13

「トウマの居場所を教えて、そっちに向かう」

『だから、嫌だぁ。いい加減に諦めてよぉ』


 トウマがセイホに弄られ始めて結構な時間が経っていた。

 セイホはトウマに居場所を訊いているだけで苛めているつもりはなかったとしても、傍からみればからかっているように映る。


 車輪が小石を踏むたびに馬車が大きく揺れるのが心地よくなって荷台でウトウトするまで、一方的にトウマがセイホに居場所を激しく聞き出すやりとりが続いていたのだけれど、論点をずらされ逆転し居場所を吐くのがトウマとなってしまっていた。


 論点をずらされても強気で拒んでいたトウマだったけれど、執拗なセイホの問いただしに辟易してきたらしく次第に声色が平坦になり弱々しくなってしまった。ナンノが口を出していないところ見慣れた光景らしい。


 セイホの口元が歪んでいるので姉妹の間ではからかいはコミュニケーションの一部だったとして、居場所を訊いているのに初めから馬車の行先がトウマの居場所に向かっているのを教えないのは悪意と呼ぶ。手綱は最初からセイホが操っていて、俺は荷台でナンノのお膝を貸してもらって惰眠を貪っていた。


『そ、それで、お姉ちゃん、怒ってるかな?』


 さりげなく話をずらしているつもりらしく、下手くそにトウマはセイホに訊いた。


「さあ?」

『さあって何! 顔色を覗いてくれるって話だっただろ?』

「そんな話をしたような、ないような」

『したした!』


 当人がそばにいるのに、二人は内緒話を隠す様子が微塵もない。ナンノは関心がなさそうに荷台から外を眺めている。


 奇妙な光景だ。


 馭者席に透明な人間がいるようだ。手綱が勝手に動いていて、声が聞こえてくる。誰かがそこにいる錯覚が起きていた。会話は糸に振動を伝わらせることで可能としていると、次元の違った説明を受けたけれど、さっぱりだ。


 透明人間は存在せず。セイホが糸で手綱を操っていて、糸へ振動を伝わせて会話をしているのに視えないトウマが馭者席に座っていると思わせる器用さがセイホが街を傀儡とさせていた片鱗なのではないのだろうかと、所作で説得されてしまった。


 底しれなさを感じさせるセイホは器用に云う。


「顔色を見るまでもなく、出した感情が返ってくる。トウマは愚直莫迦?」

『莫迦云うな!』

「姉上の封印理由、忘れた? お人形に感情的になったら駄目」

『解ってたんだ。でも、ね?』

「不器用。姉上が絡むと感情を向けてしまうのは治ってない」

『う』

「人見知りも治ってない」

『う、うう』

「ぬし様とお人形を一緒にしたら駄目。感謝。ぬし様がいるからあれだけで済んだ。いなかったら、トウマはもういない」

『え、え』

「また、独りに戻る?」

『うう、嫌だよぉ』

「まあ、チャンスはある。だから、逢わないといけない」

『でも、心の準備が』

「あ、トウマ。着いた」

『へっ?』


 二度目の夜を迎えたあたりで停車した周囲には湖があり、傍に大樹が一本生えて目立っていた。


 現在地は地図で確認しても海岸ではないから、湖に違いない。海と錯覚してしまう広大な水を吸って成長した大樹は魔獣が噛み付いても抜けないほどしっかりと地に根を張っている。昼間であれば水面に空が青く映る場所は風光明媚な思い出を作るには十分な場所だった。


 セイホは馬車から降りると大樹に向かって行き、立ち止まる。


「どこが入口?」

『ちょ、まだ何も吐いてない。もしかして、冗談?』

「糸が繋がってる。だから、話せてる。やっぱり莫迦?」


 セイホが大樹の何箇所かに触れていくと、仕組みに当たったらしく一部がへこむ。異音が鳴り、静寂に戻るとぽっかりと穴が開いていた。


「前の住処もこんな感じだった」

『ひえぇ! セイホ、開け方まで? ちょっと、ちょっと待っ……』


 途切れる声。正しくは会話を遮断したセイホは云う。


「姉上、ぬし様。いらっしゃい」


 トウマの悲鳴に似た驚きを無視してセイホは手招きをしている。自分の住処ではないのに勝手知ったる我が家な態度だった。


「ただいま」


 馬車を降りるとセイホの姿はなく、ぽっかりと大樹に空いた穴はおどろおどろしく濁って見えた。


「旦那様。如何いたしますか?」


 定例文をなぞるナンノに俺は首を横に振る。


 穴に入るか、入らないか選ぶなら、もちろん、入らないに決まっている。ダンジョンよろしく罠が張り巡らされている穴に入る勇敢さは俺に毛頭ありません。


 ダンジョンを想起して身震いした。罠にかかった冒険者たちの姿になりたいと露ほどにも思わない。魅力的な状況があったとしても、それも含めて罠。危険を冒さず回避する楽しみのない安全を俺は選ぼう、と物体が潰れる音を聞きながら再確認した。


 数分後、穴から戻ってきたセイホの開口一番は文句だった。


「ぬし様、酷い。知ってたら行かなかった」

 貴女が勝手に行ったでしょ?


 彼女の幾通りの罠を体験してきた姿は衣類ボロボロの血まみれだった。傷口は修復してしまったのか見当たらなかったけれど、巫女服が血液でみずみずしく真っ赤になっている。


 ところどころ衣類が破れて舐めかましい白肌を露出させていても、血まみれに興奮する性癖は持ち合わせていない。チラチラこっちを意識して生足を見せているセイホは無駄なエネルギィ消費中である。


「もしもし」


 生足露出を無駄と理解したセイホはトウマに連絡を取りはじめた。


『ぎゃはははっ! ひっかかっ……』


 すぐに遮断する。

 こっちも無駄だと思ったようだ。


「ぬし様。トウマは穴の中にいる。でも、罠だらけ。これじゃ、衣類がいくつあっても足りない」

 優先は生命なのでは?

 何度も生命亡くしたでしょ?

「顔ぐらいは拭きなさい。旦那様の前ですよ」


 やんわりとナンノはハンカチを血まみれのセイホに手渡した。


「姉上の求愛行動」

「それでこの状況は何なのですか?」


 いちいち妹の相手はしていられないといわんばかりにナンノは続けた。


「旦那様が黙っていらっしゃったので口を挟みませんでしたが、トウマの態度について我慢にも限界なのです」

「姉上、限界になったら何する?」

「トウマを屠ります」

「やっぱり?」

「言っても解らないようですからね」


 そういいつつも、ナンノに殺意は含まれていない。言い換えればいまはトウマに殺意がないのを示している証拠だった。俺が察せるほどだから二人はすでに理解している。けれども、これで丸く収められないと落としどころを探しているのだろう。。


「ぬし様に失礼」

「そうです」

「罰が必要」

「そうですね」

「どんな罰にする?」


 会議は始まった。湖の近くの大樹の下。遠く広がる風景を視界に入れながらメイドさんと泥棒と顔だけ小奇麗になった血まみれ巫女さんの三人は地面座っていた。


「まずは私から」


 ナンノは云う。


「腐敗臭作戦はどうでしょうか? 入口に大量のゴミを投げ込んで大気汚染させます。腐敗臭に汚物は数分も耐え切れないでしょう」


 汚物と書いて妹と読む。


 トウマは妹さんだったよね?

 それにゴミを投げ込むって、貴女にとってのゴミは人間ですよね?

「発案。ぬし様」


 セイホは云う。


「水責め。湖の水を大量に流し込んで水中宅に様変わり。ついでに住処から汚物が全部流れて綺麗になる」

 だから、彼女をなんだと思ってるの?


 一緒に掃除されてるセイホにとって妹かどうか定かではないけれど、話の流れから汚物=トウマになっているのは確かだった。


「あとは。自分は早く、身体を洗いたい。水浴びしたい」

 それ願望。

 意見じゃなくて願望。

「私も同意です」

 似た者姉妹。


 とにもかくにも、罰を与える前にこの場を離れるのが先決だ。トウマを敵としたら敵陣で作戦を練っていては情報が抜かれている可能性があって意味を成さない。彼女を深く知っているわけではないけれど、ナンノしかりセイホしかりの所業があると考えて慎重過ぎるに越したことはない。

「流石です旦那様」


 ナンノは隣で賛成している様子だ。


「この場を離れたところでさりげなく目的を別に誘導し、汚物の件を忘れなかったことにするのですね。ここへは二度と戻ってこない」

 妹さんの扱いを共有させないで。

 俺を非常な人間に仕立て上げないで。

「自分は水浴び」

 だから、それ願望。


 けれど、ある意味正解なのかもしれない。


 まだ、俺はそこまでは思っていなかったけれど良案なので近場の安置にたどり着いたら採用するとしよう。三人の考えは一致したと合図するように腰が上がる。


「うわぁぁん!」


 と、そこで。


「それが一番酷いぃ!」


 声の方向。大樹に空いた穴の付近で一人の女の子が立って啼いていた。

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