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最初ダンジョンに魔物はいなかったが罠は多くあった。その罠には落下死、圧死、餓死、出血死などの遺体が多く残されていた。
ダンジョンと相性がよかった俺はどうにか最深部まで探索し宝箱を発見、中にあったのは封書だけというスカを当てたと思っていたのだけれど、本当の攻略はここからだったようだ。
帰還しようと出口に向かっていると魔物が待ち構えていた。
途中で八方塞がりとなった俺は三人の冒険者のあとについていき、メイドさんと出会うのだった。
ダンジョン探索の経緯を話し終えたところで待っていたのは。
「私を封印したのは愚妹です」
ダンジョンを破壊、地面を抉るメイドさんを封印したのは妹さんだという告白だった。
ほんの少し懐かしさを含んだ声色と共に彼女は封書をしまうと、
「旦那様、こちらをご覧下さい」
しわくちゃな革張りの手帳を取り出した。多く流通している品で目新しさはない。
「ゴミが持っていたゴミです」
どちらもゴミだった。
おそらく冒険者の誰かが持っていた手帳だろう。几帳面な性格を伝えたいのか、潰れのない文字が理路整然と書かれていた。
「旦那様を地上へ送る際に一応拾っておいたのですが」
ダンジョンから出るときだと、冒険者三人の内一人の持ち物と考えるべきだろうか。
「内容を口頭で抜き出しますと、私が封印されていた箱は願いの叶う宝箱として噂されていたようです。願いを叶えるには人柱も必要だとも書いてあります」
手帳の持ち主は禁断の宝箱と云ってた参謀魔術士に違いない。
「ゴミは願いを叶えるためにダンジョンに潜って人柱を捧げようとして自分も人柱となった。ありもしない噂を信じてやってきたのでしょうが、人柱ついては間違ってはいないようです。……、旦那様には話しておくべきなのかもしれませんね」
俺の顔色をうかがって話すべきと判断したのか、ゆっくりと口を動かした。
「私は村で異端児とされ追放されました。
詳細を語ったところで面白おかしい話ではありませんので省かせて頂きますが、私の特異体質についての話は少々面白いかもしれません。
相手の生命を自分の糧とするのが私の特異体質です。
私の驚異的な力の源と言い換えられます。他者の生命を喰らう存在は死神と比喩すべきなのでしょうか。ああ、心配なさらないで下さい。旦那様のような生に貪欲な者の生命を奪ったりはしません。
自分自身以外に役の立たない力だと思っていたのですが、今回のように特異体質を利用したいゴミを多く収集する力がありました。自身に奇怪な力があるのにも関わらず、まだ、人間だと思っていたかったのでしょう。しかしながら、私が人間だと思っていたモノは人間ではなくゴミ屑だったのです。うふふ」
最後だけ独白と思われる台詞を吐くと、メイドさんは手帳を握り締め粉々にし軽くはらった。
封印された理由。
メイドさんの規格外の力が原因かと思っていたのだけれど、特異体質が根本原因と考えるべきなのかもしれない。
どちらにしても秩序を破壊してしまう存在であるから妹さんが封印したのだとして、突如封印が解除されたのは何故なのか?
いや、何かこれ以上想像はしたくないんだけど、俺が原因なのだろう。封印が解除された理由こそが俺を慕ってくれる理由にもなっていると思う。
「旦那様、いまどちらに向かっているのでしょう?」
訊かれて地図を開いて目的地を確認する。向かっているのは《セット》と呼ばれる街。俺がダンジョンに入る前に立ち寄ってここから一番近い街だ。
大きな街で色とりどりの建物が花壇に咲く花のように並んでいる美しい街。交通機関が充実していて医療機関があってカジノまであるのは人々が裕福である証拠なのだけれど、住みたいとは思わない街だった。
街の日常の機微が自分には合わないと思っただだの直感なので、理由を訊かれてもよく判らないのだけれど、無責任にメイドさんには合うかもしれない。
「旦那様に合わないのなら、私に合うはずがありません」
合う合わないはおいといて、今日の宿はセットで取ろうと考えていた。それと旅の準備のための買い出しもだ。
日が高い。いまから街に向かっても日は暮れはしない。いま持ってるアイテムは野営道具と食料があるけれど、二人分ではないから買い足さなければならない。
暗中模索の人探し。情報が無いに等しくても近場の街で収集。とりあえずは適当に旅をしていくしかない。これからは長い人探しの旅路。
ホント、なんでこうなっちゃったかな。
「それにしても旦那様。私が愚妹に逢いたがっているとよくお解りになりましたね」
土埃が軽く舞うのを後悔を踏むようにして歩いている俺の斜め後ろで、メイドさんは云った。
魔術は使えなくても、メイドさんの所作でそれぐらいは解ります。
「まだまだ、未熟ですね。愚昧に対して、封印されたのを腹を立ててるわけではないのです。私をわざと腹立たせて自身の元へやってこさせようとしている魂胆が腹立たしかったのです」
結局腹立たしい?
「腹立たしい」
現在進行形だよ。
「冗談です。愚妹らしいのでいいのですが、まんまと罠にはまってしまいました。思い出してしまうと逢いたくなってしまうものです。
実を言うと旦那様に気づかれぬように、さっさと近場の街からしらみつぶしに掃除していけば最期に愚妹に逢えて一件落着。一挙両得となる考えもあったのですが。
旦那様公認で旅のお供ついでにゆっくりと丁寧にゴミ掃除、ついで愚妹に逢えれば御の字。うふふ、愉快に心が湧きます」
つまるところ、人類の未来は変わらないって話?
さらりと話してくれた心中吐露に俺は警告音しか鳴らなかったのだけれど、素直に語ってくれたメイドさんに嘘がないのが非常に残念だった。
「旦那様の心も私と一緒であると感じられました」
メイドさんの封印解いてしまった責任を感じているからメイドさんの傍にいるわけではなくて、俺は単に逃げることを諦めているだけで、メイドさんが強くて逃げられないから一緒にいるだけで、人類を滅ぼしたいなんてこれっぽっちも思っていません。
いまでも逃げられるなら逃げたいと思っています。
ありきたりな景色が続いている。道中にあるのは轍と雑草と草原とたまに大きな木が生えているぐらいで語れるものなどないのだけれど、メイドさんというものは瑣末な風景すら清雅にしてくれる。
「褒めても何もでませんよ」
俺の心情はでてますけどね。
「旦那様、参りましょう」
メイドさんにはルールがあるのか、俺の3歩後ろを歩いている。
妙に牧歌的な気分に浸らされる。
地上に限って日中、魔物にはそれほど遭遇はしない。魔物に遭いたければ夜中が最適だ。
皆危険だと知っているから夜中に出歩く人は滅多にいない。自動車を持っている人は例外で外出するけれど、限られた人物に絞られるし自動車だからといって安全ではない。人力、馬力よりも早く移動ができて戦闘を避けられるだけだ。
やはり、妙だ。
日中は人に会う確率は多いはずなの、冒険者なり商人なりすれ違ってもいいのに、誰ひとりとしてすれ違わないし、街の外壁すら見当たらない。
再度地図を確認する。間違ってはいない。現在地は街に近い道中。
なのに、広々として何もないっておかしくない?
数十分後、街であった場所にたどり着いた。
街は崩壊していた。
数時間前まで花のような街があった場所は、花壇が掘り返されならされたかのような信じられないすっきりとした場所となっていた。
街の名が掲げられた看板の近くに人だかりができている。瓦礫まみれの指差し口出ししている野次に近づいていくと一人の商人らしき老人が俺たちに気づいた。
《商人》「おっ、あんた、なんてべっぴんさんと一緒にいるんじゃ? 羨ましいのう」
初対面に云う台詞?
老人が云い終わるぐらいにメイドさんが俺の前に立つ。
「身の程を知れ。旦那様に偉そうな口をききましたね。掃除したいところですがごきげんなのでいまは止めておきましょう。それよりもご老人何事でしょうか?」
《商人》「えっ、えっ?」
自分の生命がやり取りされていることに老人は気づくはずもなく、メイドさんの質問に答えていた。
《商人》「わしは隣町の商人でセットに商品を下ろしにきたんじゃが、このありさまでな。詳細は判らんのじゃが、隕石によってセットの街がこうなったんだと。魔術士が降らせたじゃないかと、騒いどるんじゃが。数時間前の出来事でな、詳しくは判らんのじゃ」
「そうなのですか。街を一つ崩壊させるとは。ご老人情報提供により生命は救ってあげましょう。私たちはこれで、ご機嫌よろしく」
《商人》「えっ? えっ?」
「旦那様、参りましょう」
俺はメイドさんに促され、あてもなく足を動かした。老人は惚けた顔をしている。生命を救われ呆けたのかと思ったけれど、どちらかといえばメイドさんに魅了されたらしい。
商人が曖昧でも情報をただでやるとは思えない。生命の代金だと安いものだと直感して話したとは思えない惚けっぷりだった。
「旦那様」
他人には聞こえないほどの声量でメイドさんは殊勝に云った。
「敵が現れたようです」
いや、崩壊させたのは俺たちじゃね?
そろそろ、夕暮れ。安心まで遠かった。
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