10
サヴァの村から西に進んでいるところで、馬を止め俺は妹さんを探すのはもう必要ないと結論づけた。
理由は簡単。こっちが見つける前に見つかっているからだ。
馬車の一件、隠れ家の一件、いつでもお前なんて殺せるんだぞって、嫐られている気分。
「旦那様どうされました?」
凝視した前方から巫女さんが歩いてくる。上半身真っ白で下半身が真っ赤な衣類を纏った一人の女の子だ。冒険者の気質はなく一歩一歩綱渡りでもするかのように慎重に礼儀正しく歩く姿は神聖さを醸し出していた。
品性を保った雰囲気がナンノ似ているので妹さん本体が俺を直接屠りに来たとすぐさまに理解できる。ナンノは俺の視線先を眺めて停車した理由を納得している様子だった。
「あらあら、直接やってきましたか。それにしても旦那様。結構距離があっても気付けるのですね。お見それしました」
戦闘を回避するには視力と危機感知は大事です。
さぁ、馬よ、出番だ。
逃げるために馬を動かそうとするのだけれど、言う事を聞かない。
え、逃げるのは得意だろう?
焦りを隠しつつ気づけば馬から振動が伝わってくる。微かに震えている非常食は圧力をかけられていると容易に想像できた。圧力の主はもちろん、ナンノだ。なるほど、魔獣のときから学んだわけですね、学ばないでほしいです。
「旦那様お手数ですがこのままお待ち頂きたく思います」
女の子を視認したナンノは俺が逃げるのを静止してそう断言した。
危険が迫って来るのを解っていながら待つのは、拷問でしかない。
馬上でナンノが腰に手を回しているのは逃走防止策だと理解した。
数分待つと眼前に止まり両手を組んで女の子が慇懃に頭を下げた。
「久しぶり。姉上」
俺の生命を狙う妹さんの本体と対面であると思っていたのだけれど、何か違う。何かというか喋り方が違う。え、そんな、まさかでしょ。
頭を上げあったのは半目で生気のない整った顔立ちだった。とっさに隠れ家を襲ってきた人の形を思い出してあの類の工作物なのかと連想したのだけれど、違っていた。
「久しいですね。セイホ」
セイホと呼ばれた女の子は双眸をそのままで口元を少し緩めた。
「変わりなくて嬉しく思う」
「旦那様。紹介させてください。この子は愚妹の《セイホ》です」
妹さんは妹さんでも二人目の妹さんだった。
ナンノは妹は一人だけとは云っていなかったから、もう一人居てもおかしくないのだけれどまともな性格を持っていると信じたかった。ナンノと喋りながら視線だけを俺に向けている眼力をみたら、同じ部類の方にしか思えない。
もしかしたらと願う。視力が乏しいのではないかと。ぼんやりと俺の姿が霞んでいて確認しようとしているだけなのかもしれなと。存在感を消すように気持ちを込め続けた。
じぃーと。
じぃーと。
「じぃ」
数十秒見つめられた挙句。
すっーと願い虚しく、
「姉上の持っているお人形はどこで拾ったの?」
白い指が俺へ向けられた。
こ、怖い。
似たような恐怖体験が想起される。
この姉妹は人間が別の物に見えるフィルタがかけられているようだ。いっそ、見えないフィルタをかけて欲しい。
「拾ったわけではありません。ダンジョンで私が拾われたのです」
背後いるナンノは馬を下りずに威風堂々っぽくさを伴って答えた。ナンノさん、全く威厳ない台詞ですよ。両手を離してくれたらもっと威厳が立つので逃がしてくれないかな。
妹さんはナンノの声を聞いているのかいないのか、半目のまま魔獣よろしく真っ直ぐ俺を見ながら云った。
「自分へのお土産?」
何でそうなる?
「違います」
俺は物じゃないです。
「至高に自分好みのお人形だからわざわざ持ってきてくれたのかと思った」
「甚だしいです」
ナンノの否定に妹さんは捲し立て続けた。
「いくら?」
「絶対売りません」
「交換は?」
「しません」
「欲しい」
「あげません」
「愛でたい」
「私が愛でます」
「自分の落し物」
「違います」
俺関係ないみたいだから、逃げていいかな?
「姉上も自分の所有物」
「貴女の所有物になった覚えはありません」
のべつまくなしの応酬をきっぱりと云い切るナンノだった。
「昔の姉上は自分が欲しがったらしぶしぶくれる人だった」
「都合のよい過去を創造しないでください」
「姉上だけずるい」
物欲しそうに指を甘噛みしている妹さんはまだ諦めきれないようだった。
「そのお人形が姉上の封印を解いた?」
「そうですよ」
「ふーん。トウマのダンジョンでよく生きてた。やっぱり、欲しい」
「あげません」
「姉上のモノ?」
「違います。私は旦那様にこの身を尽くしているだけです」
「封印を解いてもらったから?」
「そうですね」
「お人形に云われた?」
「自己判断です」
「ホントに?」
「ええ。私が旦那様の命令ならなんでも従うと決めました」
「いつか、姉上が飽きたら拾ってもいい?」
「永遠にありえません」
「交渉成立。よろしく、お人形さん」
「旦那様をゴミと同様に扱うのは止めなさい」
「じゃあ、ぬし様。ぬし様は流れに逆らわない性格? だから、自分も拾って」
へっ?
「そうきましたか」
出し抜かれたと思ったナンノは一瞬だけ不快感を表した。
「自分も姉上同様、ぬし様にこの身を尽くす。だから、一緒にいてもいいはず」
自分なりのルールを持っているらしいけれど、性格が悍ましい。ナンノがいるから交渉しているのかもしれない。普段は非暴力的かどうかが気になるところだった。
巫女さんは口元を弛緩させた。
「ぬし様。自分セイホ。これからよろしくね」
「旦那様。申し訳ありませんが私のように拾ってあげてください」
みんな物扱い?
えっ?
私のように?
俺、妹さんも拾っちゃったの?
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