第2章

8

 あるダンジョンを探索したことでメイドのナンノに出会った俺は、ナンノの妹のトウマに殺害予告をされ、ナンノと冒険に出る。


 そんな夢を見ていた。


「おはようございます。旦那様」


 夢から覚めると嬌笑を装備したナンノが眼前にいて、膝の上に俺は頭を乗せられていた。


 何でしょう、この素晴らしい感触は。


「旦那様が熟睡できるかと思いまして」


 気遣い上手なメイドさんがそこにいた。


「旦那様、お食事になさいますか?」


 身体を起こして脳を覚醒させるためにぼーっと過去を回想する。


 隠れ家で初めにナンノが行ったのは家事だった。俺が手伝うまでもなくテキパキと掃除、洗濯は行われ、備蓄品で簡素な手料理を作ってくれた。それから食料調達のため川で魚や水、山で野菜果物を採取。薬味がないと不満を口にしていた彼女は隠れ家である質素な場所を数日で快適な根城と変貌させていた。


 長居をする場所ではないから備蓄もなれば清潔さもなかったのに、高級な宿屋よろしく困り事が何一つない一室へ様変わりだ。ナンノの本職といわんばかりの手際の良さに感服している俺に白地に青のメイド服の女性は淑やかに云う。


「旦那様、ご用意できました。こちらです」


 こ綺麗なテーブルの上に朝食が並べられている。最低限栄養を取れればいいと思っている俺が口にしない料理が揃っていた。


「お口に合えばよろしいのですが」

 いつも美味しく頂いています。


 俺は手を合わせた。


「初めにお水をどうぞ」


 喉を麗し、


「お召し上がりください」


 料理を口にすると、温かみがあって美味しい。


 前菜、スープに焼き魚、甘味が果物。

 毎度献立にわくわくしている自分がいる。茶に赤に緑に黄に白と色が点在された食卓は、食欲をかりたてられる。


 薬味がないと不満を口にしていたけれど、ナンノは食材に下ごしらえを確りしてあるのか、毎度主食に生臭さがないのに驚いている自分だった。


 いつもいつもごちそうさまです。

「喜んでもらえて、何よりです」


 云い終えるとナンノは軽く微笑んだ。


 至れり尽くせりだ。


 食事がこんなにも心地よい物だったとはついぞ知らなかった。


 俺が泊まる宿屋にメイドさんなどいない。お金を払って金額相応か以下の寝床へ通されるぐらいだ。


 隠れ家なんていわずもがな宿屋よりも酷い。けれど、いまの俺の立場は領主並の高揚感を持てているはずだ。


 ダンジョンを探索していた過去が朧げになっていた。


 冒険とはなんだったのか?


 危険を冒すとは何なのか?


 夢と現が逆転した俺の人生はゆったりと進捗していくに違いない。


 どんどん、と扉を叩かれる音すら心地よくてナンノを制して自分で流れるように取っ手を引いた。


「「「あ、ヴァ、ヴァ、あ」」」


 そこには見知らぬ人々が呻き声を上げながら居た。


 いや、よく見れば目に色がなく濁っており、肌の色は土色だった。肌の所々が破れたように削げていて嗅げば腐臭を放っている。形だけが人で新鮮さのある場合もあれば、腕がない、脚がない、頭がない、下半身がないかつて人だった骨までが道を塞いでそこに居た。


「「「うがぁ、ぐごぉ、ぐぐ」」」


 人間じゃなさそうなんだけど、ナンノの知り合い?


 指差して尋ねる俺をそっと壁へ避難させつつ、ナンノは俺の前へ出た。


「旦那様、お下がりください」


 彼女は間髪をいれず先頭の人の形に拳を叩き込むと、風圧は彼らの背後を貫通していた。ナンノから放射状に地面が抉れ、粉砕した肉片等は床の一部と化している。


 施工が得意なのは妹さんじゃなかったっけ?

「掃除はお任せください」


 ずいぶん前、似たように河が蒸発したのを思い出して、背筋をぞっとさせた。


 だらだら生活で危機感知が疎かになってしまっていたのを猛省する。俺はナンノの妹さんに生命を狙われていたのだった。そんな俺を護ってくれているのが、


「ご無事で何よりです。旦那様」


 地形を消失させつつも俺を安心させるために、にこやかに微笑するメイドさんだった。


 うん、恐怖健在。


「長居をし過ぎました。愚妹に居場所がバレたようです」

 ですよね。

「愚妹相手だとキリがありませんのでここは距離をとりましょう」


 背後を確認するナンノの視線に従うと同胞がめり込んだ地面は歩きやすいといわんばかりに、人の形がまたぞろ流れ込んできている。ナンノにはこの状況を理解しているらしい。最善の策は彼女に従う他ないだろう。


「ご理解早くて助かります。こことはお別れになります」

 お別れ?


 ナンノは見慣れた壁を生卵の殻を割るように破壊、出口を作り、毎朝心地をく起床していた寝具やその他もろもろに油を撒いてランプを投げ込んで火をつけた。火の回りが早くたちまち煙が辺りを埋める。


「障害になって時間は稼げるでしょう」


 なんとも合理的な最善の手だろう。現に俺たちを追ってくる人の形にも火が移って死屍累々となり逃走を手助けしてくれている。呻き声上げながら倒れていく様子を見ながら背を向けた。


「旦那様、足元に気をつけてこちらへ」


 走ってついて行った場所にはナンノがあらかじめ準備していたらしい馬と出発するための荷物が乗せられていた。


「さあ、旦那様参りましょう。あの場はゴミの火葬場となるでしょう。ここまで臭いますからね。旦那様に伝染ると大変です」

 臭いね。


 燃えていく隠れ家を想い出と共に眺めながら、思う。


 夢も現も幻。

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