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一般人の職業の選択は基本的には自由だ。
魔術、技能の熟練度を稼ぎ、職業とするのが通例となっている。
職業は大きく分けて三つ。《魔術職》と《技能職》、《冒険職》だ。
国家機関に属する魔術職。
交通機関、医療機関や軍事機関などの職場では専門機器を扱うことになる。扱うにはエネルギィとなる魔力が必須で誰もが扱えるわけではなく、扱える人材は希少価値があるとされよい待遇を受ける。国家に属するわけだから、食いっぱぐれる心配はない。
安定した職業だが、魔術系統を見つけるには運要素が絡んでくる。
魔術系統とは個人の本質を指す。本質が水を持つ者は水の魔術、火を持つ者は火の魔術の熟練度を稼ぐと上級の魔術を扱えるようになり希少な人材となるけれど、本質は熟練度を上げてみるまで解らない。時間を多く割いて努力が実らないリスク、就職先の人員が限られていて受け入れてもらえない点が運に頼らざるを得ないところだ。
資本を第一主義とする技能職。
日常生活から派生したのが大半で、狩りや採取、鍜治、大工などの技術の売り買いにより金銭を得る仕組みを構成する職業だ。生活していて自然と身についた本質を活用させるため、魔力は必要とせず簡単さがあるけれど、皆々が持っているため汎用性を持った個人により稼ぎは大幅な差がある。
魔物討伐を専門とする冒険職。
技能や魔術で魔物を討伐する職業。
魔物自体から金銭は確実には手に入らないけれど、運良く魔物が金銭をドロップするときがあるらしいけれど、強さに比例してはいないと聞いた。
一見すると不遇な職業とされがちだけれど、冒険者となれば副次的にダンジョン内の宝の売却以外にクエスト達成報酬や探索情報の提供により冒険者ギルドより金銭を得られる上、人々を襲う魔物を討伐した実績により感謝されそれが名誉名声となる人気のある職業だ。
けれど、冒険者ギルドから報酬をもらうには冒険者にならなければならない。冒険者になるにはクエストを熟さなければならない。クエストを受けるには冒険者ギルドでの冒険職登録が必要だ。登録するには無駄死にを防ぐためレベルが必要でレベル測定はギルドしか行えない。レベルに見合った適切なクエストを割り当てられ達成すれば、冒険者になれる。
冒険者ギルドとは元々は魔物討伐をしていた軍事機関の魔物討伐ギルドをスライドさせて民営化した組織だ。冒険職登録、魔物討伐クエストの受注と発注などを管理するようになっている。国家機関に属してた名残から武器や防具を多く提供し冒険職から冒険者へと昇華を図っていて、攻略されたダンジョンのセーフティエリアもその一環。
冒険職はつぶしがきく職業だ。本質が開花すれば魔術職、機能職に転職できる。
魔物を倒して冒険者ギルドで冒険職登録するのが、世論の習わしだった
「旦那様は冒険者になりたいのですか?」
金銭を得る手段が多いのに越したことはないから、なれるならなった方がいいだろう。けれど、魔物を倒してクエストを達成しなければ冒険者になれない。
俺のレベルは0。
冒険者ギルドに登録する資格さえ持っていない。
「冒険者ではないのなら何をされているのですか?」
泥棒。
ダンジョン等で手に入れた物を闇市で売って生活している。
生きるためだとはいえ、公に口にできるものではない。
防衛本能に従っていたら何事にも逃げる選択肢しか選ばなくなってしまった。効率よく逃げることに付随した技能は泥棒するのに最適だった。
「いかなる手段を用いて魔物を殺せば解決するのではないでしょうか?」
一体でも魔物を倒してしまえば、違った人生を送れるのかもしれない。
けれど、本質は簡単に変えられるものではないし、変えてしまったら続けていかなければならなくなってしまう。
性に合わない行動言動を続けていくほど、俺は強靭ではない。
すぐに逃げてしまうだろう。
俺は自分に逆らってまで冒険者にはなりたくはない。
「旦那様を拒絶する世の理に怒りや恨み、憎しみを抱かないのですか?」
金銭に困っているけれど、困り果てているわけではない。それ相応の生活を送れ済むだけだ。
俺に性に合うのが逃げの人生。自身に正直なのが自身が楽なのだ。そういった感情を抱く暇があるのなら、本質に従って俺は気ままに逃げて生きたい。
「そうなのですね」
正直に話してドン引かれると思っていたのだけれど、メイドさんの声色は弾んでいた。
…………。
で。
ところで、俺はどうして血まみれの衣類を洗っているんですか?
隣にいる女性は水音を立てて、身体を洗っている様子。俺は真似て女性の衣類を洗っている様子。奇妙な様子を正当化させるようにメイドさんは云った。
「申し訳ございません。拘束するにはこの方法が的確だと思いまして。裸体の女を放って逃げる性格を旦那様はお持ちではないでしょう?」
俺の根っ子は変えられない。
「目の毒ですね。汚らしい裸体を見せて申し訳ございません」
男の煩悩も変えられない。
「うふふ」
隣の彼女は俺を茶化して遊んでいるようだ。
悪女、悪女がいる。
小石を投げても届かないほどの河幅。流量も多く馬車で渡れるほどの浅瀬ではなかったけど、早瀬で汚れを流す程度にはゆるやかだった。
女性であるから水場で身体を清める頻度は多いとしても、いきなり裸体になるのはどうかと思う。
慌てふためいている間に温かい衣類を渡されるから断れず受け取ってしまい、持ってるだけなのもあれなので洗ってしまった。洗っていても煩悩が増すだけだったので真面目っぽい話をしていたのだけれど……、眼福です。
血まみれ土埃まみれの女性を放っておくわけにはいかないからおのずとこうなるのは解かっていたのだけれど、まさか、女性衣類を洗う日が来ようとは。
ちゃぷちゃぷと鳴っていた水音が止んで、こちらに気配が近づいてきた。
「旦那様、準備が整いました」
誤解を生む台詞を選んでいるとしか思えない。
「旦那様?」
きょとんと下から俺の顔色を覗き込んでくる女性。もちろん、裸体で髪がしっとり濡れている。
そんな痴女な行動を取ると痛い目に遭いますよ。
「かしこまりました。旦那様」
俺は何もしませんよ。
濡れた衣類を軽く絞って乾かす場所を探した。衣類が乾くまでの間は俺の服でも貸しておこうか。
「旦那様、衣類を綺麗に洗って頂きありがとうございます。正直に言いますとお気に入りだったのでゴミの異物が付着していたのが汚らわしくて汚らわしくて虫唾が走っていたところでした。お気遣い感謝致します」
少し冒険者たちに同情してあげたほうがいいのかな。
「旦那様。その、お願いです。衣類をお渡しください」
よく考えれば、裸体の女性を放置しておくのもおかしいのだ。
あ、すいません。
一瞬逡巡してから濡れてずっしりと重みがある衣類を彼女へ手渡した。
「ありがとうございます」
彼女は衣類を優しく受け取ると軽くひと振りして、風圧で河を蒸発させた。
…………。
地面がえぐれていた。
「乾きました」
乾いたって何?
彼女の白い背中を眺めながら、いまが俺の培ってきた常識をかなぐり捨てるときだと理解した。
俺は生きるためになんでもやってきた人間だ。
なんでもというか一途に逃げてきた。
自身の防衛本能に従ってきた。
それで家族や一族や知人やらなんやらから逃げてきたから現在独りになったわけで、戦闘からも逃げてきたから仲間はいないわけで、生きるために得意分野の熟練度を稼いでいたら泥棒になったわけで。
だから、逃げることだけは自信があった。
でも、いまここでこれまでの人生を否定しなければならない年貢の納め時が来たのだと理解した。
「旦那様、誓います」
呆然としている俺の前、着替え終えて髪だけしっとりしたメイドさんが、凛々しく花のように立っていた。
「私ナンノは旦那様にこの身を尽くします。ですから、そばにいるのをお許し下さい」
このメイドさんからは、逃げられない。
「これからは旦那様のご命令で動かせて頂きます。必要な際には何なりと申し付け下さい。特に苦手はありませんが、特技はゴミの掃除です」
ですよね。
「つきまして旦那様に一つ伺いたいことがございます。私があのダンジョンにいた理由を尋ねないのは何故なのでしょうか?」
俺は宝箱を開けた際に盗っておいた封書をメイドさんに渡した。
「これは」
訊かれた理由にもなるから抗わず渡しておこう。
メイドさんは封書を開け中を確認するとみるみる表情を変え、青筋を立てていた。
うん、解かってた。だから、渡したくなかったのに。
封書の中身を言うと、
『やっほぉ。ねぇねを封印しちゃったんだけど、箱の中は快適? (笑)』
だ。
やっぱり。
メイドさんをこのままにしといたら、まずいよね?
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