ある意味幼いですね。

「生きるのに何か目的があるのかしら? あるのなら手前たちは協力はできると思う」

 じゃ、逃げたいです。

「ご主人様と一緒に逃げたら、手前だけが三人にボコボコにされるわ。はぁはぁ、ご主人様、協力してもらえる?」

 それ逃げられてないです。

「調教じゃなかった、協調お願いするわ」

 色々訂正がいりますけど、全員会ったばかりの他人をを信用するものじゃないですよ。

「信用? いいえ、信頼しているわ。ご主人様が見せてくれている光景は手前たちが多年思い描いた青写真だから」


 そう云うと、ホクトは涙を抑えるように目元を拭って小さく笑った。


「ごめんなさい。ご主人様は泥棒だったわね? ホント悪事を働いているのね。悪事を犯し過ぎではないかしら? 特に会ったばかりの姉妹の願いを叶えるなんて、罪人だわ」


 あれ? あれ? これは、まさか、残念な展開なのでは?


 ここまで彼女と話して直感した。この人、まともと思ってたけれど、


「ご主人様からしたらただの子供の我が儘に付き合わないといけない面倒ごとだと思うけど、遊んであげてもらえないかしら? それとも、ご主人様は気づいたから今日は付き合ってあげたのかしら? 手前たちより強くなったら逃げられると。女の恩返しを利用して欲望を叶える。なんてご主人様は悪逆非道なの」


 まごう事なきナンノの妹だ。


 あぁ、絶対、俺の願いは叶わない。全く逆の方法へ事が進んでいってしまうのが理解できる。いらない直感力の熟練度が上がっているのではないだろうか?


 俺の思考なんて無視してホクトは云った。


「仕方がないから片棒を担いであげる。その代わり三人に対してイライラしたら手前が抑圧を随時受け付けているから、サンドバックご使用よろしくお願いします」

 ただの本音じゃね?

「両方旨味があって美味しいおいしい修行の始まりはじまり」

 あぁ、あぁ。

 ふぁぁ。

「ご主人様?」


 なんだか話していた眠くなってきた。疲労困憊であるのに残っていたエネルギィが底を尽きてしまうようだ。


「眠いの? ご主人様」

 明日は、筋トレでお願い……zzz。

「あら、寝ちゃったの? 会ったばかりの他人を信頼しているのはどっちよ? ホント何も訊かないのね。いましか見てない。自慢してしまう気持ちが解るわ。ゆっくりお休みなさいご主人様。


 さて、安心した? ご主人様は明日から筋トレを所望よ。頑張らなくてはね。手前たちの闘いはこれからのようだわ。


 あら? 返事は? 心配していたから訊いてあげたのに。ねぇ、ちゃんと、聴いてたの?」

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悪名 道茂 あき @nameless774

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