7

 冒険と旅の違いはなんだ?


 どっちも変わらない。


 自問自答で現実逃避をしていると、どこからともなく馬がやってきて俺を舐めていた。


 馬車に繋がれていた馬だろう。俺を慰めてくれているのかと思ったけれど、単に尋常ではない汗を掻いていてしょっぱかったからだと思う。


 ナンノが率先して騎乗するのかと思っていたのだけれど、動かず。俺が乗ったあと手を貸すと嬉しそうに乗ってきた。


 ナンノの妹さんに生命を狙われる結果になってしまったのだけれど、なるようになってしまったのだから受け入れるしかない。自分の生命を狙われている間ぐらいは人類が助かるのかもしれないと一応ポジティブに考えてみよう。


 よくよく考えてみれば誰でもが運命から生命をどこからか狙われているわけで、自身の生命を狙っているの存在が明確な分、俺はまだ、ましなのかもしれない。ナンノが護ってくれるというならば運がいいのかもしれない。毒殺されたり掃除されたり人柱となったり大岩が降ってきたりの運命よりかは……、あれ? つまるところ、ナンノが全て原因じゃね?


 …………。


 うん、いつか逃げよう。


 と。


「旦那様」


 ぎくり、呼ばれて後ろを観た。


 いつも何事にも動じず凛々しい彼女は、似合わない哀しい顔をしていた。


「私は、私は隠し事をし旦那様を都合よく利用しています」


 唐突な告白だった。

 俺の背中から回されていた手が震えているのを知りながら、耳を傾けた。


「生命を糧とする特異体質は、他者の感情をも糧とします。私は悪意により数多くの人間を殺してきました。衝動が起こる限りこれからも同じように殺すでしょう。殺し尽くすが私の存在意義。これは私の本質です。

 殺意。

 それが愚妹と一緒にいられなくなった理由であり、手をかけようとした原因。つまりは封印に至る発端です。

 旦那様からしたら、あのまま私が独りで眠り続けるのが最善だったのです。

 ですが、それでもと願う者がいるのです。

 こんな私と一緒て喜ぶ者がいるのです。

 待ってくれていた者がいるのです。

 そんな他者の感情が私は嬉しかった。

 殺したくなかった。

 もしも、

 自分からもっとも離れた存在。

 その方の感情を糧とすることができたのなら、

 愚妹と一緒にいることが許されるのではないかと、思ってしまったのです。

 私はそんな感情を抱いて、封印されたのです。

 そして、旦那様と出会った。

 驚きました。出会った旦那様には殺意の感情がなかったのですから。

 私は必死に無理矢理、自分の赴くままに事を進めました。旦那様と一緒にいた間、願いが叶うかと思っていた。ですが、愚昧に逢って解ったのは、私が封印前と変わらない事実でした。

 旦那様に尽くすことで感情を制御していると思い込んでいたのでしょう。同じになれると信じていたのでしょう。まだ、可能性を抱いていたのでしょう。これからだと、旦那様の感情を無視して、愚妹が旦那様を狙う状況をよしとし旦那様が私を必要とする理由を無意識に作った。

 一緒にいられる理由を作った。

 愚昧に偉そうに云って、自分も同じだと理解しました。尽くしていれば私の願いを許してくれるのだと旦那様の弱みにつけこんで理想を抱いていたのです。

 申し訳ございません。話が長くなりました。正当化して欲しいから話しているわけではありません。知って頂きたかったのです。改めて旦那様にとって、私は一緒にいてはいけない存在なのだと。

 私は独りで愚妹の元へ向かいます。ご安心下さい自分が蒔いた種は刈り取ります。旦那様にご迷惑を絶対にかけません。ですが、お約束を護れなくなるのをお許し下さい。旦那様、本質にお従い下さい」


 100年。

 1000年。

 眠っていて、起きて出会った男を慕ってくれるのはやっぱり狂ってる証拠だし、そばにいるのも狂っている。ナンノが封印される前の時代の常識だったとしても、残念ながら現在その風習はない。


 感情をも糧とする彼女は、冒険者を踏み潰し、街を崩壊させ、首をむしり取る。数時間一緒にいただけで普通ではなく狂っているのがよく理解できた。そんな狂人と一緒にいるべきか。どう考えても自分と釣り合っていないのは火を見るより明らか。いままで通り独りで逃げるべきなのは解っているのだけれど。


 あのまま彼女が独り封印されていれば、俺の秩序は崩壊しなかった。


 言い換えれば、


 彼女に出会うことがなければ、俺は生きるためにあのダンジョンで死んでいたのだ。


 最初から死から拒絶された存在は、


 そうなるべくして力を与えられた存在は、


 自分で何かを選べたのだろうか?


 自分で選んでいたら、あんな哀しい顔をするのだろうか。


 本質に従えば自然と溢れる表情を、少しの間に何度も見かけた。


 彼女はいまを選んでいたのではないだろうか。


 素直に従えていたのではないだろうか。


 だったら、


 このままでいたかったのなら、


 希望を持てているのなら、


 黙っていればいいのに。


 そのままにしておけばよかったのに。


 狡猾に、正直に、

 悪逆に、素直に、

 正しく、悪徳に、

 俺を利用していればよかったのに。


 ずっと独りは寂しいと俺に言えばいいのに。


 ――この身を尽くします』

 ――なんでも致します』

 ――お護りします』


 ――嘘が嫌いです』


 難儀な本質だ。


 女性は甘く美しい秘密を着飾って男を利用ものだ。男は利用し利用され楽しんでいる。

 それでも君が本質に従うのなら、ずっと君から逃げないと泥棒は君に嘘を吐こう。

「旦那様……」


 馬に揺られながら、進んでいく。


 どこへ?

 さて、どこに行こうかな?

 まずは妹さんから逃げよう。

 見つかったら、ナンノに護ってもらおう。

 追われ続けるのは怖いから最終的には妹さんと仲直りしてもらおう。

 いいよね?

「旦那様……」

 とりあえず、俺の隠れ家でも一緒に逃げてみる?


 ナンノはいつも通り俺の心を読んで云う。


「はい! どこまでついてまいります!」


 気づけば彼女は陽射しのような顔をしている。


 夜が明けた。俺たちの冒険はここから始まる。

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