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ナンノが穏やかにしているところから妹さんに殺意はないようだけれど、俺の安堵感が長期休暇に入ったようだ。
さっきからずっとセイホが視線を離してくれない。物理的に離れないナンノ以上に厄介な相手、巫女さんは俺を射抜くよう見続けている。
加えて度々視界に入る糸。神経を尖らせて過敏になっているせいで見えているかと思ったら、実物だった。放っておいて問題有りな物体をさっきから切り続けているのだけれど、キリがなく完全に払えない。原因はおそらくセイホなのだけれど、詳細を訊いても常識は通用しなさそうだから、とりあえず先送りした。
けれど、先送りできない問題もある。馬一頭に全員は乗れないため、サヴァの村へ戻って乗り物を調達しなければならない。一人で行こうとするとナンノが付いてくるだろうな、と思っていたら巫女さんが助け舟でも出すような云い方をした。
「ぬし様。もう少ししたら来る」
来る?
言葉の意図を訊く前に耳朶に音が触れているのに気づいた。音の方向に目をやって凝らすと馬車がやってくるのが確認できる。馬車が向かってくるのを知っていたのだろう。視線で俺を射抜くのと同じに指を動かし続けているセイホは不思議そうにナンノへ声をかけた。
「姉上。ぬし様に自分の話をした?」
「していませんよ」
「でも、まだ見えないはずなのにぬし様は気づいてる」
「旦那様は貴女の行動ぐらいお見通しなのです」
「驚かせようと思ったのに、つまらない」
全くお見通しではないので詳細を語ってほしいのだけれど、語ってくれる様子がない。
道中に突っ立っている三人と一頭の元へ一台の馬車が停車した。馬車には馬が一頭繋がれていてもう一頭繋げる余裕がある。操縦してきた馭者は運転席を降りると俺たちが乗ってきた馬を繋げるよう動いていた。
違和感。
合理的な行動なのだけれど、声をかけてこないのは何故なのだろう?
それに御者の機微に類似感があって念頭に浮かぶ不安要素を解消するため、そっと馬につけていた荷物を取ると共に馭者に触れた。明らかに冷たくて、丁度振り向いた遺体は俺に声をかけてきた。
「うぁ、グゴォ、うォ」
お久しぶりです、こんにちは。
挨拶を交わして、動悸を抑えつつナンノのところへ行って尋ねた。
隠れ家を襲ってきたヤツに似ているんですけど、何、あれ?
ナンノは淡々と答えてくれる。
「申し訳ございません、旦那様。セイホにはもっと綺麗なゴミに換えるよう言っておきます。私は腐りかけよりも骸骨が臭くなくてよいと思うのですが」
どっちも遺体なんですが、それよりも隠れ家を襲ってきたのはセイホだったの?
「骸骨では見分けがつかない」
問いかけを無視するように背後から声が飛んでくる。俺の一挙手一投足は視線で捕縛されていたようなものなので、セイホが会話に介入してくるのは自然だった。セイホは続けて云う。
「見分けがつかないと面白くない」
「トウマと同じで妙なところに拘りを持っていますね」
「お人形にも名前があったほうがいい? ぬし様のように」
「うがが」
「名前の話ではなく腐敗臭の話です」
「腐敗は臭い」
臭いんだ。
「臭くなったら捨てる」
捨てられるんだ。
「だから骸骨でいいのでは? 臭いを気にする必要がありません」
「だから見分けがつかない」
いまでも見分けはつきませんよ。
「見分けがつくように骸骨に服を着せてみては?」
「あ、いい案」
「うがが」
「とりあえず、このゴミはどうにかしなさい。一緒に来るのでしょう? 旦那様に臭いをうつすのはいただけません」
おぞましい会話が繰り広げらている間にナンノは眉間に皺を寄せていた。どうしても臭いは妥協しないらしい。これまで臭について辛辣だったから彼女が重要視しているのは確かだ。
それで話の渦中の馭者が何かを云ってますけど?
準備が出来ましたって云ってるんじゃないかな?
それか捨てないでと云ってるのかもしれないよ。
「はーい」
セイホの軽い返事と共に、
ふわり。
と視界に過る影。それは馭者の身体だった。
遺体は宙に浮いたかと思うとぎちぎちと音を立てて脚、腕、腕、首、脚が引っ張られ一つずつ千切れた。花弁のように分離した四肢は放られて草むらにごろりと転がっている。遺体であったため血液が溢れることがなく、不幸中の幸いといわんばかりに凄惨さは少しだけなりを潜めているが、状況を犯した当人は冷たく静かに唇を動かす。
「お人形、ご苦労様」
触れたら凍結でもしそうな冷酷なセイホにナンノは慣れた風に云う。
「大事な傀儡が台無しですよ」
「姉上の云った通り、このお人形臭くなってた。替え時」
「四肢を捥ぐ理由はありましたか?」
「土に還り易いようにした。それで」
「旦那様はあげません」
「どうして? 姉上のために大事なお人形を捨てた妹に感動して自分の物になってくれる流れ」
「私はなりませんし、旦那様もなりません。睨めつけ続けてもなりません」
「何故?」
「さあさあ、旦那様。セイホには付き合っていられません。置いて行きましょう。旦那様?」
「我が儘言って、ごめん。置いていくのは勘弁」
「あらあら、旦那様」
俺は馬車の馭者席に座って発進するところだった。
「運転してくださるのですね。お優しいこと」
「お優しい?」
いやいや、優しくなんてないですよ。俺は二人を見限って逃げようとしているだけなんですから。そろそろクズ人間なんてかなぐり捨ててしまっていい頃合だと思うんです。俺はちょっと、代わりの馭者連れてくるんでここで待っててもらっていいですか?
あららら、当然のように隣に一人二人鎮座なさって、どこへ行こうと言うんです? じゃあ、地獄の未来へ行きたくないんでゴミクズのように俺だけをここに捨ててもらえませんかね?
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