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 俺はこれからどうしようかと、ダンジョンの最深部で立ち尽くしていた。


 松明が何本も点いていて随分と明るいから最深部に思えないのだけれど、れっきとした土臭さと湿っぽさのあるダンジョンだ。


 死臭も加わっている安全地帯でもないこんな場所からとっと去りたいのだけれど、入口という名の出口は閉じてしまっている。脱出方法にテレポーテーションがあっても、高度な魔術の使えない俺は八方塞がりだった。


 そっと隣に目をやると、メイドさんがいた。


 ナンノと彼女は名乗ったダンジョンの最深部で寝ていた狂人である。


 常人であればさっさと退散する場所で惰眠を貪っていたのは余裕だからなのか危機管理が鈍感だけなのか、たぶん前者。遺体を踏み潰して地面に埋もれさせるのは常人には無理だからだ。


 関わり合いのない強者の女性を俺が拾ったというのだ。それも旦那様と呼ばれる始末。岩影から石を投げて熟練度を稼いでいる人間が人を拾うなんて、そもそも拾ったなどとずうずうしいにもほどがある。


「申し訳ございません。拾われたなど偉そうな発言を致しました」

 違うんだ。貴女のことじゃないんだ。俺のほうが弱いのに強い狂人を拾うなんて身の程を知れという意味だ。

「安心しました。やはり、拾って下さった」

 いや、だから、えっ? なんで俺の心が読めているんですかね?

「従える者として、旦那様の気持ちを汲み取るのは初歩の初歩でございます」

 狂人って言ってごめんなさい。


 魔術、魔術だよね?


 詠唱聞こえなかったけれど、人の心を読むなんて魔術なのだろう。人間関係を破壊する魔術……。


 こんな魔術があって大丈夫か?


 一般的に知られているのか定かではないけれど、俺は知らない。


「あの旦那様。ここはどこなのでしょう? ダンジョンでしょうか?」


 俺は頷いて肯定する。


 付け加えてダンジョンの最深部にいて、外へ脱出しようにも入口が塞がれているため脱出方法がないのだと必死に説明した。


 高度な魔術を使えるメイドさんならテレポーテーションが使えるのではと期待が生まれた瞬間だった。俺の心を読んだらしく首を残念そうに横に振った。ああ、希望を大きく持つと絶望の反動が大きいものだ。


「申し訳ございません。この私、旦那様の望みを全て叶えられる力をいまは持ってはおりません。いまの私にできるのは、この死臭が身体に感染る前に旦那様を地上へお連れするぐらいです」


 メイドさんは有能だった。


 ここをメイドさんが死臭で充満させたうんぬんは置いといて、俺の心情がダダ漏れなのも置いといて、ダンジョンから脱出できるのはありがたかった。


 テレポーテーションはセーフティエリアか上級の魔術士が扱えるモノだ。実際に体験はないけれど、一瞬で指定箇所へ移動可能で今回のように出口がない場合にかなり有用なもの。


 メイドさんよろしくお願いします、と俺は頭を下げた。


「了解しました。あらかじめご了承願います。旦那様のお身体に触れなければなりません。どうか、ご寛恕願います」


 触れられるだけで地上に戻れるならありがたいことはないから、文句を言う人はいないだろう。俺はこくこく頷いた。


「では、旦那様行きます」


 メイドさんは軽く飛翔し、天井へ拳を叩きつけた。薄く張った氷にひびが入るようにダンジョンが割れ、空が見えた。


「旦那様失礼します」


 軽々とメイドさんは俺を持つと落下する大岩を乗り継いで、地上へ出た。テレポート。物理的な瞬間移動だった。


「旦那様お待たせしました」


 俺は願った通り地上に立っていた。眼前には微笑んでいるメイドさんがいて、後方には落下する大岩と飛んでいく大岩が、よく見える。落雷かと思う轟音が十数秒響いて俺は震えた。


「武者震いとは流石です」

 うん、ビビってるだけですから。俺を立ててくれている気遣いにもっと震えてますから。


 メイドさんは一言もテレポーテーションができるって云ってなかった。むしろ、首を横に振ってた。ちゃんと、話を聞かないとね、俺。


 ダンジョンは崩壊した。


 崩壊していなかったら再度アイテムを取りに戻るつもりだったとか考えていたわけではないけれど、ダンジョンが崩壊するのを目の当たりすると常に危機と隣り合わせだったんだと再認識させられるし、崩壊させた当人がそばにいる状況が受け入れられないというか、彼女が俺を慕ってくれている理由が判らないというか。


 とりあえず、面倒な事案を解決とは言わなくても整理するために、ダンジョンから走って逃げている俺。


 色々な現実から逃げたい、俺。


 幾ばくか離れた高台から、ダンジョンのあったところを観ると崩壊を教える穴がぽっかりとあいている。俺たちのいる場所が後の見物場所になりそうな気がしてきた。


 全速力で走ったというのにメイドさんは、息も切らさず元気よく3歩離れた位置で佇んでいる。


 そうだよね、俺よりも強いもの。


 俺は息を吐いて、少しだけ冷静さを取り戻してみる。


 とりあえず、多くの問題は置いといて、近くの水場に行くべきだと思った。メイドさんを観る。彼女は血まみれ土埃まみれだ。この姿のまま居させるのはどうかと思うぐらいの気持ちを一応持っていたのだと、認識しつつ思案にくれる。


「お気になさらずに、私は旦那様の片腕。女を捨てる覚悟はございます」


 あれ? 片腕になってる?


「ですが、旦那様に見苦しい臭い目障りと云われましたら、辛いです」

 そうだよね、洗いたいですよね。


 考えるぐらいならまずは水場へと高台から見えるほどの河に足を向けた。

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