20

 遺体爆弾は接触すると仕掛けが発動するらしい。地図上に集落がなかったところから軍関係者が接触した可能性が高いと考えるべきだろう。兵士が職質等で一般人に接触する機会はあってもその逆はまずないからだ。


 時間は稼げたとトウマが云っていのはその他の軍関係者がいる可能性の排除と陽動を行ったという意味だ。排除の規模が強大で逆に目立っていて後々やっかい事に巻き込まれるのは避けられないとして、時間を取り戻した俺たちはすぽちゃんで地図の印の場所へ向かっていた。


 すぽちゃんを運転して車体が重く感じる。別段運転に支障があるわけではないから、気にするなと云われれば素直に従える程度。砦で盗んだ道具の他に見知らぬ荷物があったのだけれど、中身は訊いてない。俺が気絶している間に何か必要な物を乗せたのだろう。爆発物ではないのを祈るばかり。


「せっかく寝付いたというのに」


 爆発音についてナンノはひとりごちていた。


「セイホは眠りが深いからあの程度じゃ起きないよ」

「起きないから何をやってもいいわけではありませんが、旦那様が快適に運転できますから掃除はよい判断でした」

「でしょ、でしょ!」


 助手席に座るトウマは後部座席のナンノと話をしている。セイホはナンノの膝を枕にしてすやすや寝ていた。トウマの云う通り熟睡している様子。それにあそこが寝心地がいいのも関係しているだろう。


 ふと、左斜め前方を観る。木々が多い茂る中、溶け込むように魔物が数体立っているのを確認できた。距離はある、進行方向でもない、馬車でも徒歩でもない、警戒はしてもこのまま通り過ぎるのが無難な選択、それでも念入りに俺は少し速度を上げた。


「あるじ様、どうしたの? 速度あげた?」


 工作物の機微に敏感なトウマだった。


 魔物がいまして。

「え、どこどこ」

「旦那様は視力がよろしいので相当遠くだと思いますよ」


 念頭から自然と外してしまっていたけれど、人間爆弾に魔物が接触した可能性は考えられた。魔物は人間の何倍もの力を持っていて、襲ってくる。本能がそうさせているのか、魔物の詳細は判らないけれど、そういうモノなのだと人々は理解している。


「全然見えないや」


 トウマは窓から顔を離してこっちを見た。


「あるじ様……、なんだっけ?」

 知りません。

「そうそう。討伐しなくていいの?」

 俺は討伐できません。兵士か冒険者がします。

「泥棒なんだっけ? 職業」

 職業と呼ぶべきではないだろう。犯罪者は兵士に見つかり捕まれば死刑なのだから。


 牢獄と呼ばれる容疑者を閉じ込めておくところは投獄されたあと罰金などの処分がある。けれども、現行犯の場合、投獄されずに死刑とされる。


 ホクトは投獄されているとセイホは云った。何かの容疑者という意味だろう。


 兵士は一般人の生殺与奪の権限を持っている。冒険者が魔物を討伐し平和とするなら兵士は人間を精査し社会の秩序を護る職業だ。


「へぇ、玩具は玩具の管理が大変なんだなぁ」

 …………。

 云われてみれば、そうだった。


 さりとて、冒険者でなければ討伐してはならない理由などない。冒険者になってクエストを受けるにはレベルが必要、魔物を討伐しないとレベルは上がらないのだから。


 常識を持っているのなら、地上で魔物を見かければ討伐に関連した行動をする。自分で行うか他者に行わせるか少なからず冒険者ギルドに報告はするだろう。冒険者ギルドとは元々は魔物討伐をしていた軍事機関の魔物討伐ギルドをスライドさせて民営化した組織であるから、駐留軍の役割も備えていたりする。


 魔物は人を襲う。襲われるから人は魔物を怖れ、数多く討伐し世界を平和と近づけた人を英雄と呼ぶのだった。


「ふーん。あるじ様。玩具は玩具を壊して、どうして安心するのかな?」


 ナンノと同じくごっちゃになってどっちがどっちなのか判らないけれど、ニュアンスで答える。


 害が減ったと実感するからじゃないですかね。

「あるじ様はどうして壊さないの?」

 怖いからです。

「もしも、どうしても逃げられなかったら、あるじ様は壊す?」

 そもそも選択はないでしょう。必死で逃げたあとでしょうから。

「…………」

「わ」

 トウマはこれ見よがしに驚いて見せた。

「あるじ様ってさ、さりげなくカッコいい台詞を使うよね?」

 …………。

「何で嫌そうな顔をするんだよ。褒めたのに」

 何かよからぬことを考えてそう。

「おい、人を何だと思ってんだ。僕はあるじ様の害じゃないぞ」

 どの口が云ってます?


 魔物を害と表したけれど、人間も人外からしたら同じような扱いなのかもしれない。生きるために命を奪う。ナンノに例えるのは失礼でしかないけれど、誰しもが何かから糧としているのは紛れもない事実だ。動物や果物を狩り命を食している。

 害であるという理由で魔物を討伐するのが生きるためであっても、魔物だから討伐していいという常識は少し外れた考えなのではないかと思うときがある。誰かに聞かれたら社会不適合者として袋叩きにされそうだけれど。


「あるじ様、英雄って何?」


 なんだか勉強会みたくなってきた。この国にも関心がなかった人物が関心を持つのは後世に役立たせるかもしれないから、持っていてもいい知識なのかもしれない。


 英雄とは国から貢献を認められた人に与えられる爵位。解りやすいのはレベルが高いと英雄となって、王都区画に居住する権利を貰えたりとなんたりと優遇してもらえるとかなんとか。

「なんなんばっかりじゃん」

 そこまで詳しくはないです。

「へぇ、数字で価値が変わるんだ」


 云われてみればそうだった。最後にあった冒険者たちの会話もレベルで人間関係を構築していた。全てではなかったけれど、信用や信頼はそこを頼っていた。レベルによって人は位をつけている。レベル=強さではなかったけれど。


「玩具自分に値段つけて大変だなぁ」

 …………。

 俺、タダ? 合ってるかも。

「ま、あるじ様を評価できないなら、役に立たないね。ねぇ、ねぇ、あるじ様。あるじ様の凄さを測る数字はないの?」

 何それ?

「そんな物はありませんし、旦那様の凄さを数値化するなど不可能です。ですから、私たちがいるのです」

「お姉ちゃん起きてたの?」

「寝ているのはセイホだけです」

「僕たちが何するの?」

「解りませんか?」

「ええ、うーん。あ、そっか、僕たちが広めればいいのか」

「その通りです。賢くなりましたね」

「僕、やるでしょ!」

 何を云っちゃってるんですか?

「楽しみが一つ増えましたね」

「楽しそう!」

 人の話聞いてます?

「あるじ様、あの石碑は何?」


 知識欲旺盛なトウマ。これだと目的地まで居眠りの心配する必要はなさそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る