5
俺たちは馬車を盗んで《王都セーミ》に向かっていた。
セットの街が崩壊した原因は俺たちだろう。ダンジョンの大岩がセットの街に降り注いだと考えるのが妥当。遠くまでよく飛んでいた大岩が目に浮かぶ。
あれだけの大事を世間は黙ってはいない。現場検証が行われ原因捜索も始まる。その前にできるだけ遠くに逃げておくのが無難だ。
近場の町や村には目撃証言を残さないため寄らないと決めた。馬車は盗難車だから目撃され関連付けされる恐れがある。記憶に残りやすい人口散在地は避け、あえて王都周辺に紛れ込むことで一般人と同化して安堵感を得ようとする考え、自分にしては思い切った一手だ。
馬車で数ヶ月かかるほどかかる王都に入れなかったとしても、実は問題はない。それだけ離れていればとりあえずは怪しまれず安心だし、情報収集に勤しめる場所にも辿り着けるだろう。王都へ向かうには石壁砦の検問を超えなければならないけれど、それは商人からスった《通行許可書》を使えばなんとかなる。
ある程度の見通しが着いたところで隣を確認すると、俺が馬車に揺られ手綱を引いている助手席でメイドさんが手に顔を埋めて座っていた。
「しくしく」
メイドさんは泣いているらしい。馬車の運転を強く断ったから泣いてしまったのだと思ったけれど、どうやら違う意味で泣いているみたいだった。
「旦那様が名前を呼んでくれません。メイドさんと呼ばれるのはもう嫌です。ナンノと呼んで欲しいです」
別段困るわけではないので、今度からナンノと呼ぼう。
「泣き終わりました」
ナンノは詐欺士だった。
上げた顔には泣いた形跡が全く見られず、上品な微笑しか残っていない。
詐欺士。
泥棒が言えた義理じゃないけど。
気づけば日が暮れていた。夜は魔物に遭遇する確率が高いので移動時間にして、日中を休息に当てるべきだ。ナンノに疲れがあったら休憩をはさもうと思っていたのだけれど、詐欺を行うほど元気だった。
商人の情報に加えてさりげなく人だかりの会話を盗み聞きしていたところ、街崩壊は天災ではないのか、晴天にも関わらず雷が鳴っていたのが前兆だったのではないかと噂が立っていた。
人だかりに泣き崩れている人がいなかったから、街の住人はいなかったらしい。野次馬は商人と同じく別の地域から来ていたと考えるべきだろう。
逃げる時間の余裕は思った以上にあるのかもしれない。このまま、できるだけ遠くへ向かうのが得策だと……。
ぞくり。
冷や汗を抑えつつ、馬車を停車させた。
夜中は日差しが無い分肌寒いけど、それとは違う悪寒。馬車を走らせながら旅路を順調に進んでいたけれど、とりあえずここで一旦終わりだ。
嫌な記憶が頭をよぎる。
あれが追ってきたのではと、嫌な想像が膨らんでしまった。
馬車を盗み立ち去る際に背後で物音がして、崩壊した街へ振り向くとそれがあった。
そういった状況下ではありえるのかもしれないけれど、夕焼けが染み渡った瓦礫の山から一本の腕が生えていたのだ。その腕は俺たちを指差しているように見えて、そっちに行くよと言わんばかりの悪寒を抱かせる遺体の姿だった。
何でこんなときに思い出してしまうかな。
「旦那様、どうされましたか?」
いや。
首を傾ぐナンノに待ってもらって荷台の屋根へ登る。闇夜の中注意深く前を観た。
魔物だ。
安心はしないまでも、現実感を取り戻して手立てを講じる。
夜中は魔物の遭遇する確率が高い。俺に戦闘する選択肢はないので速度で振り切る手段も取れるのだけれど、馬が怯える可能性があるので正攻法とは云えない。
地図を確認する。王都セーミから外れてしまうけれど、左手側へ進路を変更しよう。
「仲間外れはよくありません」
ひいっ!
外してはいません。
音もなく接近していたメイドさんにおっかなびっくりしつつも、冷静さを保って前方を指した。
「敵ですか? 了解しました。屠ってきます」
いや、いいです。
魔物がこちらに気づいておらず戦闘が避けれるならそれに越したことはない。
屋根から降りて運転席を見たらナンノが出発の合図を待っていた。
「旦那様、いつでも迎え撃てます」
だから、戦闘しません。
手綱を握っているナンノにどいてもらって馬車を出発させた。人が走るぐらいの速度で進んで別れ道を左へ。ナンノも魔物を視認できたようだ。
「あら、あのまま直進していたら遭遇していました。小柄の一体だけですが。しかし、魔物はこちらに気づいていない様子。チャンスですよ、旦那様」
魔物はこちらに気づいていない、うん、そうだ、チャンスだ。
逃げます。
「旦那様」
逃げます。
ナンノは俺の表情を観察している様子だった。
そんなに見ないで、なんと思われてもいい、逃げられるなら俺は逃げます。
「ご命令であればなんでも致します」
魔物の一体ぐらい簡単に倒して来いと云って欲しいのだろうか。ナンノであれば肩の埃を払うのと一緒に屠ってしまいそうだ。彼女が屠りたいのなら止めはしないけれど、自分からしないのなら必要のない事柄なのだろう。
「旦那様、ご命令を」
じゃあ、休憩してて。
「…………」
命令ではないけれど、なんでもしてくれるならお願いぐらいはしておこう。
俺は逃げるのに忙しい。逃げるのに必死である。
「了解致しました。旦那様のお傍にいさせて頂きます」
意思疎通は叶わない。
ナンノは小さく云った。
「私の目に狂いはなかったのですね」
彼女の呟きを消すように、
『いや、間違いなく狂ってるよ、お姉ちゃん!』
声が響いて、大きな衝撃と共に俺たちの馬車は宙を舞った。
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