悪名
道茂 あき
第1章
1
――これは、俺の《悪名》が天下へ轟いてしまう冒険譚――
魔物が蔓延る地上セプテムで人々は生存するため魔術と技能を洗練させていた。皇帝は平和を脅かす魔物を多く討伐した者を英雄と呼び爵位を与え名誉、名声を彼らのモノとして富を保証していたけれど、治安が維持されていたのは王都セプテムのみで辺境の地の人々はダンジョンを住処とする魔物に怖れる生活を続けている。
さっそくダンジョンを探索しようと思うのだ。
冒険者ギルドで掲示板をみたところ、推奨レベルは30だという話だけれど、本当かどうか怪しいところだ。このダンジョンは最新部まで探索されていないらしいので、レベル30以上の冒険者が挑戦していないからなどの理由で数値を当てているに違いない。
だから、俺のレベルが推奨レベルに達していないと警告されても、信憑性はない。
人間同士の中立なら信用は置けても、探索に関しては冒険者ギルド職員はど素人だ。冒険者の情報によって作られた推奨を設定するなら、直接体験した方の助言がいい、と偉そうなことを言う時期が俺にもありました。
どうしようかな、まじで。
俺はひっそりと岩の影に隠れていた。
ダンジョンというのは魔物が掘ってできたとされているけれど、定かではない。
冒険者が探索したダンジョンはところどころ人工物があって危険度は少ないけれど、宝物はおおよそ取り尽くされている。だから、探索が危険なダンジョンとなってしまうのは仕方のないことだった。
攻略されたダンジョンは主にレベル上げに使われるため、便利な物がある、それはセーフティエリアだ。
宿、商い、テレポーテーション完備といたりつくせりであるのに加え魔物を寄せ付けない結界が張られている無敵な場所。そんな場所がこのダンジョンにあるはずもなく、目の前のたくさんの魔物に勝てない俺は、八方塞がりで隠れるしかなかった。
犬を無理矢理後ろ足で直立させた前かがみの姿。放置された体毛で全身を覆い尽くして、顔にぽっかりと開いた二つ穴に眼光はない。毛で覆われた口元辺りから唾液らしき液体が垂れているおどろおどろしい姿の魔物が、ダンジョンに犇めきあっている状況をみて心が踊りはしない。なんて場違いなところへ来てしまったのかと後悔するばかりだ。
入口へ戻ればいいじゃないかと賢くなってみても、魔物がいるんだから戻れやしない。助けを呼ぼうにも仲間はいやしない。そもそも仲間がいれば独りでここにいやしない。
一歩岩影から出てみる。
「うごごぐ!」
戻る。
何に反応していらっしゃるんですか?
じっとしているのも限界があるんで、前向きに行動してみればこれですよ。唸り声は聞えていたけど聞こえないふりをしていただけで、露骨に出さなくてもいいじゃないかと怒鳴りたい。いま怒鳴っていいことないから怒鳴らないけれど、唸っていてもいいことなんてありません。
掘られた穴の中に入ってるだけで、ひんやりと心地よい。土臭くて居心地は悪いけれど大人が何十人も手をつないでスキップできるほど広いのだから、俺が一人ぐらい通ってもバレないはずなのに、こっちを向いて何を確認しようとしているの? 魔物の皆さん。
ほらほら、こっちではなくてあっちを見てくださいよ。気づいてくださいよ。貴方方の背後から、俺の入ってきた入口から、ひっそりと冒険者が入ってきてますよ。
「鋭き炎よ、敵を穿て」
一人の魔術士から放たれた火炎魔術は、数体の魔物へと炎の刃を突き立てていた。
魔物は呻くまもなく心臓を根こそぎ奪われぽっかりと胸に穴を開けている。死体となった仲間が倒れる音で危機を察した魔物たちは振り返ったけれど、すでに次の詠唱が準備されていた。
「堅き氷よ、敵を止めよ」
地面から湧いた水は氷となり、魔物たちの足に絡みついて動きを封じる。歩けず四つん這いになって一方的に剣士の刃と錬士の拳を受けた。
一つ一つ倒されていく。魔術と物理の数の暴力を受けなければならないのは連鎖であり、自然の摂理だ。ざくりざくりと肉を引き裂く音がなるたび、地面が不気味な赤色に染まっていく。魔物の数は残り僅かとなってきた。そろそろ戦闘が終わる。俺は冒険者たちの戦闘を見ながら、戦場に向けてこっそりと石を投げつけていた。
熟練度稼ぎである。
いやはや、今日はついている。レベルアップダンジョンでちまちま戦闘していたら安全であるけれど、時間と金銭が大量に奪われてしまうのは頂けない。熟練度なんてものは強者の影に隠れこそこそと貪るのが効率がいいんですよ。
滅多にあるわけじゃないけれど、俺の悪運の強さは折り紙つきだから、普通よりかは経験が多い。これが俺の生きる道。と、他力本願を啖呵が切れる相手は一人もないから、冒険者たちの会話を盗み聞きしていた。
名前が判らないので顔面に渾名をつけておけば分かり易いだろうか。一緒に探索するわけでもないから、名前を覚えるのが面倒なだけだと口が裂けても言えない。
《冒険者A》「大したことはなかったな」
《冒険者B》「誰もクリアした記録がないから用心してたけど、余裕余裕!」
《冒険者C》「いけませんわ。油断していたら足元をすくわれますわ」
《冒険者B》「そうか? 即興のわりには上手く行ったと褒めるとこだろ?」
《冒険者A》「そうだな。油断は禁物だが、そう緊張ばかりしていてはいざというときに糸が切れるかもしれない。周囲に気配のないいまぐらいは喜んでいいかもしれないな」
《冒険者B》「そうだろう。これも参謀様のおかげだしな。ありがとな」
《冒険者C》「いえいえ、私はそんな」
傍から見ていい冒険者パーティがいる。けれども、妙なフラグが立っていると思えるのは俺だけか?
すかした剣士と能天気な錬士に加わった参謀魔術士。仲良く笑い合って俺たちの未来は安泰だと言っていられるのは数分ぐらいが限界だと結論付けるけど、俺には関係ない話なのでとっととダンジョンを出てしまう。
《冒険者B》「入口は閉じちまったし、さっさとダンジョンを探索しようぜ」
げっ!
入口が塞がれているって云いました? 最悪だ! 入口まで戻ってしまっていたらもっと落胆していただろうから最悪ではないかもしれいけれど、出口がないのは変わりない。
壁を掘って外へ出るまで時間がどれぐらいかかるか知らないし、出れる確証がそもそもない。脱出の可能性があるのはこの冒険者に便乗しつくすほうだろう。
《冒険者A》「さあ、行こうか」
《冒険者C》「そうですわね」
《冒険者B》「おーい、待ってくれよ」
俺は嘆息しつつ、死亡フラグ乱立しまくっている冒険者たちの後を仕方なくついていくことにした。
冒険者たちはさくさくと探索していく。俺は後を追いながら相変わらず石を投げ続けていた。熟練度がどれぐらい上がっているか知らないけれど、どちらにしてもやることは同じだし気にするだけ無駄だ。熟練度は経験でしか判別できない。
《冒険者C》「レベル50なんて、凄いですわ。私は30です」
他人に自身の価値を教えるのがレベルだ。パーティでは信用や信頼が付属としてついてくる、ついでに自信ぐらいか?
《冒険者A》「レベルなど、魔物を倒せばすぐに上がる。それよりも武器が重要だ」
《冒険者B》「俺は全然上がらんけど」
あとは異性にモテる。
《冒険者C》「その剣は名工に打っていただいた物でしょうか? 見せて頂けません
か?」
《冒険者A》「すまないが、これは代々受け継がれてきた妖刀で他者に触れさせることはできん」
《冒険者C》「申し訳ございません。差し出がましい真似をしました」
《冒険者A》「いや、気にするな」
《冒険者B》「おーい、俺を無視すんなよ」
冒険者たちはダンジョンを探索していく。暗く湿った中、三人の持っている松明が煌々と周囲を照らしていたが、空気は重いままだった。
《冒険者A》「それにしても」
すかした剣士は怪訝な顔で胸の内を口にした。
《冒険者A》「このダンジョンは奇妙だ」
持っている松明が道を照らし続ける。
《冒険者B》「何が?」
《冒険者A》「気づかなかったのか? 道中魔物と遭遇したが戦闘は一方的に片付いた」
《冒険者B》「うん? そうだけど、楽だったからいいじゃん」
《冒険者C》「ええ。魔物たちは何故か背後を見せていました。あのような事態がこれまでにあったでしょうか?」
《冒険者A》「ない。魔物が背後を見せるなど。殺してくれと言ってるようなものだ」
《冒険者C》「そうですわね。私にはダンジョンの奥を見ているような、何かを待っているように感じましたわ」
《冒険者B》「おいおい、俺にはさっぱり意味が判らないんだけど、説明してくれよ」
突如。冒険者たちが会話を途絶えたのを確認するように、周囲に明かりが点いた。
《冒険者B》「なんだ!」
ぼっぼっぼっ、と両方の壁に備え付けらていた松明に火が点っていく。冒険者たちは咄嗟に異変に対応するため身構えた。
《冒険者C》「何か、奇妙です」
《冒険者B》「な、なんだよぉ」
《冒険者A》「緊張の糸を張れ」
《冒険者C》「皆さんこれを」
《冒険者A》「これは?」
《冒険者C》「エリクシルです。完成品ではありませんが万能薬程度なります」
《冒険者A》「錬金術も使えたのか?」
《冒険者B》「うわ、すごっ」
《冒険者C》「よければ使って下さい。ですが言った通り完成品ではありませんので役に立たないかもしれません。それに私の手作りなので信用していただくしか……」
《冒険者B》「何を云ってだよ。もう、仲間だろ?」
《冒険者A》「助かる」
《冒険者C》「皆さん……」
冒険者たちは各々瓶の中身を飲み干しこれからの異変に備えた。エリクシルの効果が出始めたのか、三人は気持ちを整え探索を開始した。
《冒険者A》「行くぞ」
《冒険者B》「いいね。楽しくなってきた」
《冒険者C》「気を引き締めて参りましょう」
両足を引きずるようにして慎重に奥へと向かっていく。一歩一歩、丁寧に。突き当たりは道中より楕円になっていて、劇場のように広い。だが、暗い空気は漂ったままだ。
《冒険者B》「おい、見ろよ」
能天気な錬士の指の先には宝箱があった。
《冒険者A》「宝か」
《冒険者C》「わっ!」
《冒険者A》「どうした?」
《冒険者C》「じょ、女性が」
中央に置かれた宝箱のそばの窪みにそれはあった。ダンジョンには場違いなエプロン姿の女性が倒れている。外傷はみられない。冒険者たちは女性に駆け寄った。
《冒険者B》「どういうことなんだ?」
《冒険者A》「わからん」
《冒険者B》「何が、なんだか」
答えを見つける間もなく。からん、と固い物体が落下する音がしたかと思うと冒険者の二人が地面に崩れ落ちた。
《冒険者A》「こ、これは、ど、毒? エリク、シル」
二人の顔色がみるみると青白くなっていく。
《冒険者B》「あ、あんた、裏切って、仲、間、だと、おも」
言い切る前に能天気な錬士は気を失った。
《冒険者C》「あはは、裏切った? 私は仲間だと言った覚えはありませんよ。貴方たちが勝手に信じただけ。これは貰っておきますね。商人に売れば高値になりそう」
参謀魔術士は低い声で嗤うと、女性へ目もくれず宝箱へと向かっていく。目的の物だと理解した彼女。
《冒険者C》「ありましたわ。禁断の宝。これを手に入れるために、私は、私は」
参謀魔術士は満面の笑みを浮かべ喜々として宝箱を開いた。
《冒険者C》「えっ? からっぽ?」
喜びから驚嘆へ。
《冒険者C》「ない、ないない! どこにどこに。う、うっ、こ、これは、ど、」
参謀魔術士は胸を抑えながら、地面に倒れこむ。
《冒険者C》「そ、そんな。ここまできて。こんな、こと」
悲哀を顔に貼り付けたまま、彼女は気を失った。
《冒険者A》「ふぅ。一死報いれた。速攻、性の、代々、伝ってきた毒だ」
すかした剣士は言い終わると、満足げに気を失った。
奇妙な光景だ。三人の冒険者と一人の眠っている女性。俺はどうしたものかと思案したけれどとりあえず、毒で亡くなったであろう冒険者たちに手を合わせてからエプロン姿の女性に近づくことにした。
生きているなら助けるべきだし、手遅れなら看取ってあげてもいいのかもしれない。
美しい女性だった。白と青を基調とした花の刺繍の入った衣類に身を包んだ、髪飾りをつけた短い髪。整った顔立ちを隠そうと柔らかな髪の先端が顔にかかっているのが、可憐さを増幅させる。
眠っているようだった。
給仕をしてもらえたらさぞかし幸せな気持ちにさせてくれるだろうな、と妄想しているとそっと瞼が薄ら開いた。
タイミングが良すぎませんか?
彼女は湿った唇を動かして、俺を見た。
「……旦那様ですか?」
違います。
俺は咄嗟に逃げようとしたけれど、片手を掴まれて動けない。間髪入れずメイド服の女性はそっと微笑を浮かべる。
「助けていただいてありがとございます。旦那様」
感謝されているけれど、心当たりは全くない。女性は立ち上がるために俺の手を支えとしていたので、未来についてお礼を云っているのだと都合をつけてみた。
「あらあら、旦那様。少々お待ち下さいね」
見知らぬ人の言葉に従って逃げずに立ち尽くしたままなのは、見ていて安らぐ表情に惹かれているのだと理解した俺だった。
そんな女性は俺から視線を隣に移すと、別人かと思えるほどの鋭い目つきで三つの物体を刺していた。隣には冒険者たちの遺体がある。メイドさんはとことこ遺体に近づくと、
「この冒険者どもめが!」
暴言を吐きながら踏み潰し始めた。
なんで?
「ゴミがっ! 旦那様の視界を汚すとは何事かっ!」
さっきが夢のよう。
この人、滅茶苦茶口が悪いんですけど? 滅茶苦茶残虐なんですけど? 冒険者全員ぐちゃぐちゃなんですけど?
踏む踏む踏む。踏まれ遺体なのかなんなのか知らん肉片は、ずんずんと地面に埋もれ潰れていき最終的には姿形もなくなってしまった。
「はじめから埋もれていればいいものを」
毒舌を吐くと何事もなかったかのようにメイドさんは俺に向き直って、隠せない真っ赤な証拠を顔に貼り付けたまま笑顔で報告してくれた。
「旦那様、ゴミの掃除が終わりました」
なんだろう、あそこゴミ箱だったっけ? そもそも人はゴミだったっけ?
「申し遅れました。
メイドさんは流暢に明言した。
ナンテ?
えっ、嘘、拾ったって云った?
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