14
「旦那様、お見事です。トウマに罰を与えらましたね」
なんで、俺が罰を与えた形になってるの?
「ぬし様。実はトウマを相当恨んでた?」
「ごめんなさぁい」
「精神的ダメージダメージ」
童顔の女の子は穴の近場にいたセイホに涙声で縋っていた。
ゴシックと呼ばれる衣類。体躯は小さくてもダーク色は落ち着いた印象をもたらす。童顔はさておき胸元と太もも辺りの露出が甘美さを誘っていて、カチューシャを付け可愛らしさを演出している女性は二人にトウマと呼ばれていた。
何度も聞いた声色にも合致していたから、知らない他人ではなさそうだった。
夜分に出遭う縁なのか、彼女に抱く印象が晴れやかになる要素が何一つない。こっちを気にしてチラチラ観ているのを気づかないフリをしておこう。どこから罠の布石が打たれているか判然としないから、油断してはならない。見た目はあどけない女の子でも中身は人工物のナニカなのだ。
「ちょ、セイホ、ちょっと」
トウマはセイホの衣類を引っ張っている。
「あの玩具何かを怖がっているんだけど? お姉ちゃんに護ってもらっているふうなんだけど?」
メイド服を掴んで背後に隠れている俺をトウマは気にしているようだ。
「うん。トウマ以上の人見知り」
「そうじゃなくて」
「何かじゃなくて、トウマ。事実、怖い」
「怖くないっ!」
「血だらけにされる」
「セイホが勝手に入ってくるから」
「ぬし様を心の奥で敵と思ってるのがバレてる」
「これっぽっちも思ってない。色々と悪いと思ってる」
「優しく声をかけてみれば?」
「どうやって?」
「工作物を愛でるみたいに?」
「な、なるほどっ」
納得する内容でもないのに咳払いをしつつ笑みを浮かべてトウマは俺に云った。
「玩具、可愛いぃねぇ」
甘い言葉で毒牙にかける手法の手本がここにあった。自身の住処の罠にひかかった姉妹を哄笑する口から出た台詞にあるのは更なる罠への誘いだ。警戒心増し増し、ナンノの背後を死守した。
「警戒されてるけど!」
「嫌われ方が半端ない」
「云うなよ!」
「可哀想」
「セイホぉ」
「人見知りが嫌われる。ぷぷ、笑える」
「お前、こらぁ!」
「旦那様ご安心を。以前の言いました通り私が護りますので。強く抱きついてもらっても構いませんよ」
「お姉ちゃん!」
護ってくれるといっても直接物理よりも間接的な罠を得意とするなら、すでに仕掛けられている可能性を大いに警戒しなければならない。セイホのように普段の所作になぞらえての攻撃が警戒優先。
他にヒントがないか記憶を模索すると、一つ気になる点があった。彼女を知っている二人は何故何度も汚物として扱っていたのだろう。えっ、もしかしたら。
俺はとっさに口元を布で覆った。二人がトウマを汚物発言する理由は毒を噴射した過去があったからではないだろうか。
俺の仕草を目にしたセイホは自身の鼻を指しながら云った。
「ぬし様。トウマ、汚物臭い?」
「セイホが汚物汚物云うからぁ。臭いのは血まみれのセイホだ」
「トウマと一緒はちょっと。ロリ巨乳。着替えちょうだい」
「ロリ巨乳云うな半目貧乳! 僕の作った巫女服をボロボロにして、あ、あぁ」
「自分の心配は?」
忖度は両者なかった。
トウマは残念そうにセイホの巫女服を確認して、首を横に振った。
「廃棄。楽しく作ってるんだからお姉ちゃんを見習って綺麗に大事に扱ってよ」
たまに赤一色になっているとはいうべきではないだろう。
「汚れるのは仕方がない。心が汚れているトウマも仕方ない」
「なんだとぉ!」
汚れが目立たなくするならトウマの衣類と同じく、黒を基調とした物にするべきではないだろうか、とそんな提案が通るはずもなく言い争いを始めようした二人に「うるさいですね」とナンノは云い切った。掛け合いは止む。姉の威厳は効果抜群だった。
「旦那様、毎回申し訳ございません。少々お時間をいただきます。
トウマ。貴女が旦那様をいまは敵としてみていないのは信じましょう。人見知りな貴女が生身で出てきたのが誠意の証ですし、ホントに殺そうとしていたのなら手っ取り早くここの周辺を爆破させて接触すらさせないでしょう」
「するのは湖ぐらいだよ。お姉ちゃんは怪我させない」
言いたいことが色々あるけど、湖規模の爆破程度じゃナンノは傷つかないの?
「解ってくれてるなら……」
「解ってもらうのは私ではありません。壊す壊す連呼していた貴女を警戒しない理由がありますか?」
「冗談だったんだよぉ」
「冗談は云った本人が決めるものではありません」
「う、うぅ」
「もう、あとはありませんよ。自分がどうしたいか、どうすればいいか。自分自身で決めるのです」
両指を絡めてチラチラこっちを見ているトウマは云った。
「もし壊れても僕が修理してあげるから大丈夫」
大丈夫じゃないです。
冗談でやっぱり壊す気だった本音がぽろり。
こっちを見ないで下さい。
「うわあ、目を逸らされた。もっと嫌われちゃったよぉ」
「大丈夫、元々好かれてない」
「セイホ!」
「ぬし様。トウマは本音伝えるのが不器用。調子も乗る」
「うっ」
「トウマ、ちゃっと云って。ぬし様は姉上のように本音は聞いてくれる」
「そんなの解らない」
「解らないといけない。ぬし様が姉上を掴んでくれているからトウマは生きてる」
「だから、どういう、意味?」
「自分たちの本質は自分自身へ返ってくる」
「え?」
「姉上に嘘はつけない」
トウマはナンノを見ると、がたがたと身体を揺らす。同じように俺も奮えていた。
「旦那様」
ナンノの声は、闇夜によく通った。
「トウマは私がいまだに冗談を言っていると思っているようです。お手を緩めください旦那様。約束を護るときが過ぎていたようです」
――必ず壊して見せるよ。そうしたら、また僕と一緒に居てくれるよね』
――その玩具壊してあげるから居場所教えてよ』
本音は伝えられていて、願望と殺意の混じった感情は彼女を動かすには十分だった。
どうして、俺は掴んでいるのだろう?
非力な自分には何もできないのに。
どうして大丈夫だと思ったのだろう?
衣類は簡単に破られてしまうのに。
掴んでいれば何かを繋ぎとめられると思っていたのだろうか。
見れば掴んだメイド服あたりは汗でしっとりと濡れている。
ふと視線が交じって、軽く失笑してしまう。
やっぱり、ナンノって怖いよね。
怖がっているトウマに解るよと頷いて見せた。
それでも、俺はしっかりと誰かの衣類を握っていた。
些細な抵抗など無に帰すように、メイドさんは声を発した。
「最期まで旦那様の優しさに感謝致します。
トウマ。いまを改められない貴方をいつか私は、貴女の殺意で貴女を殺すだけでしょう。同じ過ちを繰り返すならば私自身がここで――」
指を立てたナンノは姉妹の絆でも断ち切るように、俺が掴んでいる部分の衣類引きちぎろうと――
――私のお気に入りなのです』
あのとき背中から解った表情はいまとは違ったモノだっただろう。
ナンノ、君は本質に従っているの?
「言わないで」
「あ、あ、あ」
「トウマ!」
動作より早く甲高い声に誘われて、
「あるじ様!」
独りの女性は、
「僕、言い訳ばかりしてました。あるじ様に酷いこと言いました。ごめんなさぃ。許してください。いま許してくれないのは解ってる。でも、我が儘だけど、僕も一緒にいさせてください。そばにいさせてください、お願いです。お願いです。お願い、ひっ、ひ、ひ、独り、独りは寂しいから嫌だよぉ」
トウマは俺を観て気持ちを零した。
その姿は誰かに重なっていて、誰かを安心させる。
俺は手を緩めると、柔らかな声音が流れていく。
「できるではありませんか」
姉の顔をみて
わんわん、と泣いて啼く妹。
地面にへたり込んでトウマは声を振動させる。
着飾れない本音は夜の湖の美しさに合っていた。
一時過ぎたあたりで、
「泣き虫」
「な、泣いてなぃ」
平坦な云い方に張り合うトウマは、不器用に涙を擦ってセイホの声に耳を傾けた。
「ぬし様が少しは解った?」
「うん」
「そう」
「うん」
「ぬし様と仲良くしたいなら自分のように生足を見せつのがポイント。ほら、ぬし様食いついてる」
「ふっ、何それ? あるじ様、全然見てないけど」
見てない。
「じゃ、秘密を教える。ぬし様。実はトウマ」
「なんでそうなるんだよ!」
「ぬし様の衣類を作りたい」
えっ?
「止めてぇ、どん引きされるぅ」
安心して下さい。随分と前からしています。
「トウマは前から異性の衣類を作りたかった。自分はぬし様を傀儡としたかった」
自身の独白はいりません。
諦めてくれたのなら嬉しいです。
「だから、頑張る」
独白されても親しみは感じませんけどね。。
「ぬし様。トウマがかしずいたら衣類作成に協力してくれる?」
「セイホぉ」
「…………」
セイホのお願いにナンノは黙ったままだった。
呼び方云々は置いといて生命を脅かされないのなら、協力関係が最適だ。トウマが不器用ならセイホは器用なのだろう。なんだかんだ云いながら二人は姉妹だった。
喋らないナンノはどんな表情をしているのだろうか。背中に表情は映らない。
「ぬし様?」
俺へ首を傾げつつセイホは云った。。
「足らないとおっしゃる? トウマ自身で蒔いた種。調教して奴隷にしないとぬし様トウマを信じない?」
「奴隷は勘弁してぇ。僕はあるじ様に故意に迷惑はかけないよ」
迷惑はかけるんだ。
「嘘を吐いたら許しませんよ」
「はひぃ! お姉ちゃん、嘘じゃないですぅ」
ナンノに圧をかけられながらとことこ俺に近づくトウマは上目遣いに云った。
「色々ご迷惑をかけました。何度もごめんなさぃ。これから僕をよろしくお願いあるじ様」
あざといお願いをすると、トウマは照れくさそうにセイホをみた。
「そのぉ、ありがとぉ」
「下僕のお世話は大変」
「僕は男じゃないっ!」
俺はまだ肯定していなけれど、二人は勝手に喜んでいる様子だからわざわざ否定しなくていいだろう。
「旦那様」
声がする。
あ、ごめんなさい。衣類が汗で臭くなりました。
「臭くなどありません。旦那様。愚妹の無礼諸々甘受。器量に感謝致します」
何もしていませんが、逃げてもどうせ見つかるなら仲直りしたほうが俺は助かります。
まあ、状況によっては逃げます。
「旦那様らしい。私はどこまでもついてまいります」
全然、逃げられてないけど?
声色が耳朶に触れる。
「申し訳ございません。約束事を一つ護れなくなりましたのをお許し下さい」
何度目かの同展開。俺は流されるのに慣れてしまってるけれど、彼女は慣れはしないようだ。約束事を護れなくなったのは俺が流される性格が原因なので自業自得、明瞭ではないけれど彼女が微笑しているのなら、破られるべき約束だったのだろうと、そう思った。
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