第4章
19
その場の雰囲気に流された決断は得てして自身の思いとは真逆に進むモノだ。
死臭漂う常闇の中、気絶から回復した俺という完全な部外者はまだ、彼女らと一緒にいた。
弾痕の残った地面と自動車、一体だけ引きちぎられた遺体。いまは回収されたけれど、砦の周りには散らばった遺体の他に十数体の兵士の遺体があった。回収された遺体に関して深堀は止めといて、虫の鳴き声さえ聞こえなくなった夜は気分を鬱蒼とさせるにはもってこいの日。
そんな中、その遺体の所持品を漁り手がかりを探しているのは何故なのか。
「ぬし様が関係者だから」
もう一人の姉妹の居場所を探るためだと解っていても、出会ってすぐに殺害パターンが十分あると解かっているのに出遭いに行くのはどうなのだろう。
「そこ問題?」
そうなるかな、やっぱ、そうなるよね。
みんなが眠っている深夜を待って逃げよう。
「こっそり自分たちから逃げる? キジ撃ち観れる?」
あ、いまが深夜だった。
「逃げるぬし様を追いかけるの、面白そう」
…………。
あの、人の思考に入らないでもらえます?
色々と思考を整理しているところなんで。
そしたら、ぬし様のキジ撃ち観れる?
あれ、なんでもありだ。
「何故、このゴミだけ散乱しているのですか?」
遺体の所持品を前に並んで腰を下ろしている俺とセイホの思考を割って、ナンノが声をかけてきた。
どっちに声をかけているかといえば、俺ではなくて惨状を引き起こしたセイホに問いただしているのだろう。口調からしても判断できるのだけれども、彼女が少しフランクになったとしたら喜ぶべきなのか恐怖すべきなのか。親しくなってくると窒息させられる事例があるから容易に選べない選択だった。
さもありなんと膝を抱えたセイホは応える。
「ぬし様を傷つけた」
「納得です」
そう云って、ナンノは自分の何倍もの砦に掌を当て力を込めたのか遺体もろとも吹き飛ばした。新たな砦を建設する手助けでもするつもりなのかと誤認しそう。彼女は不思議そうに自身の手を見てから居住まいを正した。
「加減をしたつもりだったのですが」
塀までなくなってますけど?
「まあ、いいでしょう」
相手にとっては悪いでしょう。
「旦那様には目障りでしたしね。それに臭い」
相も変わらず臭に敏感なメイドさんだった。
死臭も綺麗に掃除されている。
「つんつん」
ひっ、な、慣れてきたぞ。
「ホクトの情報かも? 地図に目印がしてある。ぬし様、観て」
背中を突っつかれ冷静を装いつつ手渡された地図を眺めると印は二箇所ある。一つはこの砦、もう一つは特筆に値しない場所だった。
「こうこう、これをこう」
砦に普段配置されていない王都の兵士が指令を受け地図に印をつけたと考えると、口外されていない機密だったと判断してもよさそうだ。ホクトが投獄されている場所ではないとしても、地図に記載のない公な場所であるなら彼女関連の情報が得られてもおかしくない。
「これをこうして、ここをこう」
一名が遺体と戯れているのを黙殺しつつ、現在地から西、地図の印への道順を指で辿っていくと山岳地帯に着くのが解った。自動車で向かえばそれほど遠くはないのかも。
「あるじ様、これからそこへ向かうの?」
ひっ。
声に反応して観れば、赤く染まった手袋を外しながら覗き込んでくる頭頂部を腫らした巨乳が一人。谷間見せていたとしても、ずらり並べられた遺体を見てトウマがさっきまで何をしていたか想像したくない。
王政の暗部に関わり合いたくない気持ちを抑えつつ、山岳地帯に向かってホクトの情報が得られればそれでよし、王都へ到着すれば逃げ場はないのでほんの少しの遠回りに逃走の希望を持って首肯した。
「了解ぃ。玩具直立!」
玩具直立って何?
トウマがまたもや掌サイズの物体を操作すると、並べられていた遺体が起き上がりずらり一列に並んだ。
「道を切り開け玩具! 出発進行!」
まごう事なき首の折れた遺体らは両肩を前へ突き出すようにして、闇へ走り去っていった。ずっと、遺体の数体がこっちを見ていたのはトラウマ。
「これで超安全だ!」
貴女は超危険ですけど。
遺体がなんで動いているのが尋ねるのは野暮なの?
つんつん。
振り向くと首が後ろに曲がった遺体が俺を突っついていた。
ぎゃあああ!
「お人形を弄ったから動いてりゅ」
遺体の横からひょっこり顔出している姿は可愛らしいのに、状況は恐怖。
「ああ、僕の玩具返せよ」
遺体と並ぶ二人を視認しつつ、バクバク外に出たがっている鼓動を抑えた。
ああ。
逃げたい。
偉そうな発言したけど、逃げたい。
いまの俺じゃ逃げられないけれど、いつか逃げる。
「旦那様」
ぎくり、と下心を隠しつつ軽く反応すると訝しむ様子もなくナンノは続けた。
「そろそろ、出発なされますか?」
あ、そっちですか。
「そっちとは?」
いいえ、こっちの話です。
出発しますよ、皆がよければ。
「旦那様がお決めになられれば、反対する者はいません」
じゃ、その。
「はい、なんでしょう?」
セイホ、眠そうじゃない?
「眠くない」
ホクトに遺体を取られたセイホは無感情に云った。
「旦那様も寝ていないのでは?」
貴女の妹さんによって気絶という名の眠りにいましたけど。
「そうでした。セイホ。横になりますか?」
「眠くなぁい」
「ずっと、眠っていなかったのでしょう? それに旦那様の気遣いを無碍にするものではありません」
「……。姉上、ぬし様、逃げない?」
「逃げたのなら、狩りもまた一興」
「楽しそう」
「楽しむためには、休息も必要ですよ」
「解った」
「寝るまで傍にいますので」
「ふぁあ。起きてもいてほしい」
「あらあら、甘えん坊ですね。旦那様、申し訳ございませんがセイホを寝しつけてきます。トウマ、あとは頼みましたよ」
「はーい」
一部始終を見ていたらしい快活な返事だった。
「お姉ちゃん。僕も今度一緒に寝たい」
「ええ、もちろんです」
「ぬし様、トウマ、おやすみ」
妹が姉に寄りかかりながら自動車に向かっていく姿を見つめつつ思う。
常識って何だっけ?
遊び道具にされる俺って何?
「おや、あるじ様。悩み事? 僕は相談に乗るのは得意だよ」
非常識人参上。
「こら、僕を見ながら云ってみろ」
もう、気絶は勘弁してください。
「ご、ごめんね。わ、わざとじゃなかったんだよぉ」
あたふたするトウマを見ながら気持ちを整えた。
砦の兵士に本部への定時連絡があったとして、異変が伝わるのは時間次第だろう。気絶していた時間を消費しているため、悠長にしていられない。とりあえず、目的地に向かうべく自動車へ足を向けた。
と。
そこで、轟音が鳴り響く。
響いいた先にいつしか視認した覚えのある火柱が立っていた。あのときに比べたら大分に大きなモノ。湖でも蒸発させているのではないかというほどの火柱が空へ登っている。方角は北でいまから向かう目的地とは違っていた。
「ぎゃはははっ! きたねぇ花火だ」
火柱を見てげらげら嗤うこの人が無関係なはずがなかった。
一つ二つと火柱が上がっていき闇夜を照らしていく。寝静まろうとする人には迷惑な仕様だ。当事者はそんなことなど考えていない清々しい声色で口を開いた。
「あるじ様、あるじ様。これで時間は稼げたよ。さっそく玩具爆弾の罠にひかかったみたいだから、少しは足止めできるからね。ぎゃはははっ! ほら、もう一個爆発した。威力は加減したつもりだったんだけどなぁ。まあ、いっか。余計なモノに遭いたくないし。数には限りがあるけど、少しはあるじ様の悩みを解消できるかな?」
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