12
「親指と人差し指を動かしたらお人形の右足か左足が動いて、たまに同じ動かし方をすると右手が動いたり噛み付いたりする」
誰も遺体の動かし方を訊いてません。
「ぬし様は自分の右手左手どっちに操られてたい?」
操られたくありません。
「ちなみに自分は左利き」
知ってどうしろと?
「旦那様。セイホはゴミを糸で操るのが好きなのです」
快晴で風が凪いでいる。馬車で揺られながらナンノとセイホの話を聞いていた。
主に教えてくれているのは左隣にいるナンノでその左隣に座っているセイホは遺体の操り方を需要もないのに説明している。隠れ家を襲ってきたのはトウマではなくセイホだったみたいだ。
遺体を傀儡とする制限数はセイホ自体も知らないし試さなければ判らないらしいけれど、数が多ければ多いほど動きは単調なるとのこと。遺体を操るのだから無敵そうに思えるけれど、弱点は多く遺体を操る糸を切られる遺体を粉砕されるなどの欠点があると知りたくないのに教えてくれた。
教えてもらって解ったのは、ナンノが隠れ家を火葬場にしたのは糸を切る目的だったという理由だった。
「ゴミを粉砕するのは本来は弱点ではありません。遺体に限らなければ使い勝手はいいのです」
生きている人間にも使えるとさらり残忍な事実をナンノは公表した。生きている人間を操れば敵にとって人質にもなるし盾にもなって躊躇いを産ませて隙を作るなりすれば実質弱点はなくなるという意味だろう。あれ? えっと、ちょっと、待って、大変なカミングアウトじゃない?
「睨めつけ糸を張ると対象を傀儡とするのですが、糸に気づけた旦那様には問題はないでしょう。まあ、彼女に殺意はありませんのでご安心ください」
糸。
睨めつける。
待って、ちょっと、待って。やっぱり既視感があるのだけれど。
巫女さん、俺をお人形にしようとしてない?
そっと、セイホへ視線を向ければ待っていましたといわんばかりの巫女さんが半目のまま口元だけを緩ませてこっちを観ていた。
「ぬし様は特別。嬉しい?」
何に喜べと?
「旦那様に繋げるのは難しい。何度やっても失敗する。でも、安心して必ず成功させる」
全く安心できないんですけど?
生きたまま傀儡にされそうですけど?
「それで私たちをどうやって見つけたのですか?」
俺の心情は置いてかれ、淡々とナンノは話をセイホに振った。
「姉上の衣類に糸をつけてた。糸がついていれば居場所は解る」
「どこでつけました?」
「セットの街」
「なるほど。やはりあの街に居たのですね」
「やはり?」
「街のゴミを傀儡とさせていましたね」
傀儡?
あやつり人形?
「てへっ」
自身で頭を小突く姿だけは前後の内容が付随しなければ可愛らしかった。
「あの街は自分のドールハウス、だった。どこで気づいた?」
「旦那様が街の機微に違和感を持ったところです」
「ふーん。何百年も気づかれなかったから自信あったのに」
いや、何を云っているのだろう?
街をドールハウスにしてた?
違和感があったのは機微だけで、見た目は普通の人間だったはず。
「あの街は特別。お姉様を迎えるための場所だったから《ホクト》に頼んで普通のお人形に見えるようにしてもらってた」
いやぁぁ。聴きたくない新たな名前が出てきたんですけど。
四姉妹ですか?
その事実と同様に街を傀儡にするって何だ。
糸で街の住人を全員操っていたとでも云うのだろうか、云っているのだろうね。
「ぬし様、自分が姉上に糸をつけたところも気づいてた?」
興味津々なのか前のめりにセイホは訊いてくる。
気づいたつもりはないけれど、連想してしまったのは瓦礫から生えていた一本の腕。
「へぇ。トウマのダンジョンが通用しなかった理由が解った。糸を切ったのも、糸を切られ続けているのも、納得した。糸を切られたから姉上に逢いに来たのは正解だった。こんなにも面白いぬし様に出会えた」
セイホはぺろりと下唇を舐めてこっちを観ている。
ひぃぃっ。
糸は切る。
糸で他に思い当たるのはナンノの服にほつれがあった記憶。あれがセイホの糸であったのだろう。物騒な話があっさり進んでいるのだけれど、セットの街でナンノが云っていた敵はセイホを指していたようだ。街人の機微がセイホに操られていた証拠ならばあの街は死者の街でひと晩過ごした、と考えると棺桶に入っていたような体験でぞっとした。
ほつれを切った些細な行動が、大きな存在を動かしてしまったのはなんて不運なのだろう。
「ぬし様は貧乳は好き? 自分は美乳で貧乳」
「色仕掛けで旦那様を傀儡化させようだなんて浅はかです。すでに旦那様は私の生足の虜です」
「生足、生足。ぬし様。生足、興奮、覚えとこ」
人の性癖を決め付けないで……、背中が良かったとは思います。
「ぬし様」
セイホはぺろり舌を見せながら、俺に指をさした。
「自分はいつまでもぬし様の物」
望まない宣言だった。
さりげなく飛ばしてきた糸は切る。
「あぁ。何故、気づかれる?」
「街はいいとして」
よくないよ。
「セイホがゴミを送り込んで来たせいで旦那様の隠れ家が火葬場となり果ててしまったではありませんか」
それやったの、ナンノ。
「姉上が街を崩壊させて逃げるから追いかけてきただけ」
トラウマを植え付けないで。
「街はすでに崩壊していたようなものでしょう」
「どっちでもいいけど。街もダンジョンもせっかく姉上のために用意して待ってたのに。壊す、逃げる。まあ、いいか、いま、一緒だし」
「…………」
沈黙を挟んで考えを持ったナンノはセイホに訊いた。
「何故です?」
「何故?」
「何故貴女たちは私に拘るのですか?」
「癒されるから」
「それだけですか?」
「独りは寂しい」
セイホはぽつんとそう云った。
「姉上が独りだった自分たちと一緒にいてくれたのと同じ」
「…………」
ナンノは黙ったままだった。
そうだったのか、封印した姉を独りにしないために……。
と、感動譚で締めくくれるはずもなくダンジョンで罠を張り、街を一つ傀儡していた事実に恐怖している俺だった。そこに共感できる要素は一つもない。
セイホがホクトの協力を得て住人を傀儡とさせ街を街として機能させていたのだとして、一つの街がどれぐらいの間一般社会に溶け込んでいたのか知らないけれど、引き起こした人物にとっては念頭にも残らない過去だったらしい。
目の前にいる人物は間違いなく関わってはいけない人たちだ。ここに二人、少なくともあと二人別にいると考えると、まずいよね? まずいのにナンノの表情を見ていると、危機感が薄らいでしまう自分が居た。セイホは観て云った。
「喜んでくれてる?」
「戯れ合いはそこまでにして、言い忘れていました」
ナンノは空気を切った。
悪寒が走る。死活問題を戯れ合いと云い捨てるナンノからよい話が聞けるとは思えない。やっぱり俺はこの場にいてはいけない人間だと思う。
「旦那様を危険に晒したら貴女であっても容赦しませんよ」
「これは姉上の感情? 珍しい。トウマ、問題起こした?」
「聞いて、知っているでしょう?」
「姉上にはバレバレ。トウマはぬし様に嫉妬した、そんなとこ?」
「そんなとこです」
「殺意を持ったら、姉上とは一緒にいれないのに、あの子不器用」
知らなくていい事実がある。蓋をしておきたい真実がある。関わりたくない人間がここにいる。しかし、逃げられない現実がある。さっき逃走に失敗した実体験がある。
けれども、前向きに考えて狂人たちが俺に敵意を持っていないのを不幸中の幸い。
「トウマに連絡はしないのですか?」
「あ、忘れてた」
望んでいない不穏当な発言だった。絶対に俺によくない想起だ。間違いない。
「もし、もし」
セイホは糸のついた片手を耳に当てると誰かに話しかけた。
『やっと、繋がった。セイホ、こらっ! 僕を忘れてたな!』
聞き覚えのある声は痺れを切らした鬱憤を相手にぶつけた。セイホは「まさか」と臆せず会話を流す。
『ずっと待ってたんだぞ』
「ごめん」
『やっぱり忘れてたんじゃないか』
「それよりもいい話」
『いい話? お姉ちゃん関連?』
「そう。姉上は自分の隣で寝てる」
「寝ていません」
『えっ? 抜けがけ?』
「それとトウマが云ってた玩具もいたから自分のぬし様になってもらった。いいでしょ?」
『セイホ、いまどこにいる? その玩具壊してあげるから居場所教えてよ』
乱暴さを口にしてトウマは云った。
俺は妹さんが怖いのでナンノのメイド服をとりあえず掴んでおこうと思った。
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